見出し画像

【Q3.拡大版立山黒部アルペンルート】3.雪の大谷を歩く

 今回の旅の目的の一つが「雪の大谷ウォーク」だ。高く築かれた雪の壁に両側を挟まれた道を自由歩行出来る催し物で、期間はアルペンルートが開通する春先から雪が解ける初夏までである。室堂駅まで乗ってきたバスの車窓から既に眺めたが、やはり自分の足で歩き、地表からその雪壁を見上げたい。


 ウォーキングエリアの開場は九時三〇分。時間がある。室堂ターミナル内の立ち食い蕎麦屋で朝食を食べる。食券制の、普通の蕎麦屋。かき揚げそばが九百円。この交通困難地まで諸々の食材を輸送するコストを考えれば、当然の価格設定だと思われる。唐辛子をかけて食べる。旨い。あっと言う間に完食だ。腹が減っているので、何を食べても旨い。


 室堂駅構内を散策し、駅の建物と直結しているホテル立山の土産物屋を見て回る。ホテル立山の宿泊費も、この旅行の計画を立てる時に一応調べたのだが、高価格のため、自分のような庶民にはとても手が届かない。


 屋外に出て、ホテルの建物や展望台からの眺望を楽しむ。ホテルの窓からは、大音量の中国語の話し声が聞こえてくる。
 眺めている間にも、美女平方面から続々と大型バスが入って来る。
 イワツバメが飛んでいる。


 雪の大谷ウォークへ向かう途中の広場には、巨大な除雪車が展示されている。豪雪地帯である立山地域を除雪するために製造された、特注の車両だという。赤く塗装された回転式ブレードの鋭利な先端が光る。武骨で、容貌魁偉で、いかにも古強者といった感じがする。「はがね」タイプは「こおり」タイプに強い。



 雪の大谷を歩いていく。すごい人だ。海外からの観光客、特にアジア系の人々が多い。熱心に同行者を記念撮影し、或いは自撮り棒を用いて自分自身を撮る。雪がよほど珍しいのか、皆ハイテンションになり、好き放題に振舞っている。童心に戻って、大声ではしゃぎつつ飛んだり跳ねたりしている。跳ねた瞬間を撮影し、インスタ辺りのSNSに上げるつもりなのだろう。インバウンドの観光客がバウンドしている。


 雪壁は、広告物で見た写真ほど高くはない。現在は、最高地点で十メートルほどの高さだと掲示されている。それでも、大型バスの車高よりは充分高い。外国人観光客が、それぞれの言語で雪壁にメッセージを残す。

 自分は、特にメッセージは残さなかった。残したいメッセージも特になかった。ただ手形だけを残した。


 青天の高山の強い日差しが、白い雪壁に反射して目に刺さる。長時間この場所に居続けると、目を傷めそうだ。売店ではサングラスを売っていた。自分は持っていない。


 歩行者の脇を、上下のバスが徐行していく。良く見ると、高原バス以外の、貸切のツアーバスも入線してくる。作業用の軽トラックの姿も見かける。
 
 室堂駅に戻る。
 時間があるので、バスターミナル上層階で展示されている歴史的な展示物を見る。
 立山三山の一、雄山の山頂にかつて在った神社の社殿が展示されている。万延元年(1860年)に、加賀藩によって造営されたものだと、説明されている。立山はアルピニズムの山である以前に、山岳信仰の山でもある。平成になって新しい社殿が造営され、旧社殿は解体され、保管・展示されることとなったという。厳しい風雪に長い間晒されてきた為に、損傷が激しい。



 駅構内の郵便局が、ミニスタンプラリーを企画しているので、挑戦する。郵便局、バスターミナル、ホテル立山、自然博物館の四箇所に設置されたスタンプを、専用の絵葉書に重ね押ししていけば、一枚の絵が完成するという。シルクスクリーンのような仕掛けだ。途中、外国人からこのスタンプラリーの仕組みについて聞かれたので、適当で雑な英語で解説をする。何とか通じたようだ。
 自然博物館のスタンプを最後に押し、完成させる。一〇分もかからない。完成した絵は、なかなか良いものだと思う。横で見ていた博物館の職員も、なかなか良いですねと言う。職員も、完成品を見たのは始めてのようだ。郵便局脇のポストから、自宅に発送する。


 自然博物館では、ガイドが同行する自然観察ツアーを企画している。一三時三〇分の回に、空きがあるというので申し込んだ。


 
 階段の踊り場の掲示板には、立山地域のニュースが掲示されている。五月に入ってから、熊の目撃情報がある。五月二日には、登山者が一人、滑落で死んでいる。


詩的散文・物語性の無い散文を創作・公開しています。何か心に残るものがありましたら、サポート頂けると嬉しいです。