Rob Morrisonの幻影
「Sorry, I'm late」
聞き取れたのはそれだけだった。
遅れてきたお袋は、いつもと同じ顔で、急に流暢な英語を話し始めたのだ。
それだけじゃない。お袋の声は、なんだか合成みたいだった。Siriみたいな声でペラペラと英語を喋るお袋の顔をしたもの。俺は英語がからきしだから、何を言ってるのか全然わからない。
「おい、親父、お袋どうしたんだよ」
「何だお前、覚えてないのか?」
なんのことだ? さっぱり心当たりがない。いや、あるわけないだろ、急に母親が人工的な声になる理由なんて。
「最近母さんは英語なんだよな〜」
親父は呑気にそんなことを言っている。お袋もおかしいが、それを受け入れている親父もどうかしてる。久々に顔を合わせたのに、なんなんだこの意味不明な展開は。
お袋は俺に向かって、やっぱりSiriみたいな声で話しかけているっぽい。内容はわからないけど、よくよく聞いてみるとなんとなく不自然だ。Google翻訳っぽいというか、ところどころ間違ってる感じがする。まじでなんなんだ。
「それじゃあ行くか」
親父が立ち上がる。仕方なく俺もそれに倣って、三人で歩き出した。
途中、すれ違った人が一瞬驚いたような顔で固まっていたが、そのときは親父もお袋も黙っていたし、なんだったのかわからない。
目的のホテルについた。俺がボーナスで奮発して予約した宿だ。たまの親孝行と思ったが、お袋がこんな具合になっちまうとは……。
とにかく、気を取り直してチェックインをしようと受付に向かう。
「いらっしゃいませ」
そうにこやかに言ったフロント係が、俺の隣に立つ親父を見て目を見開いた。
「ロブ・モリソン?」
誰だそれ。もちろん親父はロブ・モリソンではない、山野康次郎だ。
しかし、親父は無反応だった。隣を見ると、一時停止したようになっている。
「親父?」
しばし静止した後、親父はニッと笑った。
「Yes, Sure」
その声は、やっぱりSiriみたいだった。
【続く】
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