我が友、その死について 4
「そんなに面白い話じゃないですよ」
宿に戻って話を始めたときの、ルービィによる第一声がこれだ。
「私達が上と仰いでいたメイソン・ニムロって男は、悪魔信奉者でした」
「おいおい初っ端っからぶっ飛ばしてくる話題じゃねえかよ」
「店長黙ってて。私達海兵隊は、そりゃあ表向きは奴の私兵として動いてました。表向きというか、そうだと信じて働いてました。でもね、最終的には奴の信じる悪魔の贄になる予定だったんです。精鋭部隊が作戦に打って出て、失敗して全滅するってことがたまにあったんですが……今思えば、まあ、贄にさせられてたんでしょうね」
過去のこととして語ろうとするルービィの赤い瞳には、わずかな怒りが滲んでいる。いつも通りの早口ではあるが、それはどちらかというと故意的であり、切れた堰にも似た発露だった。
「ニムロ商会は悪魔の力で金を稼いでる、なんて雑な噂もあったけれど、それが全て事実だったということか」
「いいえ違います。悪魔のおかげで金が入るんじゃなくて、悪魔とかいうクソッタレのために金を稼いでいたんです、あの野郎は。私達を雇って兵隊として育成していたのも、活きのいい贄を用意するため。それだけだったんですよ」
彼女の苛立ちは言葉の端にも垣間見える。バノンが差し出した水を勢いよく煽って、ルービィは話を続けた。
「で、私達も贄にされました。その直前に失敗した任務があって、お姉様……いや、精鋭が、敵側に奪取されて、焦りもあったんでしょう。贄が減ってしまう、って」
「クソだな」
「ええ、クソです。贄に差し出すやりかたも実にクソです。おとぎ話の『三本の悪魔の剣』ってご存知ですよね?」
「あれでしょう、三本の腕の悪魔が自分で剣を作って、勇者がそのうちの一本を奪って戦うっていう」
「それです。話の真偽はどうだか分かりませんが、剣は実在します」
あっさりと言い放つ。話を聞いていたバノンもエリュートも、一瞬顔を見合わせはしたものの否定はしなかった。この場でホラを吹いても意味がない、ということを二人はよく分かっていたからだ。
幼い頃に誰もが耳にする代表的なおとぎ話。勇者が悪魔を倒す典型的な英雄譚だ。
「……実在します。少なくとも三本のうちの『強い剣』と『素早い剣』は、ニムロ商会が保有していました」
「三本中の二本かよ!」
「ま、大半ですよね。それを無理矢理持たせて虐殺をさせるんです。あの剣って持てば強くなるとかそういうのではなくて、吸って、溜め込めるんです」
「溜め込める?」
「ええ。命とか、時間とか、そういうのを。溜めといて、任意の時に使う。『素早い剣』で切られた人間は年老いた姿になってましたし、『強い剣』で切られた方は干からびてました。どっちにしろ死ぬんですがね」
「死ぬんかい! まあそうか、死ぬわな……」
「さっき、無理矢理持たせて、と言っていたね? どういうことだい」
おかわりした水を今度は少しづつ飲んで、ルービィは唇を湿らせた。
「私の部隊の一番若い子……その種族として、若い世代の子ですけれども。若いダークエルフに術か何かをかけて操って、前の持ち主の手首ごとむしり取って所持者を変えるってことをしていました。前の所持者は、あれ、一体誰だったのかしら……ヒトの形を保っていなかったので。枯れた草みたいになってて、草みたいになってる手が剣に絡みついてるのか、剣から何か生えてきて手に絡みついてるのかよく分かりませんでした」
「手首ごと、ねえ」
「そりゃアレだな、ずっと持ってなきゃ駄目なやつか。所持することによって契約が成立する、離したら終わるっていう。剣の側になんぞか呪いが掛かってんじゃねえのか? 持ったが最後くたばるまで離せないとかなんとか」
「店長は話が早くて助かるわ。多分おっしゃる通りです。で、ジャスパーくん、ええと、術をかけられた子の手から離れた途端に消えました、剣」
「消えた……?」
「消えました、跡形もなく。教会の聖遺物にもそういうのありますからね。条件が満たされないと消えて、しばらく経つと全く別のところに出現するという」
「ああ、だから常に保持した状態にしていた、と」
「そうです。その剣さえ手元にあれば良かったんでしょうね……」
色々と思い出してしまったのだろう、ルービィの表情が曇った。
「で、ニムロのクソッタレ野郎にとって誤算だったのは、部隊の中に教会出身者が三人もいたってことです。昔ゲートキーパーをしていた私と、不良神父と、聖職者用の武器を作っていたドワーフ。この三人が奴の意図に反して生き残った」
「なるほど! だから君は単騎で飛んでこれたんだね! この宿はゲートスクロールを常備しているのかと思ったよ」
ゲートキーパーとは、各教会に配備される転移管理神官である。彼らが介在することによって、適切な転移が実行できるのだ。もしゲートキーパーがいなければどうなるか。転移する先が壁の中や岩の中、人間の中になる可能性もある。転移しても任意の場所にたどり着けないこともある。転移とは極めて危険な技術であるのだ。
神の加護を受け、かつ特殊な訓練を受け、さらに適正のある者でなければならないゲートキーパーはまさに選ばれし者と言えるだろう。しかも彼らはスクロールなしに転移が可能だ。
「ま、もう教会からはとうの昔に離れちゃったんですけどね。あのときばかりは神の加護ってものを感じましたよ」
「神の加護、かぁ」
「身も蓋もないこと言っちゃっていいですか」
「はいどうぞ」
「加護っていうより、力の相性の問題でしょうね。一度でも教会に勤めたら加護がひっついてきますもん」
「うわっひでえ」
「教会を辞めたから加護も終わり、じゃないんですよね。なんなんだろあれ、治らない病気みたいな?」
「お前ほんとひでぇな」
「だってー、教会の有り様も神の有り様も嫌になって辞めたのに、まーだ加護とやらがあるんですよ? しつっこく言い寄ってくる奴と一緒」
「一緒にすんなそういうのと一緒にすんなぁ」
「一緒一緒! おんなじ!」
ルービィとバノンがぐだぐだの会話をしている最中、エリュートは何かをじっと考え込んでいた。彼らの会話をぶった切って唐突に尋ねる。
「さっき、吸う、って言っていたよね。命なりなんなりを。なのに最近の諸々は全て肉塊として残っていた。これはどういうことなのか、説明できるかい?」
「それはね、単純な話だと思います。吸うだけ吸ったんですよ。もしくは所持者がここまで、って決めて吸収を止めている。コップに水をつぐのと同じです。満杯になったら否応なしにそこまででしょう、でも途中で止めることもできる。飲みやすいところまで、とか、必要な量まで、とか。そう言ってました……術を、かけられた子が」
「言っていた?」
「ええ。我々が術を解いたんです。それが、一番良い手でしたから。術が解けて自我を取り戻した彼は、高みの見物をしていたニムロを殺して、それから自決しようとして、できなくて。剣も離せないって言ってました。張り付いてしまっているって」
「それから?」
「彼が願ったので、彼を殺しました。このままでは確実に人ではなくなってしまう、剣になってしまうと。今のうちに殺してほしい、って。死んだ途端に剣が手から離れて、消えて。ジャスパーくんの体も枯れ草みたいになって解けて、消えました」
淡々と喋ろう、としている。ルービィにとってそれが必要であるからだ。ところどころで名前を呼んでしまうあたり、彼女の精神が全く癒えていないことも分かる。それを無理矢理になんとかしようとしていることも。
それを分かっていながら、エリュートは容赦なく質問を差し挟む。
「剣を持ったからと言って、自我まで消し飛んでしまうということは無いようだね?」
「そうですね。自我があろうがなかろうが、剣を持ってしまったらもう契約が成されてしまうんでしょうけど」
「そうか。安心したよ。自我が無い、なんて状態だったらどうしてくれようかと思っていたところだ」
バノンの眉根が寄る。対象的にエリュートは薄く笑顔。
「おい、エリュ……お前、下手人が誰か、見当ついてんじゃねえのか? お前の探し方はそういうやり方だ。なんとなく分かっていて、それを炙り出そうとしている。違うか?」
「そうだね、僕と似ているということは確実なんだ。僕や伯父に似ている。きっと、今まで殺された人物達もそうだ。それを踏まえた上で探していたんだが」
笑顔が濃くなる。
「うまくすれば、相手を特定しなくても、呼び寄せることが可能かもしれない」
「エリュ、何考えてやがる」
「楽しみにしていてくれたまえよ。僕は必ずやり遂げる。僕は僕の望みを叶える。叶わぬと思っていた夢が、今、現実になろうとしているんだ」
「……お前、何を」
エリュートは朗らかに微笑むばかりで、肝心の部分は話さない。バノンは睨むようにエリュートを見つめる。怯むこともなく視線が返ってくる。
「邪魔だけは、しないでくれよ。バノさん」
「時と場合によるな」
「はは、そうだね。相手を追う者は増えてきた、急がなければならない。僕以外の誰かに倒されてしまっては元も子もない。バノさんが止めようとするよりもっと早く、僕は動かなくてはならないだろう。……そんな顔するなよ、心配してくれているのは、分かっているさ」
バノンの肩を何度か叩いて、エリュートは立ち上がる。自分の宿泊部屋へと帰ってゆく背中がひどく遠くに思えたが、学生の頃からそれは変わらないことを思い出し、バノンは顔を歪めた。
恵みの雨に喜んだカエルは、三日三晩踊り続けたという。 頂いたサポートは主に創作活動の糧となります。ありがとうありがとう。