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【小説】Never end remember me

【Never end remember me】
お題:『愛なんて綺麗なものじゃない』
https://shindanmaker.com/392860

※【小説】Crucible of Worldsシリーズの続きです
https://note.com/friends17/m/m35d4f1525362

「——……」
 今朝も目覚ましより早く目が覚めた。スマートフォンで時間を確認する気にもなれない。どうせ寝付いてから数時間しか経っていないだろうから。
 あの日、夜明けには遠く、何処までも静かな空間が横たわっていた時。俺の心へ僅かに芽生えた疑問が、いつまで経っても居座っていた。
『俺を、愛しているのだろうか』
 ずっと考えないようにしていた。俺は確かに彼へ惹かれ、想いを告げた。そして彼もまた、俺を親父の代替だと言い切った上で俺を受け入れた。それでいいとずっと思っていたし、これからもそうであると思っていた。
 だのに。親父の日記を読んでから全てが変わってしまったのだ。あの内容は忘れてしまう筈だった。それなのに、あの日——墓参り後、彼と身体を重ねて——一瞬だけ思い出してしまって、そして。疑念を抱いてしまったのだ。おこがましくも、彼の愛の所在を疑ってしまった。
 ゆっくりと身を起こし、ベッドへ腰掛けるように足を下ろした。それから、デスクに置きっ放しにしていたミネラルウォーターを手に取って一気に飲み干す。思いの外身体が渇いていたようで、常温の水であっても染み渡っていく気がした。
 ペットボトルをゴミ箱へ放り込んでから、俺は暫し手を組んで俯いた。眠りが浅いのも、こんなにも心がざわつくのも、きっとあの一件のせいだった。散々彼とセックスしてきたくせに、今更そこに愛があるか、だなんて。そもそも、彼の愛が真実であるなら不倫なんてしないだろう。そんな事を考えていたせいか、握り締める手へ無意識のうちに力が篭っていた事に気が付いて手を離した。手の甲に刻まれた爪の跡に苦笑する。
 俺は彼へ想いを告げた時、何と言ったのだっけ。瞳を伏せて、彼と初めて口付けを交わした日の事を思い出す。
『父の死はきっかけでしかない。貴方が俺に父の影を追っても構わない。代わりでも、何でも。けれど、俺が貴方へ向ける感情は、貴方という一点に向けられている。その事実さえあればいい』
 そう、そうだ。俺は、彼が俺の事をどう思っていようと構わないと思ったのだった。俺が彼を想う気持ちさえあればいいと。それが、何だ。たった一度湧いた疑念が、いつまでも俺を捕らえて離さない。こんな、心を掻き乱されている。
 身体を横に倒す。ぼんやりと、あてもなく部屋の暗がりを見つめる。親父は、彼は、こうして相手を想って胸を焦がしたのだろうか。俺だって、今まで恋くらいした事がある筈なのに、どうしてもこの苦しみを咀嚼出来ずにいる。
 今までの比ではない、このほろ苦さを起因とする胸の痛みは。きっと彼を好きになった時からずっとそこにあって、今まで目を逸らしていただけだったのだろう。芽生えた時は確かにうつくしく純真であったそれは、時を経て色を変え、ヘドロように俺の心の奥底へこびり付いて離れない。最早、彼へ向ける俺の感情は、愛なんて綺麗なものではなく、執着という程強く確かなものでもない。
 名前のない何か。そのくせ、俺を惑わし、混乱させ、今もこうして身動きを取れなくさせる。
 ヴー、と、ふいにスマートフォンが鳴動する。目覚ましのアラームとは違う音を訝しげに思いつつ、枕元へ放っておいたままにしていたそれを手に取る。
「え」
 思わず声が出た。
 彼からの着信。しかもこんな時間に。目覚めてしまったのを見透かされているような気がしながら、そっと通話ボタンを押す。
「もしもし」
『ああ、もしもし。起こしちゃった?』
「いいえ」彼に見られている訳でもないのにかぶりを振る。「どうしました?」
『ちょっと珍しく眠れなくてね』安堵の混じる声。電話越しのせいか、何処か普段より低く聞こえる気がする。
「それより、今何処から掛けているんですか。まさか」
『流石に家は出たよ。駐車場の車の中』
 そこで言葉を切って、お互いに沈黙する。こんな時間に彼から電話が掛かって来るなんてまずあり得ない。一体どうしたのだろう。彼の言葉を待っていると、受話器越しにふう、と彼が小さく息を吐く声がした。
『ねえ』
「はい」
『墓参りの日、聞けなかったんだけど』
 呼吸が一瞬止まる。
『あの日記、君も見たんだろう』
 彼は、やはり知っていたのだ。あの鍵の掛けられた引き出しの奥に何が隠されていたのか。そして、そこに書かれた内容も。あの日記を手に取った時浮かんでは消えていった——正確には黙殺したと思い込んでいた——疑問が一気に息を吹き返す。
「——見ました」スマートフォンを握る手が震える。「見ました。全部。親父が何を思って、何を危惧していたのかも」
『どう思った?』
「どうって」彼の質問の真意が分からない。潤したばかりの喉が張り付くようだ。質問を疑問で返してしまって、己の余裕のなさを自覚する。
『俺もあの日記は読んだよ。そもそも、あの鍵は君のお父様から受け取ったものだからね』
 仮定に対する解がまるでパズルのピースのように埋められていく。
『遺品の整理をしたいという奥様の申し出で君の家を訪れた時、生前渡されていた鍵の事を思い出した。どうしても開けられない引き出しがあると言われてピンときた。これはあの方の遺言なのだと。
 あの方はもしかしたら、自分の死期を悟っていたのかも知れない。急逝だったのは事実だけれど、多分、自分は長くないと思っていたのかもね』
 あの方は、自分がどれだけ罪深い事をしているか自覚しているようだったから。
 彼はそう語ってから、再び沈黙した。どうすればいい、どう答えるのが最適解なのか。俺は、彼は、一体どうしたいのだ。
『その上で、改めて聞かせて』
 彼は一層低い声で、静かに俺へ問うた。

 君は、俺の事をどう思っているの。

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