モテるのがしんどいので男子校に入学したら、女子がいた 第一話
<あらすじ>
モテることに嫌気がさして男子校に入学した箕川恭平は、女子のいない平穏な日々を送っていた。しかし、ある日いつも隣にいた友達、爽良から「オレ、女なんだ……」と衝撃の事実を明かされる。恭平は入学当初からポンコツな爽良の世話を焼いていたが、今後どういう距離感で接していいのか頭を抱える。
翌日、爽良は月経痛で学校を休んだ際「爽良くんに返しといてもらえません?」と見知らぬ男子から体操服を渡される。名前は麻央。これまでだったら麻央に何の疑いも持たなかったが、前例を知ってしまっているため勘づいてしまう。(……いやこの子、女子じゃね?)
二人が男子校に通う理由とは?
どうしてもモテてしまう恭平の心の変化は?
暴露
おかしいと思っていたんだ。
いつも体育の授業前になると姿を消して、開始直前になると体操着で姿を現す。
たまに息苦しそうに胸を押さえて保健室に駆け込んだり、とんでもなく不機嫌な一週間が訪れたり。
細い腕に甘い香り、肌の質感とか、握力の弱さとか……
思い返せばたくさんの違和感があった。
これまでは”そう奴もいるか”で済ませてきたけれど。もうこれは目を瞑れない。
目の前の男──神崎爽良は、ピタッとしたタンクトップを上に持ち上げながら言った。
「内緒にしてて」
露になる、小さいへそとくびれた腰回り。それから、丸みを帯びた下乳。
「ぼく、女なんだ……」
華奢で白くて明らかに俺たちとは違う造りのその体に、ゴクリと唾を飲んだ。
女──その生き物から遠ざかるために、俺はここに入学したのに。無情にもそれは再び俺の前に現れた。
「……俺は何も見てない。だから、早く服着ろ」
「……ありがとう。箕川くんならそう言うかなって思った」
違う。そんな頼りになる、みたいな目を向けるのはやめてくれ。
「これからもよろしくね、箕川くん」
違う、違う……よろしくなんて、できない。こんなはずじゃなかったんだ。俺は女子と関わらないために、男子校を選んだのだから。
* * *
爽良との出会いは、入学式。
人だかりができているクラスの名簿一覧の前で、背が低く、自分の名前を見つけるのに苦労していた爽良に声を掛けたのが最初だった。
蓋を開けば同じクラスで、席も隣。必然的に、俺と爽良は行動を共にすることが多くなった。
入学して二ヶ月。ようやく高校生活にも慣れてきたところだったのに。昨日俺は、とんでもない爆弾を落とされてしまった。
俺は箕川喬平。高校一年生だ。困っている人を放っておけないお節介な性分で、自分でもその性格に振り回されることがある。
たとえば消しゴムを忘れた奴に自分のものを貸してしまい、ノートが二重線での訂正まみれになったり。
全クラス合同体育でうっかり他のクラスの奴に体操服を貸して、自分が忘れたことになったり。
そのせいか世話の焼ける奴に懐かれることがよくあって、それこそ爽良も例外ではない。
爽良は入学当初、人を寄せ付けないオーラを放っていた。
誰とも関わろうとせず、何でも一人でやろうと必死で。だけどそのくせポンコツで、すぐに迷子になっては授業に遅刻することが続いていた。
どうしても放っておけなかった俺は、気が付けば声を掛けるようになっていた。
最初は冷たい目を向けられていたものの、次第に爽良は心を開いてくれて。初めて爽良から話しかけられたとき、すごく嬉しかったことを覚えている。
「……あれ、次の授業ってどの教科書使うんだっけ」
隣の席から独り言が聞こえた。
ほーら、言わんこっちゃない。
爽良は机に並べた様々なテキストと睨めっこをしている。
違う、それは二学期から使う資料集!あぁ、それは多分中学の時のやつ……。
見当はずれの教科書をチョイスした爽良に声を掛けたい衝動に駆られるが、ぐっとこらえた。どんな顔をして爽良と話せばいいのかわからないから。
……そう。俺は昨日、知ってしまったから。爽良が女子だということを。
爽良が女子だとすれば、これまでの違和感も納得のいくことばかりだった。
体育の授業前に姿を消し開始直前に体操着で現れるのは、一緒に着替えをするとまずいから。
たまに息苦しそうに胸を押さえて保健室に駆け込むのは、概ね胸をフラットにする下着がキツかったんだろう。
とんでもなく不機嫌な一週間は、おそらく月経痛だ。
これまで女子がいないお陰で快適に過ごすことができていた。
なのにまさか、一番近くにいた人間が、女子だったなんて。
っていうか、女子だって知ってしまったらもう、そうにしか見えない。なんで今まで気が付かなかったのか、不思議なくらいだ。
机に資料集と中学時代の教科書を並べ、満足げな爽良の横顔を見やる。
長いまつげに、ツンと尖った鼻先、小さな顎、柔らかそうなナチュラルブラウンの短い髪。
男子にしては可愛すぎる。いや、きっと男女関係なく、めちゃくちゃ可愛い。
だけどまさか男子校に女子がいるなんて思いもしないから、誰にも疑われることなくこれまで過ごしてこれたのだろう。
入学当初人を避けていた爽良は、俺と話すようになって他の奴とも打ち解けていった。……恐ろしい。このポンコツが、みんなを欺いているなんて。
もちろん俺は爽良が女子だということを他言するつもりはない。だけどそれは別に、爽良のためではない。
爽良はきっと俺のことを”秘密を守ってくれてる”みたいに思っているが、そういうわけじゃない。 まだその事実を認めたくない、というのが本当のところだ。
昨日のことはなかったことにしたい。これまで通り、何も知らずに過ごしたい。
「……箕川くん」
ぽそりと、隣から声がする。今まではなんとも思っていなかったのに、女子だと知った途端その声がやたらと甘ったるいように聞こえる。
「……なに」
もう、五限目だ。いつもなら朝会ったときに挨拶をするし、昼ご飯だって一緒に食べる。だけど今日は朝からずっと爽良のことを避けていたので、今日初めて会話を交わした。
爽良もポンコツなりに俺が距離を取っていることを察して、話しかけてこないんだと思っていたのだけど……。なにか用事でもあるのかな。
「ありがと。昨日は聞いてくれて」
「……別に」
「理解者が一人でもいてくれるのが、すごく嬉しい」
爽良は嬉しそうに、歯を見せて笑った。
今日一日嫌な態度をとっていた俺に、なんて無垢な笑顔を向けるんだ。
ズキッと良心が痛む。
爽良はポンコツなうえにバカだ。本当に、バカだ。
「やっぱり、知らないふりするの難しい?」
「え、なんで」
「なんかちょっといつもと違うし。無理に演技しなくていいよ、いつも通りでいてね」
もしかししてこいつは、俺が距離を取って接しているのを、”知らないふりが上手くできていない”だけだと思っているのか?……バカ。
俺は爽良の思っているようないい奴じゃない。
昨日のことはなかったことにしたい。これまで通り、何も知らずに過ごしたい。
だけど知ってしまったからには……今までみたいな関係を続けたくない。
俺はそんな冷たいことを考えているんだぞ?
「……俺は別に、演技下手じゃないと思う」
「嘘だ。絶対大根役者だ~」
「ちげぇわっ」
爽良が無邪気に笑うと、心臓にズキッと小さな痛みが走る。
……こいつは俺が他の奴に話してしまうとか、手を出すとか、そういう風には考えなかったんだろうか。
もっと疑いの心を持った方がいいと思う。
出会って二ヶ月の俺を簡単に信用しないでくれよ。
……あー、もう。よく見たらワイシャツの胸元からタンクトップが見えてるし、手首とか折れそうなくらい細いし。
あまりにも無防備な姿にまたお節介が発動しそうになるけれど、俺は伸ばしかけた手を引っ込めた。
授業が始まると、爽良は光の速さで先生に指を指された。
「おい神崎、その教科書はなんだ。しまえ」
「えぇ!?これじゃないんすか!?」
「そんなにそれが使いたいんなら中学戻れ」
やっぱり爽良は……バカだ。
* * *
キーンコーン……
授業が終わるチャイムが響く。刹那、やかましい男子たちが塊になって騒ぎ出す。
「お前授業中に送ってくんなよ過激なん」
「過激なやつこそスリル感じながら見るべきだろうが」
「それにしても良すぎだわ、この女優おっぱいでかすぎ」
多分、AVの話しだろう。
女子がいない分、こういう類の話しを堂々とすることができるので、下ネタはいつもそこら中から聞こえてくる。
ちなみに俺もAVは見るし、恋愛対象は女子だ。
過去には近所のよく遊んでくれるお姉さんに片思いをしていたこともあった。
まぁ今は恋愛に興味はないし、女子とはできる限り関わりたくないと思っているけど。
「箕川……」
砂糖みたいな声が隣から聞こえる。
それはさっきまでとは打って変わって、覇気のない声色だった。
「……なに?」
これまでのように世話を焼くつもりはないし、できれば深く関わりたくない。
だけど……友達っていうものは、いきなりやめられるようなものじゃない。
どういう対応が正解なのか悩みながらも、俺はとりあえずくるりと顔を横に向けた。
目に映ったのは──顔を一層白くした爽良だった。
「おれ……六限休むわ」
「え。しんどいの?」
明らかに体調が悪そうだ。いつもなら担いで保健室へ放り込むくらいには顔色が悪い。
だけどさすがにそんなことはできない。もう過保護なことは、しない。
俺の質問に爽良は小さく頷いた。そして少しだけ頬を赤くすると、あろうことか顔を近付けてくる。俺の耳のすぐそばにある爽良の唇。
突然のことに、俺の息は止まった。
「……実は女の子の日で。波があるんだけど、めっちゃお腹痛い」
顔を離した爽良は、へへへ……と気恥ずかしそうに頭を掻いている。
……ほら。やっぱりたまにしんどそうにしてたのは、これが原因だったんだ。
俺の姉貴も月に一回ソファで屍になってるときあるし。恐らく相当辛いものなんだろう。
「あー……おつかれ」
かける言葉がわからなくてそう言うと、爽良はふらふらと弱々しい足取りで教室を後にした。
その姿が見えなくなると正直、俺の心は少しだけ軽くなった。
昨日からどうしても息が詰まっていたんだ。
爽良が女子だという事実を知ってしまったせいで。
* * *
「え、そんな少女漫画みたいな話ってあんの?衝撃だわ」
放課後、俺は中学の頃の友達に爽良のことを話した。このまま一人で抱えておくと、本当に窒息してしまう危険性があると判断したのだ。
爽良とこいつらは知り合いでもなんでもない。それに信用している奴らなので、話しが広まる心配は絶対にない。
実家近くのファミレス。机の上には山盛りのポテトとジュースが並んでいる。
俺の向かい側に座るのは、唐澤翼と当麻虹子だ。
翼は中学の時俺と同じ剣道部に所属していて、三年間ずっとクラスも同じだった。
おっとりした雰囲気で、癒し系の男だ。
一見何も考えていなさそうに見えるけど、案外周りを見ていてはっきりと意見を言う奴だから頼もしい。
虹子は唯一の女友達。
こいつとは中学二年、三年と同じクラスだった。
空手が強くて美人で、女子人気が凄まじい。
裏表のない性格で、一緒にいて唯一楽だと思える女子だ。
この二人とはしょっちゅうつるんでいた。こうやって三人で集まって、ファミレスでダラダラと過ごすこともよくあった。
とはいえ卒業後はなかなか予定が合わず、今日は高校生になって初めて集まることができた。
「虹子、少女漫画なんか読むの?」
虹子の言葉に、思わず突っ込みを入れた。彼女の口から出た少女漫画という単語に、少しびっくりしてしまったのだ。
虹子は美人だし、男からも好意を寄せられることがよくあった。だけどそういうことに興味を示す様子はなく、あくまでも空手一筋の女の子だった。
なので、恋に夢見る乙女が読むものであろう少女漫画より、熱血なスポーツ漫画を好みそうだと思っていた。
「た、たまにはね」
意外だ。二年間つるんでいたというのに初めて知った。
少し照れくさそうに頬を赤くした虹子は、少しだけ俺の知らない女の子に見えた。
肩に付くくらいの髪、上向きのまつ毛、花の香り。……少しじゃない。なんだか虹子が、”女子”になってる。
俺の知っている虹子は、髪は耳の下くらいまでしかなくて、化粧もしていなくて、制汗剤のさっぱりした匂いを漂わせていた。
高校生になって初めて会ったとはいえ、こんなに変わるものなのか。俺の知らないところで、何かあったんだろうか。
「まぁ僕も少女漫画読むことあるよ」
翼の柔らかい声がする。相変わらずのおっとりした話し方に、なんだか少し安心を覚える。
目尻を下げた笑顔、八の字の眉毛、洒落っ気のない短髪。こいつは何も変わってない。
「俺は読んだことないなー。おもしろいの?」
「結構おもしろいよ。ね、虹子」
「あ、あぁ、うん!」
虹子はすっかり伸びた髪を耳に掛けた。
よく見ると虹子の髪は色も変わったようだ。少し緑掛かった透明感のある黒髪。
それはクールなルックスの虹子にとても似合っている。
「っていうか、意味ないよね。女子がいたら」
切れ長の目がこちらに向く。虹子はくるくるとストローでコーラをかき混ぜながら、続いて言葉を落とす。
「喬平、モテんのが嫌だから男子校選んだのにね」
虹子の口は一瞬にやりと意地悪な形を浮かべるも、すぐにストローに吸い付いた。
「……うるさい」
はっきりと言葉にされると、なんだか俺が自意識過剰のキモ男みたいに聞こえる。
俺は顔をしかめた。
「よっ、罪な男」
「うるせー!」
俺が男子校を選んだ理由。女子と関わりたくない理由。それは──モテるからだ。
一見自慢のように聞こえるかもしれない。だけど俺は中学の時、本気で悩んでいた。
休み時間のたびに現れるギャラリー、黄色い声が飛び交う部活中、なくなる私物、どこからか漏れてしまう連絡先。
どこへいても突き刺さる視線が痛くて、休まる暇なんてなかった。
それに加え、「俺の女を取った!」だの覚えのない疑いをかけられたり、俺を取り合うように女子が揉めたり。そんな生活にはもううんざりだった。
女子と関わりたくない。女子のいないところへ行きたい。そう思った俺は男子校を受験した。
実家から少し離れてはいるものの、モテない生活は夢のようだった。
正直通学時間を考えると、虹子と翼の通っている高校が羨ましい。
だけど今の快適な生活を考えると、男子校を受験して正解だったと思う。
「好かれる前にその……爽良って子と関わんの、やめた方がいいかもよ?」
俺がモテてしまうことを心配してくれたのか、虹子がそう言った。
ちなみに特定の女子と何度か話すと、必ずと言っていいほど嫉妬する女子が生まれて、揉めて。友情が壊れていくのを何度か目にしたことがある。
その中で唯一、虹子だけは俺といてもやっかみを受けることがなかった。
きっと女子人気が高く、みんなの憧れの的だったからだろう。
「喬ちゃん、かっこいいし優しいからすぐ惚れられちゃうもんねぇ」
翼は相変わらず眉を下げたまま、ポテトを頬張っている。
たしかに虹子の言う通り、これまでの経験を踏まえると爽良との関係は断ち切った方が楽だと思う。
万が一好意を向けられでもしたら、面倒だ。
だけど──
「……ほっとけないんだよな」
頭の中に、爽良の間抜けな顔が浮かぶ。
つむじから花を生やしたみたいな、ポンコツ男……いや、女。
爽良のポンコツっぷりを思い返すと、俺はあいつのことを突き放しきれる気がしない。
「出た、おかん」
「その顔で面倒見いいなんて、やっぱ罪だよねぇ」
今日だって、嫌な態度をとっていた俺に対して無垢な笑顔を向けてきて、俺のことをいい奴だって思い込んでいて。
爽良はポンコツだけど、純粋で憎めない奴だ。だから「女子ならもう関われない」なんて言って、悲しませたくない。それに──
「そもそもあいつは……爽良は別に、俺のことそういう目で見る奴じゃない、気がする」
俺が爽良の本当の性別を知ったのは、昨日だ。だけど爽良は当然俺の性別をわかっていて、近くにいたわけで。
今までそういう目を向けられていたようには感じない。爽良は本当に、俺のことを友達だと思ってくれていた。
……っていうかあいつ、恋愛とか知ってるのか?……それはさすがに舐めすぎか。
でもそれすら怪しいほど、爽良はバカだ。爽良が恋愛とかしてんの、想像できない。俺のことを好きになるとか、きっとない。
「ふーん?それならいいけど」
虹子は空になったグラスを持って立ち上がった。すらりと細長い足が、まっすぐに伸びる。
そういや虹子、この前までセーラー服だったのに、高校ではブレザーなんだな。
俺の学校もブレザーだけど、女子の制服は存在しない。爽良は中学の時、どんな制服を着ていたんだろう。
っていうか……中学の時は、女子として生活していたのか?
そういやあいつ……なんで、男子校に通ってんだ?
▼第二話はこちら
モテるのがしんどいので男子校に入学したら、女子がいた 第二話|ふらぺち伊乃 (note.com)
▼第三話はこちら
モテるのがしんどいので男子校に入学したら、女子がいた 第三話|ふらぺち伊乃 (note.com)
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