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モテるのがしんどいので男子校に入学したら、女子がいた 第二話

察知

「爽良ちゃん休みだって~」

 チャラついた声が落ちてきた。学校に着いて早々話しかけてきたのは、同じクラスの稲島光騎いなじまこうきだ。
 光騎は毎日「彼女ほっしー」と騒いでいるちゃらんぽらん野郎。肩くらいまで伸びきった金色の髪をしていて、見たままのだらしない奴。
 今日も寝癖ついたままだし、シャツのボタン開き過ぎだし……こいつの場合は突っ込むときりがないので、もはや世話を焼く気にもなれない。

 光騎がわざわざ爽良の休みを報告してきたのは、俺と爽良がいつも一緒にいるからだろう。
 光騎は席に座る俺の隣で胡坐をかくと、つまらなそうに伸びをした。
 そういえば光騎はいつも爽良のことを可愛い可愛いと愛でている。もしかすると爽良が休みでしょげているのかもしれない。わかりやすい奴だ。

 光騎は爽良と張り合える、いや、それ以上にバカだが、変なところで勘がよくて油断ができない。
 爽良のことをそういう目で見ているわけではなさそうだが、無意識的に女子である爽良に目を付けているところとか、鼻が良すぎる。
 女子に飢えすぎて嗅覚が研ぎ澄まされているのかもしれない。
 っていうかこいつに関しても、女好きのくせに何で男子校入ったんだよ。

「……そっか。連絡入れとくわ」

 俺が鞄からスマホを取り出すと、光騎は立ち上がった。

「おー。光騎様が心配してたって言っといてな~」

 自由な奴だ。光騎はそう言うと、ひらひらと手を振りどこかへと姿を消した。

 昨日爽良は月経痛で早退した。きっと今日も体調が優れないのだろう。
 連絡入れとく、とは言ったものの何も送る気がない俺は、スマホに映し出された爽良とのトーク画面をぼんやりと眺める。そこには、ほとんど毎日していたくだらないやりとりが並んでいる。

 どういう距離感で接したらいいのかがわからない。きっと爽良は”これまで通り”を求めている。
 俺も爽良を避ける気はないけど……ちゃんと“友達”かは自信がない。

 たとえ爽良の性別が女だったとしても、そんなことは関係ない。わかってはいるけど、どうしても惚れた腫れたみたいな話しが出てきてしまうのが怖い。
 爽良とはそんなことにはならないって思うけれど──って、これじゃあなんか、俺の方にその気があるみたいになってるじゃん。……あほらし。

「あの、すみません」

 スマホを片手に盛大な溜息を吐くと同時に、カナリヤのような声が耳を通った。
 聞き覚えのないその声に、俺は弾かれたように顔を上げる。そこにいたのは──見知らぬ男子だった。

「これ、爽良くんに返しといてもらえません?」

 ……いや、この子…………女子、じゃね?

 ピン、と高い音が脳天に響くと、俺の頭にはそんなことが思い浮かんだ。
 アッシュベージュのマッシュウルフ。切りそろえられた前髪から覗く、丸くて葡萄のような目。小さい鼻に、柔らかそうな白い肌。

 今までだったらきっと、可愛らしい男の子だな、と思うだけだっただろう。
 だけど男子のフリをしてここに通っている女子の存在を、そういうこともあり得るんだってことを知ってしまっているから──察知してしまった。
 絶対この子、女の子だ。

「あの?」

 カナリアの声が、不思議そうに聞いてくる。
 驚きのあまり言葉を失っていた俺は、その声によって我に返った。

「あ、えっと……」
「爽良くん見当たらないんで……お願いしていいです?」

 ……びっくりした。こんなことって、何件もあるものなのか。漫画でも性別を偽っているキャラはそんなに出てこないだろ?
 きっとこの子にも何か事情があるんだろうけど……それにしても、びっくりした。自分の直感にもびっくりだ。語彙力が吹っ飛ぶくらいには、びっくりしている。

「あ、あぁ、これを爽良に返せばいいの?」
「うん。お願いします」

 俺に性別のことを勘づかれたなんて知るはずもないその子は、ぺこりと軽く頭を下げると去っていった。揺れる髪がやたらと艶めいていて、ケアが行き届いていることを表している。

 ドクン、ドクン、ドクン……

 俺の心臓は今にも飛び出しそうだ。まさか、女子がもう一人いるなんて……。
 俺は半ば放心状態のまま、手渡された紙袋の中を覗き見た。
 そこに入っていたのは、爽良の体操着。
 もしかすると体型が近いから、爽良に借りたのかもしれない。

 ……いや、体型が近いとかじゃなくて、もしかしてあの子は爽良が女子だって知ってるのか?
 だから爽良に借りたとか?それともお互い知ってて……友達、とか?

 …………いやいやいや、それはないか。
 爽良は俺に対して「理解者が一人でもいてくれるのがめっちゃ嬉しい」って言ってたし、俺以外に自分の性別を明かしていないと思う。

 脳内がぐちゃぐちゃだ。何もかも、知らないままでいたかった。
 ……そうだ、なかったことにしよう。
 爽良のことも、あの子のことも。
 俺は何も知らない。何も──。

俺は現実から目を背けるようにスマホの画面を暗く すると、鞄にしまった。

 * * *

 今日の午後からは、通常の授業はではなく音楽鑑賞会とやらがあるらしい。プロのジャズバンドが演奏をしてくれるとのことで、俺は体育館へと向かった。
 綺麗に並べられたパイプ椅子。クラスごとに名簿順で着席すると、聞き覚えのある声が耳を通る。

麻央まお、お前チビだから前の方でよかったな~」
「あーそうだね、自分の視界にむさ苦しい奴があんま映らなくて清々するわ」
「お前って本当辛辣」

 ……あの子だ。麻央と呼ばれたその子は、爽良の体操服を俺に渡してきた子。俺の斜め前に、ちょこんと座っている。
 やっぱりどう見ても……うん。普通に、女子だ。
 ただみんな、男子校に女子はいるわけないって当たり前のように思っているからバレていないだけで、前例を知っている俺からすると、女子がいるでしかない。
 後ろから見える肩幅も明らかに小さいし、首も細い。麻央の外見は、男子と言うよりボーイッシュな女の子だ。もはや隠しているのか疑わしいくらい、可愛い。
 髪型や服装に性別を気にする必要はないと思うが……怪しまれる不安とかはないんだろうか。

 麻央は隣の男との会話を終えると、自分の前でじゃれ合う男子に嫌悪の表情を向けた。さっき辛辣とか言われていたけど、その言葉通り麻央の背中からはつんけんとしたオーラを感じる。それはなんだか、入学当初の爽良を彷彿とさせる。

 ……気にするな。
 そもそも麻央が女子だってこと自体、俺の思い違いかもしれないし。絶対お節介なことはしちゃダメだ。

 ──そう思うものの、どうしても麻央の影が眼中に入り込む。
 気にするな、俺。麻央の前でじゃれている男子たちがヒートアップしていて、麻央にぶつかりそうだけど……俺には関係ない。

 しかし俺の懸念は的中してしまう。
 じゃれる男子の片方が椅子をシーソーのように傾けて遊んでいると、バランスを崩した。
 ずるっと滑った椅子。そのまま後ろに転けそうになる男。
 その様子を横目で見ていた俺は立ち上がり、咄嗟に麻央と男間に腕を入れた。

──間一髪。椅子が倒れる寸前で食い止めることができた。

「っぶねー!誰か知らんけどさんきゅ!」
「お前何やってんだよ~転けんなよっ」

 じゃれていた男たちはぺこっとお辞儀をしてきたが、その話し方からは全く反省の色が見えない。通常授業じゃないからテンションが高いのだろう。気持ちはわかるけど、子どもじゃないんだからしっかりしてほしい。

「……ありがとう」

 背後から、小さな声がする。その声はぽかんとする、麻央のものだ。

「いいえ」

 ……結局出しゃばったマネをしてしまった。お節介はしないと決めていたのに。
 自省しながら、くるりと麻央に背を向ける。
 席へ戻ろうと一歩を踏み出した、その時。

「でも別に、守ってもらわなくて大丈夫ですが?」

 思わぬ言葉が飛んできて、俺は立ち止まった。
 振り返ると、こちらを真っ直ぐに見上げる葡萄のような目がある。

「いや、図体デカい男が伸し掛かってきたら大変だし……」

 ──まずい、男に対してこんなこと言うのはおかしかったかも。もしかして、麻央の性別のこと気付いてるって怪しまれるかも。

「おれ、平気だけど?」

 ……俺の考えすぎか。表情を変えない麻央の頭の中は全く読めないけれど、きっとそうだ。
 
「そうだな。出しゃばった、ごめん」

 今度こそ、と方向転換をした時だった。手首が後ろから掴まれ、俺は必然的に動きが停止する。

「……ねぇ、あんた。後でちょっと顔貸して」

 おっかない呼び出し文句を奏でるカナリアに、嫌な予感がした。

「次の休憩時間、体育館裏ね」

 その言葉はもちろん耳に入ってきたが、俺は聞こえないふりをして自席へと戻った。


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