都会から抜け出して、大自然へ逃走したい。
都会はツマラナイ。
そう思うことがたまにある。
右も左もアスファルト、アスファルト、アスファルト。
舗装された道、覆いつくすようなビルで空が見えない。
まさに人工って感じがする。
都会っ子だから、余計にそう思う。
娯楽という意味では、そこかしこに飽和するほどあふれている。
でも、それはちょっとちがう。
都会にはロマンがない。そう言いかえてもいいかもしれない。
では、どんなものごとにロマンを感じるのか。
例えば、そう。次のようなシチュエーションだ。
これだよこれ。こういう経験がしてみたい。
やっぱり自然には、不思議な魅力があると思うのだ。
故郷のような、本来自分があるべき場所のような、そういう人を惹きつけるような力を自然は備えている気がしてぼくはならない。
人生で一度、たった一度でいいから、こんな経験がしてみたいものだ。
ところで、先ほどの「たった一人で森の中を歩いていると~」という情緒に満ちた素敵な一連の文章、これは出典にあるように『森と氷河と鯨 ワタリガラスの伝説を求めて』から引用したものとなっている。
この本は星野道夫さんという冒険家・写真家が著したエッセイである。文藝春秋より2017年に刊行された。
本作の魅力は先ほど引用した一文から十分に伝わっているかもしれない。
それは星野さんの鋭い感性と独特な哲学から繰り出される「心を鷲掴みにする文章」だ。
星野さんの文章には不思議なリズムがある。
穏やかで、それでいて心にゆっくりと染み渡るような優しいリズムだ。
この『森と氷河と鯨 ワタリガラスの伝説を求めて』では、そんな星野さんの文章を堪能しまくれてしまうのだ。最高かよ。
さらに前述したように星野さんは写真家でもあった。この文章に加えて、目を奪われるような写真を通して読者へ雄弁に語り掛けてくる。
著作権の関係で写真を直接はお見せできないのだが、公式ホームページより文章と共に一部見ることができる。ぜひ覗いてみてほしい。星野さんの魅力がこれでもかと表れている。
本作のあらすじを簡単に紹介しよう。
「ワタリガラスの神話」に惹かれ、アラスカへ旅立った星野道夫。現地のインディアンと交流を重ねながら、深い森と氷河におおわれた世界を巡る。
旅の過程で様々な神話を聞いたり、あるいは森の中で倒れたトーテムポールのような「遺物」という形で目にしたりする。
神話の時代の息吹がまだ残るこの土地で、星野は「見えない価値」に思いを馳せていく。
最後に本作を通じて星野さんが考える「見えない価値」について、少しだけお話したい。
現代社会、なにかと求められるのは実態を伴うものだ。
限られた時間の中、どんな実績を残したのか、どんな誇れるものを持っているのか。
年収、学歴、教養。
お金をいっぱい持っている。ハイブランドの商品を持っている。立派なお家に住んでいる。
タイムパフォーマンス、コストパフォーマンス、QOL。
それらはたしかにとても大事で、価値のあるものだ。
けれど、もしも「形あるもの」を求められることがつらくて、押しつぶされそうなら、「見えない価値」に思いを寄せてほしい。
形あるものはたしかに重要だけれど、それは形なきものの価値がないことを意味しているわけではないのだから。
『森と氷河と鯨 ワタリガラスの伝説を求めて』を読む意義は、そこにある。
価値とはなにか、それは目に見えるものにしかないのか。
文章と写真を通じて、星野さんは読者へそう問いかけるのだ。
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