『普通じゃないってだけの話』だよ!

もうタイトルが面倒になってしまいました。今回も日常回です。


この世界には人智を越えた力があり、人を幸福にする力を加護、人を不幸にする力を呪いと言った。そしてごく一部ではあるが、その力を手にした人たちがいる。加護を持つものをカゴモチ、呪いを持つものをノロワレと呼ぶ。

金曜日。学校帰りに病院へ寄り、インフルエンザの予防接種を受けて家に帰ろうとしている高校二年生、富士野もまたカゴモチである。しかし富士野にとって加護なんざどうでも良かった。とにかく体調が悪い。予防接種を受け、その直後から何か体が重くなった気がしていたが、どんどん体調が悪くなる。今や関節が痛くてふらふらしてふわふわする。まともに歩けない。これはまずい。誰か、母さん父さん、ああ駄目だまた迷惑を、どうしよう。どうにかこうにかスマートフォンを取り出しぼやけた視界から何とか連絡帳をタップする。誰にかければ良いか分からない。というか体がまずい。どうなっているんだこれは。怖い。ああもういいや。今表示されている電話番号をタップして、コールする。

??「もしもし、どした?」

富士野「死ぬ……。助けてください……。」

??「え?何、どうした。富士野君?大丈夫?」

富士野「家に、帰ろうとして……。」


そこで富士野は倒れた。

痛みで目を覚ました。最悪の目覚めである。視界は不明瞭。ぼんやりと天井らしきものが見える。なんだか口回りが生ぬるい。体が動かない、動かしたくない。痛いし重い。暑い。息が。息、している。ああ、生きている。ふうと口から息を漏らすと、シューと鳴った。なんだかピッピッといった音が聞こえる。やっと明瞭になった視界で気づいた。白い天井。口の辺りにマスク、これはドラマや映画で見たことがある酸素マスク。ベッドの横に、これまたドラマや映画で見たことがある心電図。そういえばなんだか胸辺りに何かが貼り付いている気がする。ここは病院か。ああ、生きていてよかった。だがどうにも体は震えるし痛いし怖くて仕方ない。

張間「おきてんじゃん。」

視界にとんでもないイケメンが入ってくる。きらきらしたものは今の富士野にとってはちょっと毒だった。思わず顔をしかめる。

張間「俺の声聞こえてる?分かります?今ナースコールしますからねー。まあ来るのは井野先生かジュニアだろうけど。」

富士野「……は。」

張間「おー、無理すんな。」

富士野「死ぬ……。」

張間「死なないから安心してな。」

富士野「いたい。」

張間「そうかあ。関節痛かな。」

富士野「……。」

張間「いやあ、びっくりしました。電話かかってきたと思ったら死にかけてて、慌てて家の周り皆で手分けして探してさ。そしたらジュニアから、そちらの富士野さんが緊急搬送されましたって言われたから俺が来ました。」

富士野は覚えていないが、スマートフォンの連絡帳を開いた際に、真っ先に『よく使用する連絡先』が表示されていた。そこにはアルバイト先の人材派遣会社と、その会社で富士野の教育係を担当している張間の電話番号が載っており、富士野は張間に電話をかけたのだった。とはいえ富士野はこの張間の長々とした説明をほとんど聞いていなかった。

病室に従二谷が入ってくる。

従二谷「失礼します。」

張間「ジュニアくん待ってたよー。」

従二谷「病室なのでお静かにお願いします。富士野さん、前にお会いしたことありますが、従二谷(じゅうにや)です。一応今回のあなたの担当です。」

富士野は小さく会釈する。

従二谷「んー、ちょっと見たところ、関節痛、頭痛、吐き気はなし、腹痛もなし、熱が38度7分。倦怠感と悪寒。」

従二谷は《人の痛みが見える》加護を持っている。体調の悪さにはいち早く気づき、どこが痛いか、どこが弱っているか、精密検査をせずとも従二谷が見れば分かるのだった。

従二谷「あなたは、インフルエンザの予防接種を打ちましたね。インフルエンザの予防接種では、簡単に言うとウィルスを入れて抗体をつくらせるもの。しかしあなたの体は加護によって驚異的な回復能力を持っています。その力が今、ウィルスを速攻でやっつけるのではなく、速攻で抗体を作ろうとフルで動いています。」

富士野はぼんやりと理解せずに聞いている。

従二谷「まあ、もっと簡単に言うと、予防接種の副作用です。」

張間「超回復で早く治るもんだと思ってたけどな。」

従二谷「早く治りますよ。ただ、例えば、風邪をひいて私が治るのに一週間かかるとして、富士野さんは一日で治ります。しかし私が一週間かけてゆっくり治るのに対して富士野さんの体は一日で治そうとします。そのぶん体に負荷がかかるわけです。予防接種も同様ですね。」

張間「なるほど?」

従二谷「張間さんに分かるように説明するなら、ガッと体調が悪くなってバッと治る感じです。」

張間「分かりやすい。すげえなジュニア。」

従二谷「すごくもなんともないです。富士野さん、腕は動きますか?」

富士野は頑張って肘を曲げて手をあげる。手を握ったり開いたりした。

富士野「なんとか。」

従二谷「良かったです。しかし関節痛がひどいようなので、無理はしないでください。喉は乾いていますか?」

富士野は頷く。

張間「おお、水とポカリ買ってきたんだ。」

従二谷「自分で飲めそうですか?ちょっとベッド動かしますね。」

従二谷は富士野の酸素マスクをはずし、ベッドのリクライニングを使って富士野を座った形にする。

従二谷「大丈夫ですか?」

富士野「はい。」

従二谷は自分で用意した250mlのペットボトルにストローつきの蓋がされた飲み物を富士野に手渡した。

従二谷「持てます?」

富士野はゆっくりとペットボトルを両手で持って、そろそろとストローに口をつけ飲んだ。

張間「俺のじゃない?」

従二谷「張間さん、こういうところの気配りですよ。」

張間「え?何?どういうこと?」

従二谷「張間さんはモテないって話です。」

張間「はあ?」

従二谷「うるさいですよ。うん、経口補給が出来るのは何よりです。」

張間「ジュニアくんまーじでひどい。」

従二谷「その呼び方やめてくれたら少しは優しくしますよ。少しは。」

張間「そこ二回言わなくていいからさあ。」

従二谷「気分が悪くなったとか、吐き気はありますか?」

富士野「いえ。」

従二谷「そうみたいですね。ベッド戻しますよ。飲みたくなったらいつでも張間さんに頼んでください。張間さん、リクライニングのやり方分かりますよね?」

張間「うん。」

従二谷「富士野さん、富士野さんは点滴が出来ない体です。しようとしても、針穴が治ってしまって針が押し出されてしまいました。なので普通こんなことはしないのですが、一時間に一回注射をします。一時間に一回看護師が来て、注射をしますからね。」

従二谷は富士野のベッドのリクライニングを戻し、酸素マスクをつけさせる。

従二谷「ごく微量の解熱剤と鎮痛剤を使います。それと経口では補えない水分補給ですね。多分富士野さんの体は子供用よりもっと少なくても大丈夫だと考えております。すみません、こうなる前にもっと研究しておけば良かったですね。」

富士野「いや、ありがとうございます。」

従二谷「では私はこれで。何かあったらすぐ呼んでください。あと張間さんがここにずっといるらしいので、思う存分パシりにしていいですよ。」

張間「言い方ぁ。でも合ってるよ。何かあったら言ってな。」

従二谷「一応親御さんには連絡しておきました。あとこの入院費は加護の研究ということで経費から落ちます。ご安心ください。」

張間「病人に金の話するジュニアもなかなか気が利かねえよ。」

従二谷「大事な話ですから。ではまた来ます。安静にしていてくださいね。」

従二谷が部屋を後にする。

張間「さあ、寝なねー。従二谷の話だと、風邪でもこうなるらしいから、これからは気をつけて手洗いうがい無理をしない!分かりましたか?て、寝てる。はは。おやすみなさい。」



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