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【小説】遠矢射るひと

【遠矢射るひと】
お題:『この世界で二人きりになれたらいいのにね』
https://shindanmaker.com/392860

 だん、と的を射る音。弓を構えて、遥か先の的を見据える彼の顔は真剣そのものだ。私はその横で、彼の顔と放たれた矢の先を交互に見ていた。
 全国大会まであと少し。練習の時間が惜しいと彼に誘われて、早起きして朝練前に弓道場へ来ていた。正直眠いけれど、仕方ない。
 私達の通う高校は部活動が盛んで、特に弓道部は強豪として知られていた。私も一生懸命勉強して高校へ入学して、無事弓道部へ入れた身だ。
 目の前の彼もそう。いいや、違うか。彼は私よりもずっと頭が良くて、模擬試験でもA判定を貰っていた。中学生の頃から弓道部で、部長も務めた事がある。高校に上がった今も、次期部長は彼だろうって噂されている。
 だん、寸分違わぬ正確さで的を射抜く。彼の真面目な性格を表しているようだ。
 私はそんな彼の事が好きだった。彼はきっと、私の事をただの友達や部活の仲間としか思っていないけれど。
 小学生の頃から同じクラスで、何かと気が合った私達はすぐに友達になった。それから、中学生になって特にやりたい部活も無かった私は、彼がやりたがっていた弓道部へ半ば成り行きで入った。そこで、毎日真剣に部活へ打ち込む姿を見ていたら、いつの間にか彼の事が好きになっていた。中学生という多感な時期なのも作用したのか、とにかく格好良く見えたのだ。ずっと一緒だった彼がこんな顔をするのだと、そこで初めて知ったから。
 そうして、彼は私の気持ちを知らないまま、こうして私を誘っては易々と二人きりの時間を作り出してしまう。私が何度口ごもって、彼を誘おうとして止めているのか、きっと知らないのだろう。当たり前だ。彼は私の好意に気付いていないのだから。
 けれど、もし。彼が私の好意に気付いてしまったら。この何気ない時間を共有する事は、もしかしたら出来なくなるかもしれない。私の好意を気付いて貰えない事より、そっちの方が何倍も嫌で、怖かった。
 それとも、もし。彼が弓道を辞めて何でもない彼に戻ったら、私の好意を受け入れてくれるだろうか。
 だん、矢を見据えて息を吐く。私は、弓道をする彼が好きだ。だから、君が弓道を辞めるなんて事は考えられない。
 何にもなれない私が、何かになれそうな君へ向ける気持ち。確かに二人きりの時間なのに、私達の距離はいつの間にか遠くなっていた。
 この世界で、本当に二人きりになれたらいいのにね。
「全国大会、頑張ってね」
 そうしたら、君の目は私を射抜くだろうか。

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