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短編小説

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140字以上の小説がまとめられています。 増えていくペースはゆっくりです。
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2019年5月の記事一覧

君とさよなら

届きそうで届かない何かがあった。私と君との間には透明な壁があるみたいで、いくら手を伸ばしても君に触れることは叶わない。もどかしくて、でもどうしようもなくてただ時間だけが過ぎていった。
君と出会った春が過ぎ、君に手を伸ばした夏が過ぎ、君に手を伸ばすのを諦めた秋が過ぎ、君を眺めるだけになった冬が過ぎ、また春がやってきた。
もう君を眺めることすら出来なくなる春がきてしまった。
卒業式と書かれた看板を横目

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人が人を忘れる時、一番初めに忘れるのは声らしい。
彼女の声はどんなだった。思い出そうとしたが、どうにも思い出せない。記憶の中の彼女は楽しげに話している。口は動いているのに声が聞こえないのは不思議な光景だった。
そのうち彼女の顔も忘れてしまうのだろうか。目を細めてこれでもかと口角を上げて笑う顔も、大粒の涙を流して泣く顔も、全て。
考えただけで悲しくなって、棚の一番目立つ場所に置いてある写真たてを手に

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夕焼けこやけに囚われて

夕焼けこやけに囚われて

窓から射し込む夕日のせいで校内は橙色に染まっていた。何処からともなく聞こえてくる生徒達の笑い声や運動部の掛け声が何だか遠くに聞こえる。私は階段の一番上に立って踊り場を見下ろしていた。踊り場にいるのは同級生。それがただ立っているだけならば私は階段の一番上で足を止めたりしないだろう。手すりに手をかけたまま動かないのは同級生が俯せに倒れたままピクリとも動かなかったからだ。
最初はふざけているのかと思った

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