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コロナ下の那須塩原

 那須塩原まで書類を受取りに行く仕事が入った。栃木県の北端、関東平野の辺縁に当たる場所で、福島県に近い。宇都宮以遠なので、上野東京ラインも湘南新宿ラインも通じていない。新幹線代が経費で出るという。
 那須塩原駅に「はやぶさ」はほとんど停車しない。東北新幹線の全駅に停車する車種「なすの」で向かうことになる。従来通り、帰社後に交通費精算書を書かされるのだと思っていたら、何故か担当社員が最寄りのJR駅で直接切符を買ってきて、それを手渡された。
 往路は自宅から直行し、予定より早い列車に乗る。自由席だが車内は空いていて、どこでも好きな席を選べる。当然窓際に座る。
 朝食は車内販売で駅弁でも買おうかと考えていた。「なすの」や「やまびこ」の車内では車内販売を行っていないことを、自分は知らなかった。迂闊であった。空腹のまま目的地まで向かうこととなってしまった。


 広大な車両基地を眼下に田端を越え、赤羽を過ぎる。大宮までは埼京線と並走する。荒川を渡る。高架線から、関東平野の風景を見渡す。広い。人口密集地を通るために速度制限があり、そこまで早くない。
 大宮を過ぎると、北陸新幹線と分岐する。いかにも冬の関東平野といった感じの、拓けた寂しい二月の農地が車窓に見え始める。今日の天気はやや曇っている。車内では特にやることも無いので、その景色を何となくただずっと見て過ごす。その間も当然勤務時間に含まれる。楽な仕事だと思う。いつもこのようであれば良いと思ってしまう。
 小山駅。普通の地方都市に見える。宇都宮駅。小山駅より大きい、普通の地方都市に見える。那須塩原駅。北関東の涯て。街に見えない。下車する。


 那須塩原駅は、新幹線駅のみが高架駅で、東北本線側は地上駅ホームとなっている。地方の新幹線駅に、良くある構造だ。東北本線以外の在来線とは、接続していない。
 駅構内は閑散としている。ほとんど人が居ない。これがコロナの影響によるものなのか、平日は普段からこのぐらいの利用者しかいないのかは、私にはわからない。
 観光案内所は開いているが、やはり来客の姿は無い。「温泉むすめ」の等身大パネルが飾られているのが、平成末期から令和初期という今の時代を感じさせる。カウンターに座っていた中年女性の係員に、駅近辺に神社仏閣のようなものは無いかと聞いてみたが、特に何も無いとのことだった。駅から少し歩いた所にある、最寄りのコンビニの位置を教えてもらった。


 駅西側の階段を降りた所に、巨大で重厚な扉が備えつけられている。おそらくこれが、那須御用邸への移動時にのみ開かれる、皇族専用の出入口であろうと思われる。今は固く閉ざされている。


 駅の西口は、レンタカー屋ばかりがとにかく多い。広大な駐車場。この駅は、温泉地そのものではなく、「温泉地や避暑地に向かう人間が、新幹線から車に乗り換える駅」なのだろう。ロータリーもまた閑散としている。近隣に出来たアウトレットに向かう無料のシャトルバスが走っているというが、今日はそこまでの寄り道をする時間は無い。


 駅から少し離れると、住宅地となっている。東西南北に整然と碁盤目状に区切られた街区が、元々は何も無い土地であったことを感じさせる。車道沿いには、平屋建てのドラッグストアが多いように見える。それらの店舗の駐車場もまた、広々としている。これから住宅地として分譲予定の、空地も散見する。開発途上のニュータウンといった感じがする。
 命じられた業務自体はすぐに終わる。
 駅前には飲食店がいくつかあるが、そのほとんどが短縮営業、もしくは休業中だ。医療機関のキャパシティが限られているためか、オミクロン株の影響は、都内よりも深刻なように感じられた。


 駅構内のフードコートのような飲食店でラーメンを注文する。窓際の席に座り、日光山地側の曇天を見ながら食べる。普通の味だ。
 上りの新幹線は、一時間に一本程度しか来ない。時間がある。在来線の時刻表を確認し、到着時間に合わせてその姿を見に行く。東北本線の本数も、新幹線と同じぐらいのようだ。短い編成の上り列車を見ていると、最後列車

両から女性の車掌が出てきて、発車サイン音ボタンを押した。


 新幹線上りホームには、土鳩が棲んでいるようだ。上下の通過列車を見送る。
 午後になり、予定通りの上り列車に乗る。自分自身への土産に、地酒を携えている。「門外不出」という銘柄のその地酒を、自宅に持ち帰って、次の休日に呑む予定だ。
 帰りの車内ではつい寝てしまう。送電塔の夢を見ていたような気がする。


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