人生、後悔しないために独立。「1時間枠」のスケジュール管理で、WILLを実現【ジョブ創出PJ/山口あす香】
フリーランス協会で働く人を紹介する「突撃!フリーランス協会の中の人」。
今回は、フリーランスを活用する企業を増やすために様々な施策を展開するジョブ創出プロジェクトメンバーの山口あす香をご紹介します。
フリーランスに仕事を依頼したい企業向けの無料相談窓口「求人ステーション」の認定事業者の審査や、フリーランスパートナーシップアワードの選考プロセスなど、厳密に遂行できているのは山口のおかげ。社労士として雇用契約スタッフの労務まわりも見ています。
瞬発的な機動力を強みとするメンバーが比較的多い協会事務局の中で、慎重かつ着実にプロジェクトをマネジメントしてくれる有難い存在として、皆に頼られている山口に、外部ライターが突撃インタビュー!
企業や個人の気持ちに寄り添い、伴走する
──こんにちは。編集部から聞いたのですが、あす香さんはこの「中の人」連載のファンでいらっしゃるとか。ご愛読ありがとうございます!
山口:そうなんです。協会で一緒に働く仲間の過去を知らないことも多いので、皆それぞれ過去にたいへんな出来事を経ていたり、「フリーランスになった背景にこんな人生があったのね」と知ることができたりして面白いんです。人の人生を見るのが好きなので、楽しく読ませてもらっています。
──「人の人生を見るのが好き」なことは、いまのお仕事とも関係が深そうです。改めて、現在のお仕事を教えていただけますか?
山口:社会保険労務士(社労士)とキャリアコンサルタントの国家資格を持ち、プレインスタイルという屋号で活動しています。
社労士としての仕事は、中小企業に伴走したり、就業規則をチェックしたり、評価制度や企業理念をつくるサポートをしたりしています。手続き業務というより、クライアントに伴走して長期的な視野で仕組みづくりを行う仕事が多いですね。
割合としては社労士業務が5割ほどで、残りの5割がフリーランス協会の仕事、加えてスポット的に、キャリアコンサルタントの仕事が入ります。最近は子どもの貧困などの社会課題に取り組むNPO法人にも関わり、シングルマザーのキャリア相談も行っています。
──ホームページを拝見したのですが、女性向けの印象を受けました。今後は女性支援のお仕事を増やしていきたいのでしょうか?
山口:自分が会社員時代に女性という立場で苦労したり、離婚を経験したこともあり、独立当初は「女性を支援したい」思いが強かったですね。
ただその後、紹介ベースでお仕事をさせていただくなかでこだわりが薄くなり、最近は自分が信頼している方からの紹介、かつ自分もやってみたいと思うものであれば、老若男女は関係ないなと思うようになりました。いまは限定せず、応援したいと思った依頼をお受けしています。
──社労士のやりがいは、どんなところにありますか?
山口:もともと「人を助けたい」との思いから社労士の資格をとったので、伴走支援に入った企業の方が、少しずつでも改善に向かっているときは喜びを感じます。
たとえば先日関わった就業規則の改定では、法改正に際して関連部分を見直すだけではなく、「せっかく作り変えるなら、こんなふうに企業理念も入れると、社員の方にも伝わりやすくなりますよ」とご提案して、「それはいいね」と賛同いただき、一緒に内容を考えました。
社長の思いをヒアリングし、それをもとに新しい就業規則ができたときは、自分の介在価値が実感ができて嬉しかったですね。
──ヒアリングには、キャリアコンサルタントのご経験も活きそうです。
山口:キャリアコンサルティングで学んだ「傾聴」の技術は、社労士の仕事でもさまざまなヒアリングの機会に役立っています。また転職者の相談にのるときも、「このケースでは、社会保険の制度はどんなものがあるか?」など、社労士の知識があることでより深いキャリアコンサルティングができます。パラレルに働くことが双方向にいい影響を与えているな、と思います。
「健やかに、自分らしく働く」がテーマ
──プライベートでは息子さんが大学生で、就職も近いタイミングだとか。子育てが一段落したら、やってみたいことはありますか?
山口:子どもが巣立ったら、いま住んでいる福岡にとらわれずに、いろいろな場所で働くワーケーションをしてみたいですね。仕事は社労士として企業の伴走支援をさらに深めつつ、それ以外にボランティアなど、新しく何かを始めたい気持ちがあります。
子どもが高校生くらいまでは、多くのエネルギーや感情が子育てに向かっていました。それが、大学生くらいになると、徐々に持て余すようになるんです。だからその情熱を、新たにかける先を探すにはいい時期かもしれません。何をするかはいま、まさに考え中です。
──ワーケーション構想、素敵ですね。もともと旅はお好きなんですか?
山口:ええ、協会の合宿など出張で遠方へ行くときは、プライベートで前泊や後泊を追加して、プチ旅行気分を味わっています。
これは、体力がない自覚があるからでもあるんです。持病もあり、無理をするとすぐ体調を崩してしまうので、体調管理の面からも余裕を持った旅程を立てるようにしています。だからプライベートでの延泊は、ちょっと奮発していいホテルに泊まることも。観光できれば嬉しいけれど、観光する体力がないときは、ホテルライフを楽しみつつ心身を回復させる時間にしています。
自分の事業でも「健やかに自分らしく働く人を増やす」をミッションにしているので、健やかに過ごせるような仕事の組み立て方、日々のあり方は、常に意識していることのひとつです。
「結婚している女性はNG」と不採用に
──社労士として独立した背景には「女性を支援したい」思いがあったとのこと。その背景をお聞かせいただけますか?
山口:大学卒業後は金融機関に入社しました。当時はいわゆる就職氷河期で、いまほどジェンダー平等の意識がない時代。就職の面接でも、面接官から「男性のお客さんからの誘いにのらなければいけないこともあるけど、大丈夫?」など、いまなら絶対にNGな発言も飛び交っていました。
それに対して私も「全然平気です」と作り笑顔を浮かべて、内定をもらっていて。心では「なぜ女性というだけでこんな発言を我慢して仕事を得なければいけないのか」と憤っていましたが、内定を得るため、当時の企業に好まれる“ニコニコして自己主張しない”女性を演じていたんです。
その後、結婚後に転職活動したときは、面接で「あなたのことを採用したいけれど、本社から結婚している女性はNGと言われていて」と言葉をかけられたりして、悔し涙を流したりもしました。「スキルが足りないから」と言われたほうがよっぽど納得できるのに、と。
こうした経験の積み重ねが、独立当初に掲げた「女性を支援したい」思いにつながっていきました。ただ、「人を救いたい」と強い思いを持った背景には、もうひとつの出来事があります。
──もうひとつの出来事。
山口:私、22歳で大学卒業と同時に、就職と結婚を同時にしたんです。そして同じ年に、実の妹が命を絶ってしまいました。人生の転機が、一度に来てしまったような年でした。
妹が亡くなり、いろいろなことを考えました。自分が生きている意味はなんだろうと。最初は、妹の代わりの人生を生きようと思っていたんです。妹は医者になりたいと言っていたから、私にその能力はないけれど、せめて近い分野を、と医療事務の資格をとってみたり……。
でも次第に、自分より若い妹を失ったことによる「人生はいつ終わるかわからない」実感が、私のなかで意味を強めていきました。人生は突然終わるかもしれない。ならば私も無理に妹の代わりを目指すのではなく、自分のできること、やりたいことを少しずつでも進めていこう、と気持ちが変化していったんです。
ただ、妹を救えなかった後悔はずっと心にあります。仲が良く、普段はいろいろと相談してくれた妹。でも彼女が一番つらかった時期、私は就職や結婚の波にもまれて妹のSOSに気づけなかった……。
おこがましいけれど、妹を救えなかった分、誰かを救いたい。そして誰かを救うなら、自分みたいに悔しい思いをしている女性ではないか。自分との対話を繰り返すなかで、そんなふうに考えるようになっていきました。
離婚に向けて自立するために社労士を志す
──そうした思いが、いまのお仕事につながっているのですね。「社労士」という職業に出会ったのはどんな経緯だったのでしょう。
山口:28歳で出産し、その後、離婚をすることになって。離婚に向けて自立しようと職業訓練校に通っていたとき、社労士の方にお会いしたんです。自分に必要な法律の知識をいろいろと教えてもらうなか、「ああ、これは困っている人を助ける仕事だな」と興味を持ちました。
国家資格をとることで、離婚してシングルマザーになっても安定した経済基盤を持ちたい気持ちも大きかったですね。その先生にも「国家資格だから、ちゃんと努力すれば収入は増えるよ」とお墨付きをもらったので、「よし!」と資格取得を目指すことにしました。
──社労士の勉強は独学ですか?
山口:基本的には家でひとり勉強しつつ、試験対策の演習だけは講座を受けて準備しました。当時は子どもが1歳。託児所に子どもを預けて勉強していたので、「何がなんでも今年受からなければ!」と鬼気迫るものはあったと思います。
──30歳で離婚と同時に社労士の資格を取得され、独立まではどのようなキャリアを築かれたのでしょう?
山口:当時は独立する意識はなく、子どものために「とにかく経済基盤を安定させよう」と考えていました。まずは社労士の資格が活かせそうな派遣社員のパートタイム仕事を始めて生活リズムをつくり、しばらくしてからフルタイムの派遣になり、1年ほど経って正社員になりました。
仕事の内容は企業の管理部門、いわゆるバックオフィス業務。その職場では正社員として2、3年働きましたが、小規模な会社で一人で事務を担っていたため、業務の相談相手がいなくて孤独でした。独立後、労務相談を大事にしているのも、この経験があるからです。
その後転職した企業でも、管理部門で8年ほど正社員として勤務。社労士の資格を取得してから独立まで、トータルで約10年ほど働きました。パートタイムから正社員までさまざまな形の働き方を経験したことは、いま、社労士の仕事にも役立っています。
独立の背中を押してくれたのは息子だった
──漠然とでも、独立を考え始めたのはいつでしたか?
山口:社労士の資格を取得後、初めて正社員になったときかもしれません。派遣時代の「正社員になり経済基盤を安定させる」目標が達成できたことで、冷静に自分の環境を見直したのだと思います。
すると、その会社でも自分はいわゆる“女性らしい”役割を期待され、自分で自分をだまして働いている感覚があることに気づきました。組織の価値観と自分の価値観が合わないと感じながら働き続けることに疑問を感じ、「独立」を意識しだしたのかもしれません。
──実際はその後も別の会社の管理部門に転職され、8年ほど働かれて。独立を実行したタイミングの背景とは?
山口:子どもが小さいころはずっと、「土日休みで、安定した給料がいただけるところ」がキャリアの軸だったんです。会社にしばられるより自分でやってみたい、との思いはずっとありましたが、息子との生活を安定させることが最優先でした。
でも息子が中学3年生のとき、思春期もあって少し不安定になり、私も自分の働き方について考えました。
実家で親と同居していたので、それまで子どもの送り迎えは親頼み。フルタイムで仕事をしていたため、子どもより早く仕事に出て遅く帰宅する毎日で、息子に「いってらっしゃい」「おかえりなさい」を言う生活をしたことがありませんでした。
その後悔の気持ちと、自分の心の片隅にあった独立への気持ちが結びついたのが、そのとき。息子にもふと「ママが会社を辞めて、自分で起業をしたらどう思う?」と聞いてみると、「ママがやりたいと思うならやってみたら?」と言ってくれ、背中を押されました。
息子の受験を支えるためにも、自分の気持ちをごまかさずに働くためにも、会社員を卒業しよう。そう決意して、半年ほどは息子の受験サポートに徹し、「いってらっしゃい」と「おかえり」が言える生活も初めて経験しました。
──転職ではなく、独立をすることに迷いはなかった?
山口:40歳を超えていたので、今までの経験だけで転職するにしても厳しい状況があるのは予想できました。かつ、組織のもとで働くとなれば、また自分をごまかしてモヤモヤする可能性もある。それなら、独立しか選択肢がないと思いました。独立を自然と考えられたのは、社労士という資格があったからですね。
年に1回、協会主催のアワード運営を担当
──協会ではどんな仕事を担当していますか?
山口:ジョブ創出プロジェクトに参画しています。フリーランスのプロ人材や副業人材に仕事を依頼したい企業の無料相談窓口、「求人ステーション」では、受付担当として、舞い込んできた相談を協会内の担当者に割り振る役割を担っています。
また求人ステーションでは、「認定人材会社」として厳正な審査をクリアした優良仲介事業者と連携しているのですが、その審査手続きや、年に1回開催している「フリーランスパートナーシップアワード」の受付から審査、授賞式までのプロジェクト進行管理も担当しています。
ちなみに2024年のアワードも、7月末まで応募を受け付け中です。
自薦他薦問わず、フリーランス本人や、フリーランスをチームに招き入れた企業、仲介企業などが応募いただけますので、ぜひ応募してみてください!
──事務局メンバーから、「あす香さんがプロジェクトマネジメントに入ると、段取りやスケジュール管理に絶大な安心感がある!」と評判を聞いています。
山口:むしろ私は、他のメンバーがものすごく行動力あふれる方々で、憧れているんですよ! でも自分にはその適性がないので。自分にできることはなんだろうと考えるうち、自然といまの役割になりました。
もともと企業の管理部門に長くいたので、「スケジュール通りに進める」のは当然で、褒められるようなことではなかったんです。スキルだと思ったこともなくて。協会で初めて、「ああ、こういうこともスキルとして皆さんに感謝していただけるのか」と驚いたくらいです。
予定は1時間枠をこまめに設定
──締切直前に無理をするのではなく、あす香さんのような着実性をお手本にしたいフリーランスも多いはず。どんなことを意識していますか?
山口:私の場合は体力がないこと、持病があることで、「ギリギリで無理をすればなんとかなる」意識がないことが大きいかもしれません。「いつ波があるかわからないからこそ、少しストップしても大丈夫なように前倒しで進めておこう」という気持ちです。
ただ実は私も、学生時代は計画性が皆無でした。授業が始まってから宿題を始めたりして(笑)。でも妹のことがあり、死というものを自分のなかで意識し始め、日々への向き合い方が変わったのかもしれません。
自分もいつどうなるかわからないから、締切に対しても、一歩一歩進んでいこう。もちろん人間なのでアップダウンはありますが、やる気が起きなくても「1ミリ進めよう」、「これだけやったら休もう」と考え、ゼロではなく少しでも進めるようにしています。
──具体的にはどんな工夫を?
山口:仕事の種類によって、自分の必要な時間を想定して、スケジュールに無理のないように仕事を受けていくようにしています。
仕事の依頼を受けたら、まずスケジュールに1時間ずつの枠でその仕事の予定を確保。たとえば「◯◯の資料作成」に1時間を入れ、その次の日にもその内容に1時間、というように。
隙間なく「1時間」の予定を入れるのではなく、「1日あたり、1時間の予定を3〜4個だけ入れる」んです。当日その作業に手をつけてみて調子がよければ、2、3時間分続けても支障ないですし、もし気分が乗らなくても、最低1時間分は進めるためです。
──作業時間はどのように見積もっていますか?
山口:スケジュールとは別に、エクセルで「資料作成:1時間」「メール連絡:0.5時間」など、自分で毎日の稼働表をつけて、作業内容や所要時間を記録しています。
それを月ごとにまとめて、「ひと月でこの金額いただく仕事に、これくらいの時間がかかるんだな」と確認すると、働き方を見直す機会にもなりますし、作業時間の見積精度も高まっていくと思います。
協会は、誰かの「やってみたい」がすぐ実現する
──裏方として活躍する一方、最近はフリパラでの連載や登壇など、「前に出る」機会も増えているとか。そのきっかけは?
山口:協会の1on2で自分が子どものころを振り返る機会があったとき、「小さい頃は目立ちだがり屋で人前に出ることが好きだったけれど、思春期になって周りの目が気になり、出なくなった。もしかすると、また人前に出てみたい思いがあるかもしれない」という話をしたんです。
すると、「それなら『フリパラ』で連載をしたらいいのでは?」とその場で提案され、「やってみたいです」と返事したら、トントン拍子で連載「労務・総務の素朴なギモン」が始まることになりました。
連載では、「会社を辞めるともう社会保険には入れないの?」など、独立検討中の方や、フリーランス、パラレルワーカーの方からよく聞かれる質問に答えています。
それ以外にも、昨年はフリーランスパートナーシップアワードで司会を担当したり、今年も福岡の「独立・副業スターター講座」のリアルセミナーで講師を担当するなど、前に出る機会は増えていますね。
──裏方から表舞台に立つ機会が増えて、心境の変化などありますか?
山口:まだ「楽しい」よりも、緊張や怖さのほうが大きいですね。資料準備はもちろん、発声練習など、十分すぎる準備をしてからじゃないと出られなくて。それでも他の仕事と並行して少しずつ、チャレンジしています。思春期にした蓋が剥がれていないだけなのか、ただ適性がないだけなのか、自分でもいま探っているところなんです。
──そんなふうに協会では日頃から、「事務局メンバーのWILLを形にする」文化があるとか。他にも体感したことはありますか?
山口:誰かが何か「やってみたい」と言ったらすぐ形になる。その推進力には驚くことが多いですね。
たとえばジョブ創出プロジェクトで、今年の2月にWeb上で公開した「偽装フリーランス防止のための手引き」もそのひとつ。フリーランスの労働者性の判断基準や要注意事例を整理した、フリーランスやフリーランスと取引をする事業者向けの資料です。
これも「こういうのがあったらいいよね!」とメンバーの誰かが口に出したことがきっかけで動き出しました。「やりたい」を実現する意志と推進力は、どのプロジェクトでも感じます。
「フリーランスと健康」について深めていきたい
──今後、協会でやってみたいことはありますか?
山口:「フリーランスの健康」が気になっています。自分自身も更年期と言われる世代ですし、フリーランスもこの年代はボリュームゾーンなので、今後より大事なテーマになってくるはずです。
近年、企業でも「更年期離職」などの問題が認識され始めて、働く女性の支援制度を導入し始めるところが増えてきています。フリーランスは、時間や場所を自分でやりくりできる側面はありますが、だからこそ、意識しないと休めないし、無理をしてしまうことも。
会社員のように代わりがきかない働き方だからこそ、「働き方と健康」や「高齢化するなかでの仕事の付き合い方」は、男女問わず、フリーランスが長く働くうえでの必須テーマ。「健やかに働く」をテーマにしてきた私としても、ここは何かしら関わりつつ、扱っていきたいですね。
「前に出る仕事はまだ慣れなくて」と控えめに微笑みつつ、謙虚な佇まいが印象的なあす香さん。しかし、じっくりとお話を伺うなかで見えてきたのは、あす香さんの中心に据えられた、揺らがない芯の強さでした。
目の前の雑務や締切に埋もれて、大事なことを見失っていないか。自由に選択できることの多いフリーランスだからこそ、「いまをどう生きるか?」を自分自身、改めて問い続けていきたいと思った取材でした。
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