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【映画批評】DAU.退行

※過去記事の復旧です

これの前作?の扱いである「DAU.ナターシャ」の批評は先日あげた通りです。

前回も書いたように、ハリコフに架空のソ連研究所を建設し、そこで実際に万に及ぶ人々を送り込み、2年間そこで生活させ、撮れた映像を映画にした、との触れ込み。真偽は謎だが、出演者の演技はほぼすべてアドリブだとのことである。

この映画、、、、、というか映画?映画は映画だと思うのですが、とにかくこの「退行」は長い。6時間9分です。半端ねえ。劇場でも家でのDVDでも、6時間を超える映画を一気に観る羽目になったのは間違いなく人生初のことですね。まーもちろんTVシリーズとか、単に長い尺の映画自体はいくらでもあると思うのですが、これは6時間9分一気上映で、途中の休憩もたったの15分である。つまり、全部見通すのはけっこうきついとわかっていたし、なんなら途中退場しようとおもっていた。面白くなければ、途中で飽きたら出てこよう。なにしろ、今日は週に1度の貴重な休日なのだ、、、

ところがどっこい(死)、、、これが自分でもちょっと信じられないんだが、6時間9分全部観てきました。めちゃくちゃ集中して、最初始まって30分ぐらいの時に15分ぐらい寝たけど(前の日全くの不眠で、3時間しか寝てなかった)、それ以降はスッキリして一度も眠らず全部観ました。

テーマは「ナターシャ」を先に観ていたのでなんとなく知れているわけですし、絶対途中で飽きるよなと思っていたのですけどね。けっこうやるな俺も、と驚きました。なにしろ連日のテレワークで腰がすこぶる調子悪いので、ここでまた休日にも6時間劇場で映画を観るってけっこう躊躇したんだよね、、、もう二度とはゴメンだが、案外やれるもんだな、と思ったです。

まあ、とはいえ6時間に及ぶ復活したソビエト連邦の悪夢にうなされ、どう咀嚼し何と感想を述べればよいのか、、、、本当にこれほど批評を難しいと思うこともない。どう書けば、何と言えば良いのか。。今も全然構想とかは無いっす。徒然と書いていきます。

雰囲気作りは完璧の100点満点です。

​なにしろ、ロシア人監督による、ほぼ純ロシア産映画ですんで。言語やカルチャー、当時の服装、常識、歴史考証など、今後100年これを抜ける映画は現れないでしょう。文字通り完璧。ほぼ再現VTR。やばいです。

ストーリーは不条理で長いですが、これも完璧。ややわかりにくいけど、少なくとも破綻はしていない。テーマも一貫性がある。

ソ連の核開発で重要な役割を果たしたレフ・ランダウ(ノーベル物理学賞受賞)の住まうハリコフの研究所では、「超人」を作るための奇妙な実験が日々行われている。しかし、実験内容は拙劣で、海外からの権威を招いたりしてそれっぽいことをしているものの、成果は微妙である。「超人」の定義は能力の優劣のない、どんなこと、どんな能力にも一定以上の才能を持ち、何でもでき、すぐに決断できる、そんな強化人間のことを指すようである(劇中に説明あり)。強い兵士を作りたいとの国家の意志が関与していたようだ。「フルメタルジャケット」や「Zガンダム」みたいだね。

その不気味な実験に参加し、政府に協力した幾人かの若者たちと、だらだらと腐敗・堕落した毎日を送る研究所職員たちの確執を描いた映画である。簡単に言うとこれだけの話だ。

前半はいかにこの研究所とそのスタッフたちが腐りきっているかが長々と語られる。酒呑んで不倫してセクハラしてレイプしてパワハラして、、、仕事はサボってダラダラして。所長も秘書が来るたびに手籠めにしようとするし、権力を行使して愛人として囲おうとする。科学者たちもみ〜〜〜んなそんな感じ。みんな表向きは理想的党員で、家庭持ってて既婚者だがドスケベで、若い女と見ればソッコーで口説く。酒呑ませて尻触る。どエロ野郎ばかり。(これはレフ・ラウダウがそのような思想を持っていて、結婚しても愛人はたくさん作れよと教え子たちにも言って聴かせていたということにちなむと思う。つまり過剰な演出などではないということだ。紛れもなくソ連社会はかつてこのような有様で、女性は権力に性的搾取を受けていたのである)

研究所の学生たちはビートルズみたいなマッシュヘアで、ロック聞きながら踊ったりとかしているわけで1968年という時代を思えば、当時のソ連は修正主義者が跋扈し、西側的腐敗に満ちていたということなのでしょう。ここも考証は完璧です。(何の説明もないが、当時はビートルズとロックが世界的に流行していました)

この(共産党的目線で)腐敗した研究所にKGBがやってきて、管理体制を全部KGBの傘下に置き換えてゆくのが次のシークエンス。その過程もじっくりねっとり見せてもらえて、「ああ、こんなやり方だったんだなあ」と楽しく観ることができる。

むしろ、観客サイドも、あまりにも研究所の腐敗の描写が過激なので、少しぐらいはKGBに感情移入してしまうのではなかろうか? 新所長に就任するのは前回「ナターシャ」の尋問で登場したアジッポ保安少将。前回(ナターシャの時は1950年代前半でスターリン体制下)は少佐だったので、かなり出世している。アジッポは革命初期のチェーカー出身で、筋金入りのテロリストだが、皮肉抜きで魅力的な人柄。雪男のような巨漢だがジェントリーで礼儀正しく、数々の経験に裏打ちされた豊富な知識、自信に満ちた滑らかで美しい話し方、それでいて民衆をテロで黙らせるあらゆる手法を熟知。観客はこの映画の主人公はほぼアジッポなんだな、と認めざるを得なくなるだろう。

アジッポとその部下のKGBたちは、西側にまみれた少年少女たちをまずは脅しつけて手先とし、「超人」実験に協力した若者たちを新たに研究所に送り込んでスタッフと共同生活をさせる。スタッフたちの反動(=反革命)行為を監視し、逐一報告させるのである。「超人」の若者たちは、理想的な共産主義者らしい口ぶりで、禁酒禁煙を説き、スポーツに精を出し、一見すると理想的な若者たちであるが、だんだんと偏ったイデオロギーを開陳するようになる。

黒人差別や反ユダヤ思想、同性愛者への嫌悪感情などを堂々と口にするようになり、一見すると、この若者たちはソ連政府の代弁者で、ソ連自体がナチと区別のつかない思想を持っていたかのように映る。しかしこの描写には注意が必要だ。

劇中ほぼ説明なしだったと思うのだが、「超人」の若者の一人は憎悪扇動(=ヘイトスピーチ)の罪で告発され、刑務所に拘禁されていたところをKGBに声をかけられ、「超人」実験に参加したとの設定である。つまり、もともとネオナチだったのであって、実験の結果ネオナチになったわけではない。(普通に知らずにみていると実験の結果、思考が歪んでネオナチになったかのように映る。だがそうではない。)

監督が語る内容を読めばそれも明らかで、つまり体制側が暴力的な破壊分子(今回の場合はこのネオナチの若者)とどのように結びつき、どのように彼らを利用し、利用される側にどんな旨味があるのか、それを示してみせたお芝居である。自民党がヤクザや統一教会を利用する手口もこんなかもしれないが、ソビエトのほうがより大胆で、冷酷さで勝る気がします。

以上の考察はパンフレットに書いてある内容で、俺は買って読んだからわかったけど、ただ映画を観ただけでは非人間的な実験の結果、人種差別するような暴力的な脳に無理矢理変えられてしまったようにしか見えないだろう。だが、現実には彼らのヘイト思想はキのままの人間から産まれた思考や感情である。どちらかといえばそちらのほうが救いがたい感じがしませんか。

若者たちも、リーダー格のネオナチに影響を受けてだんだんとそうなって行くんですね。リーダーの男役は「Purpose of Russia」などのモノホンのネオナチ組織に所属し、逮捕拘禁されていた人物が全く同じような役柄を演じたのであり、これがまた素晴らしい存在感(既に鬼籍。自殺とのことだが謀殺説アリ)。いわゆる自然のままのキ××イがどういうもんなのかを画面から妖気とともにむんむん撒き散らしているのだ。こわすぎ。

このキ××イのネオナチどもが体制側を味方につけてどんどん調子こいていき、エスカレートしていって、研究所を占領して行く様子はスリリングである。ナチとソ連はもともと似た者同士で、お互いをよく研究して参考にするべきところはして、よく似た兄弟だとの自覚もあった(ナチのヨーゼフ•ゲッベルスが公言し、ソ連スパイ組織シュメルシュも同じような認識だった)。西側のロック、同性愛趣味、ナヨナヨした前髪にルーズな服装、酒におぼれただらしない生活、怠惰、労働忌避は彼ら兄弟の共通した敵。歴史的にもナチとソ連が手を結んで、まず何をやったかって言うとポーランドとバルト三国のユダヤ人社会の殲滅であったから、ここでも似たようなことが起こるわけだ。(レフ・ランダウは皮肉にもユダヤ人)

これを6時間かけて行うのがこの映画だ。楽しそうではない。無理に観る必要はないと思う。しかし、お芝居としての完成度は群を抜いていて、とにかくこの無残で冷酷な時代に浸りたいよという人にはまだまだ足りずお代わりが欲しいぐらいハマるだろう。ワタクシとしては6時間というのはもう勘弁だが、このシリーズの続編があと14個もあると聴くにつけ、いつ日本公開されるのかと楽しみで仕方がない(ロシアとウクライナの戦争が始まってこの願いは夢に終わりそうである)。

この「退行」は過激なバイオレンス、演技か真かわからぬような女性差別、児童虐待描写、終盤のマジの豚の〇〇場面など、既存秩序や倫理に真っ向挑戦するかのような内容のためか、各国で上映を拒否されている。本国ロシアでもポルノ映画指定で公開されず、長すぎたからかコロナがかぶったからか映画祭出展も頓挫しており、なんと世界に先駆けて日本のみが劇場公開を実現させた。日本の高度な表現の自由を本当に誇りに思う(皮肉ではなく)。

この映画は観る寸前、その日の朝まで映画館に行くのか迷いに迷った。「ナターシャ」を観たばかりでもあったし、仕事で毎日疲れていてストレスも溜まっていたから、映画館で6時間も座ってろってのは相当過酷そうに思ったからだ。公開もたったの1週間で、値段も3600円と他の映画の倍。どうなんだよ、と観ている最中も半信半疑。でも、4時間ぐらい経ったころから急激に面白くなってきて、結局最後まで観てしまった。ラストは思いつく限りの最悪最低のラストで、その直前の豚の〇〇シーンなど、精神疾患を持っている人は確実に症状が悪化するはずなので絶対観ないほうがいい。でも映画好きなら絶対観るべき(真顔)。とはいえ、今後いつ観れるのかはわかりませんが、、DVDとかでるのかな??(2024年現在発売の兆しすらありません)

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