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先生!追加料金、踏み倒されちゃうのでしょうか?~フリーランスの契約事件簿

第2回 「追加料金の支払い拒否に遭遇したら」


ビジネス街の中、一本の路地を入ったところにひっそりと佇むバー「Legal」。この店は、契約に悩みを抱えるフリーランスが夜な夜な集まることで知られている。どうやらそこには、フリーランスの悩みごとに答えるさすらいの弁護士がいるという――。

「マスター、今日はジョニ黒をロックで」

その日、バーに訪れたのは、フリーランスのWebデザイナーであるユータだった。バーチェアに浅く腰掛けたユータは、長めの前髪をかき上げながら深いため息をついた。

「お疲れですね」

バーボングラスを前にした隣の男が話しかけた。ああ、とユータの顔がほころぶ。

「僕、ユータです。あなたはさすらいの弁護士……ですよね?」

そう呼ばれた男・フジハラ は、「聞きましょう」とうなずいた。

追加発注は無料

「実は……」とユータは話し始めた。

ユータはスモールビジネス向けのホームページ制作をメインの業務にしていた。自社サイト経由の依頼が大半なのだが、今回問題となっているのもそうして依頼されたA歯科医院(Aさんが運営)からのホームページ制作の案件である。

ユータが受託するホームページのひな形は、サイトにあらかじめ公開している。A歯科医院はそのひな形どおりの制作ということで、40万円で受注した。

当初はひな形に合わせて制作していたのだが、その後イレギュラーな依頼があった。ひな形にはなかった①「ドクターヒストリー」②問い合わせフォームの2点を追加制作してほしいと言われたのだ。それぞれやり取りののち、追加して納品した。

「2ページも追加したのに、追加料金が払われていなかったんですよ」

ユータは落ち着きなくウイスキーグラスを回し始めた。大きな氷がぐらぐらと揺れる。

あまりないことだったが、ひな形以外のページの作成依頼を受けた場合は、1ページ追加当たり5万円の追加料金を取っていた。たしかに彼はAさんに「追加料金がかかる」とどこかのタイミングで伝えたはずだったが、50万円の請求書に対して振り込まれたのは40万円だけだったのである。追加料金が振り込まれていないことを3日前に連絡したが、まだ返事はない。

「これ、追加料金は踏み倒されちゃうんでしょうか……?」

業務内容として「ウェブサイト制作業務」とのみ書かれた契約書

フジハラが「書類をお持ちですか」と聞くと、ユータは2つの書類を机に並べた。契約書と見積書だ。さすらいの弁護士は、慣れた手つきで自分が見たい項目を探し出す。

「業務内容は…『ウェブサイト制作業務』……この契約書と見積書はどうやって作りましたか」

「ネットで拾ったんですが、なんかまずかったですか?」

「契約書や見積書には対価として40万円の記載がありますが、『依頼内容がひな形の内容・ページ数に限られ、その対価が40万円』だとはどこにも書かれていません。契約書に書かれていない追加業務であることや追加業務に対して追加費用がかかること、追加業務の依頼について両者で合意したことを証明しなくてはなりません。たとえば、契約変更の覚書などは取り交わしていますか?」

ユータは頭を抱えた。「いいえ……」とつぶやいたあと、ハッと気が付いた彼はスマホを取り出し、必死でスクロールを始めた。

「……これ、どうでしょう?」

ユータが見せたのは、LINEでのやりとりのスクリーンショットだ。そこには、Aさんとのメッセージが残されていた。

○月×日
A>もともとは言っていなかったのですが、「ドクターズヒストリー」のページも作りたいんです。追加でお願いできますか?
ユータ>追加料金がかかるのですが、よろしいでしょうか?
A>わかりました。お願いします。

フジハラは「ふむ……」と画面を眺めた。

「問い合わせフォームのほうはいかがですか」

「そっちは打ち合わせ中にAさんが思いついて、その場でお願いされたんです。僕も口頭でOKしちゃって」

そのときの打ち合わせにかぎって議事録や録音などの記録もなく、文書やチャットでのやり取りも残っていなかった。

フジハラは、いくつかの確認をしてから、ユータにこう告げた。

「『ドクターズヒストリー』の追加報酬請求は認められるでしょう」

追加報酬請求が認められる可能性を決めるポイント

ユータさんとA歯科医院のやり取りを振り返ってみよう。

まず、今回は①「ドクターズヒストリー」と②問い合わせフォームの2つが追加作業だったが、それぞれ「追加料金がかかること」を示す裏付けが異なることがポイントだ。それぞれ見ていこう。

①「ドクターズヒストリー」

フジハラはドクターズヒストリーのページ制作業務について追加報酬請求は認められると判断したが、そのポイントとは、

・当初の契約書や見積書に明確に当該作業が含まれていることが記載されていないこと
・追加作業になり、追加費用がかかることが双方で合意されていて、その裏付けとなるやり取り(LINEのメッセージ)も残っていること

の2点だ。こうした場合、追加報酬の請求自体は認められる可能性が高い。

ただし、具体的に追加報酬がいくらになるのかという点が明示されていないため、法的には市場相場や当初契約の単価からの算定等といった複雑な問題に入り込んでしまう。そのため、この事例では、「ドクターズヒストリーの作成に追加料金がかかる」に加えて、「追加料金5万円(税別)かかる」等といった金額を明示するやりとりをしておくと、同金額の追加報酬請求が認められる可能性が高い。

②問い合わせフォーム

こちらの場合は、相手から「当初契約に含めてサービスでやってくれると思っていた」「ひな型はあくまでもイメージであって、問い合わせフォームは通常のホームページにはあるものだと思う」などと争われてしまい、これに対して口頭での約束を立証できずに、法的には追加報酬請求が認められない可能性もある。
ただ、このように最終的には裁判で立証できず認められない可能性があるとしても、事実として打合せの際に合意した認識であれば、一度その点を説明し支払ってくれるよう交渉してみるのも良いだろう。

追加報酬をめぐってトラブルになってしまったときの正しいアクションとは

ユータはほっとした表情になり、旨そうにウイスキーに口をつけた。「泣き寝入りしようかと思ってました。ガツンと言ったほうがいいってことですよね」

いや、まずは話し合いましょう、とフジハラは返す。

「紛争でないものを紛争化させる必要はありません。勘違いで支払いがないだけで、先方は支払うつもりがあるかもしれません。相手の『状況』を確認し、支払いの意思がない場合は、最低限、相手が「支払わない理由」を確認しておきましょう」

「わかりました。今度はちゃんと記録しておいた方がいいですよね」

「そうですね。この段階の話し合いでも、催告書送付後の話し合いでも、話し合いの内容はできる限り録音等により記録化しておきましょう。その中で自分に有利な事情を確認し、相手から言質を取っておくことができればなお良いです。なお、録音は、できる限り事前承諾を得て行い、録音データも適切に取り扱うようにしましょう。
今回の事例で言えば、①もともとの仕事の依頼に追加作業分の内容が含まれていなかったと相手も認識していたことを確認し、できれば、②相手も追加作業分には追加料金がかかる認識でいたことの確認まで取ることも目指しましょう」

「えっと、サイコクショって何ですか?」

「催告書は一定の行為を要求する書面です。なかなか最初の話し合いで進まないようであれば、催告書などの書面を送ることが考えられます」

「催告書、ですね。でも、何を書けばいいんでしょう」

「記載すべき点は3つあります。
①いつどんな仕事をいくらで受けて、いついつ完了したこと
②報酬支払期限がいつで、それを過ぎているが、まだ支払いがないこと
③すぐに支払ってほしいこと(+支払わないとどうするか)
催告書を送付したうえで、再度話し合いをしてみましょう」

「わかりました!でも、逆ギレされたらいやだなあ」

「相手によっては感情的になり解決が遠のくリスクもあります。状況に応じて催告書などを用いず、話し合いのみを継続することもありえます」

「そうなんですね」

「ただ、話し合いで解決した場合でも、最終的な合意内容を確認する書面を作成しておきましょう。特に、支払いが一定程度先になったり、分割になったりする場合は、後からひっくり返されることがないように必ず作成しておいてくださいね」

ユータの顔にみるみる力がみなぎっていくようだった。やるべきことが見えてきて、前向きな気持ちになることができたようだ。フジハラはその後もいくつかのアドバイスを行った。

フジハラいわく、最終的に話し合いでの解決が難しければ、裁判所を通じた民事調停や訴訟(少額訴訟を含む)、支払督促などの法的手続きを取るのも一つの方法だという。

通常の訴訟を自分でやるのはハードルが高いが、60万円以下の請求の場合に利用できる少額訴訟は弁護士を使わず個人が自身でやっていることもけっこうあるらしい。裁判の書式もネットで公開されているし、手続上分からない点は裁判所に問い合わせてみるとよいようだ。

とはいえ、実際の個別の事情の中で、どの程度自分の請求が認められるものなのか、何が自分に有利な事情になるのか(逆に何が不利になるのか)といったことは、「自分で判断するのは難しい部分もあると思う」とフジハラは言う。そのため、支払いが滞り紛争化している段階では、代理人として選任するかは別として、事前に弁護士に相談し作戦を立てたうえで動いていくとよいようだ。

「しかし――費用対効果はよくないので、やはり事前対策が重要ですよ」

 フジハラがくいっと眼鏡を引き上げると、縁がきらりと光った。

ユータは「そうでした」と頭をかいたのち、フジハラに握手を求めて勢いよく去っていった。

フジハラはプーアル茶の入ったバーボングラスを持ち上げ、「……乾杯」と言った。

そうして、今日も「Legal」の夜は更けていく――。

~Fin.~

事前対策のポイント

フジハラが話していた「事前対策」についてもまとめておこう。参考にしてみてほしい。

事前対策の基本は、とにかく証拠(契約書及び業務に関連する証拠)を残しておくことだ。
①契約書又はこれに準ずる書面(申込書等)の作成・締結
②当該契約に関連したやり取りの証拠化
を分けて説明していこう。

①契約書又はこれに準ずる書面(申込書等)の作成・締結

契約書はネットに転がっているテンプレを“とりあえず”そのまま使用するのではなく、契約書の内容を確認し、適宜カスタマイズして使おう。また、取引相手から送られた契約書も“とりあえず”サインするのではなく、契約書の内容を読んで、有利・不利な部分を理解したうえで、可能であれば条件改善に向けて交渉していこう。

普段自分が受けている業務の実態に合わせた契約書になっていなかったり、契約書の内容(書いてある条項と書いていない条項)を理解せずにサインしてしまったりすると、知らないうちに自分に不利な条件で契約しているリスクがある。

②当該契約に関連したやり取りの証拠化

具体的には、当事者間で成立した依頼内容(業務の内容、報酬額等)が一見して分かるやり取りを証拠化することが望ましい。業務内容の追加変更が発生した場合、より業務内容などが曖昧になってトラブルが発生しやすいため、より明確なやり取りを証拠化するように心がけよう。

メールやチャットでのやり取りではなく、電話や対面の打ち合わせで業務内容や報酬額等が決まった場合、打ち合わせの後、議事録的な意味で相手方に業務内容や報酬額等を記載したメールなどをすぐに送っておくことは有効な手段の1つ。
このメールなどに「お願いします」といった返事があれば業務内容などが確定したという有力な証拠となりうるし、仮に返信がなくても、メールなどの書きぶりによっては、取引相手が黙示的に合意したという評価につながる証拠となりうる。また、電話や打ち合わせでのやり取りを録音・録画することも1つの手段。ただし、口頭でのやり取りでは「発言を誘導している」というような指摘により証拠価値が小さくなってしまう可能性はある。なお、録音は、できる限り事前承諾を得て行い、録音データも適切に取り扱うようにしよう。

また、これらの契約内容などのほか、その契約どおりの商品を納めたか、サービス・役務を提供したかという点も争いになることがある。そのため、納品書、受取証、業務実施報告書、工事完了報告書、業務時間集計表等の証拠を確保しておくことも重要となる。

フリーランスは、自分が締結した契約書の不備等がダイレクトに自分に戻ってくるから、このような事前対策は重要となる。もし自分で契約書のひな形を作成したり、取引相手から契約書が送られてきて内容が良く分からなかったりしたら、契約書をサインする前に、一度弁護士に相談してほしい。

この話はフィクションであり、「フジハラ先生」は架空の人物です。
また、この話はモデルケースであって個別の事情により結論が変わることがあります。そのため、具体的なご相談については、下記の中小企業法律支援センターまたは監修者までお問い合わせください。

この記事の参考Q&A

Q.クライアントから契約にない無償での追加作業を強制された場合の対応方法
https://cs-lawyer.tokyo/column/2021/06/02.html

監修者プロフィール
藤原 慎一郎 (ふじはら・しんいちろう)
みらい総合法律事務所・弁護士。東京弁護士会所属。
主に各種契約関係、債権回収、労務、ITや知財など幅広い分野の企業・事業者に関する法務や、不動産案件に携わっており、企業内の研修講師等も担当している。
「もしご友人に同じような悩みを抱えている人がいれば、ぜひ私の所属する東京弁護士会の中小企業法律支援センター(https://www.toben.or.jp/form/chusho1.html )にご相談ください」


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