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【YA小説感想文】優しい日本語

「ある晴れた夏の朝」小手鞠るい・著 偕成社 を読んだ。

2019年 青少年読書感想文課題図書だったから、たくさんの中学生が感想文を書いたんだろうなと思う。

遅ばせながら読んでみて、単純に良い本だな。読んでよかったなと思ったので感想文を書いてみようと思う。

主人公は日本人の母親とアメリカ人(アイルランド系の白人)の父親を持つアメリカの高校生メイ。夏休みのディベート大会にスカウトされる。

ディベートのテーマは原爆投下の是非

メイは日本にルーツを持つものとして原爆投下否定派として参加することになる。原爆投下は必要悪だったと肯定する側にはジャパニーズアメリカンのケンが参加している。

同じ日本にルーツを持つものなのに「なぜ?」と思いながら、メイは否定派の仲間たちと情報を集め、討論の準備をし、公開討論会に臨む。

原爆投下の是非をめぐって、さまざまな根拠を、肯定派も否定派も提示する。

そこには、人種問題という観点もあった。

有色人種が住む日本だからこそ、原爆が投下された。そこには、確実な人種差別があった。

この否定派の主張。私には目から鱗だった。普段人種差別されているなんて思いもつかない日本に住む日本人の私では思い至らなかった。

白熱する討論会では、それぞれに違ったバックグラウンドを持つ高校生が自らの立場で意見を闘わせる。

これは、日本の高校を舞台にしていたらこうはいかなかっただろう。

ユダヤ人、中国系、黒人といろんな人種が意見を交わすほどに、さまざまな意見がまじりあい形を変えていく。

でも、ここですごく考えさせられるのは、肯定派と否定派はただいがみ合っているのではなく、互いに知らなかったことは知らなかったと認め、尊敬しあっている点だ。(それが、ディベート上の作戦であったとしても)

以下、文中より引用

異なる意見を持つ、ということと、友情とは、はっきり分けて考えなければならない。わたしの通っている学校の先生たちは、常日頃から生徒たちにそう説いている。意見だけじゃなくて、感じ方や性格や好みや主義主張、人種、民族、宗教などをふくめて、人と人とは異なっている。異なっているからこそ、人間というのはおもしろいのだし、わたしたちはその差異を受け入れ、異文化を学び、成長していかなくてはならない、と。」

頭では、分かっているのだけど、と文章は続く。

分かっているのだけど、難しいことだなと思う。「差異を受け入れ、成長していく」差異があるのは当然のこととして、受け入れ、認める。まさに理想の多様性のある社会の考え方だなと思う。

終盤、メイたち否定派は、肯定派に「日本人が原爆投下は仕方なかったと考えているのだ」という主張をされる。

読んでいる私は「え?そんなことはないのだけど」と思うのだが、

日本の中学校の教科書や、中学生の研究の成果を例に挙げられる。そして、広島の慰霊碑の碑文について。

〈安らかに眠ってください 過ちは 繰り返しませぬから〉

Rest in peace For WE JAPANESE shall not repeat the error

これは、日本人の懺悔であると、肯定派は主張するのだ。

この日本語を、アメリカの高校生が英訳するのだから、それもすごいなと思うんだけど、

この訳に引っ掛かりを覚えたメイは日本人の母に助言を求める。

メイの母は、日本語には英語と違い主語のない文章も存在するのだ、とメイに説く。だから、WE JAPANESE を主語にするのは違う。

主語は I であり、you であり、We(全人類) であるのだと。

メイの母は日本語の主語についてこう説明する。

「日本語の『私』は、まるで風か水か空気みたいに、自己主張することなく、『あなた』に溶けこむような形で、『世界』と一体化するような形で、存在しているの」

日本人は自己主張が得意ではないこと、自分より他者が何を考えているかを優先してしまうこと、を良くないこととして語られることが多い。でもそれが、日本人の優しさにつながるのではないか。

あいまいな日本語の優しさを、日本人の優しさを、メイの母が表現してくれたように私には思えた。

これは、原爆投下の是非をテーマにした小説であるが、主軸は主人公のメイが討論会を通して成長し、さらには自分のルーツに興味を持ち、アイデンティティを認識し始めるまでの物語だ。

「ある晴れた夏の朝」は、1945年の8月6日、8月9日であり

これから何度でも訪れる朝なのだ。

※さすが、課題図書。歴史的事実、多様性の問題を絡めて、ディベートの勝敗のドキドキもありつつ、しっかり主人公の心の成長が描かれていた。課題図書は、説教臭いという人もいるけど、やっぱり10代の人に読んでほしいなと思わせる1冊でした。

#読書 #感想文 #YA小説


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