禁断恋愛シンドローム 第三話
第二話はこちら
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キスをするには、
……噴火しそう。
ぐらぐらと煮えたぎってる血液が、もういつ頭から噴き出してもおかしくない。
目を閉じてるから凪岐くんの顔は見えないけれど、またきっと悪い顔してるんだろうな。
私の肩を掴む凪岐くんの両手に力が加わると……凪岐くんとの距離がなくなっていくのを感じる。
触れそうな身体。
もう絶対、私の心臓の音、聞こえてる。
「……もっと、唇突き出して」
凪岐くんの言葉はまるで魔法のようだ。
いつの間にか私の身体は凪岐くんの指示を聞き入れてしまっている。
魔法にかけられた私は、言われた通り唇を突き出す。すると。
─────カシャッ
何やら聞き覚えのある音が、顔のすぐそばで響いた。
………ん?
違和感を感じた私は、眉根を寄せる。
カシャッ
カシャッカシャシャシャシャ………
連続的に響いた音。
私は耐え切れなくなって、ぱちりと目を開いた。
「バーカ」
真っ先に目に留まったのは──スマホを片手に舌を出す、凪岐くんだった。
………えーっと。
すぐには状況が飲み込めなかった。
たしか私は、キスを待っていて。だけどなかなか、されなくて。
混乱する私に、スマホが突き出される。
その画面に映し出されているのは。
「………な、なぁあああああ!?!?」
ひょっとこみたいな顔でキスを待つ、私の顔面のドアップだった。
それはそれは見るに耐えないものだ。
いやさすがにぶっちゃいく過ぎない!?!?
ショックに打ちひしがれていると、凪岐くんの口は弧を描いた。
「これバラ撒かれたくなかったら、写真消して?」
もしかして私、してやられた……?
「え、えぇ、それは……」
「いいの?snsにアップするよ?」
冷静に考えれば、凪岐くんと先生のキス画像の方が流出したらマズいものだ。
だけどこの時の私はショックで頭がいっぱいで、それどころではなくて。
「け、消したよ!ほらっ」
「削除した画像のフォルダも?他にバックアップ取ったりしてない?」
「消した!してない!」
「はい、よくできました」
凪岐くんに言われるがままに、大事な弱みを手放してしまったのでした。
「じゃ」
そう一言だけ落とすと、凪岐くんはくるりとこちらに背を向けた。
「待っ」
咄嗟に手を伸ばすけれど、凪岐くんは足を止めることなくスタスタと扉の方へと歩いていく。
「私の写真は消さないの!?」
「菅原さんが変なことしなかったらな」
そう言った凪岐くんは、挑発するかのように掲げたスマホをひらひらと揺らした。
待って、私が逆に弱み握られたってこと……!?
もしかすると凪岐くんの正体は宇宙人でも獣でもなくて……悪魔だったのかもしれない。
──パタン。
凪岐くんを吸い込んだ扉が、虚しい音を立てて閉まった。
力の抜けた私は、へにゃへにゃとその場に座り込んだ。
しんと静まり返った空間に、まだ収まらない心臓の音だけが響いている。
……なんでまだドキドキしてるの、私。
あんなことをされたのに、不思議と怒りの感情はなくて。
一番大きいのは、残念だって気持ち。
最後まで、してほしかった。キス……されたかった。
まだ人の温もりを知らない唇を指でなぞる。
……っていうか。
私はふと、あることを思い出した。
それは──一度だけ読んだ、少女漫画。そこに描かれていた、事故でキスをしてしまうシーン。
その時主人公はこう言っていた。
『キス、嫌じゃない……この気持ちは、恋なんだ……!』
つまり、キスをしたらハッキリするんだ。
嫌じゃないって思ったら、恋。
自分の気持ちが恋なのかを知るためにも、それからこの不完全燃焼な気持ちを解消するためにも。
やっぱり私は、凪岐くんとキスするべきだ……!
* * *
次の日の昼休み。
一連のことをゆりちゃんに話すと。
「……あんた、バカ?」
ズバッと、一蹴された。
「だ、だってこんなにドキドキしたのは初めてで……」
中庭を見渡すことのできるウッドデッキ。
いつもここで、私とゆりちゃんは座って昼ごはんを食べる。今も私はお弁当、ゆりちゃんはパンを食べているのだけど。
「凪岐くんに恋したかもしれない」と昨日までのことを一部始終打ち明けた瞬間から、ゆりちゃんはこれ以上ないくらいの呆れ顔で私の話を聞いている。
「ドキドキしたから恋?あんた計り知れないバカね」
「そ、そんなことないよ……!」
「キスシーンなんて目撃したらドキドキくらいするでしょ。そんなもん、恋なわけないわ」
今日のお弁当のメインディッシュは唐揚げだった。私の大好物だ。だけど、話しに夢中でなかなか箸が進まない。
「……私だってこの気持ちが本当に恋なのか、わかんないけどさぁ」
「じゃあ答えてあげる。それは恋じゃない」
「だけどさぁ、」
私、あの日から凪岐くんのことばっか考えてるよ?
それでもこの気持ちは恋とは違うのかな?
……あーもう。やっぱりキスして、確かめないと。
「桃子さぁ」
「なに?」
ゆりちゃんは袋から半分出したコッペパンをちぎって口に放り込むと、横目で私を見た。
「突っ走っちゃダメだよ?あんた思ったら考えなしに行動するとこあるでしょ」
「え、そうかな」
「猪突猛進の具現化なんだから」
「なにそれ」
「あんたはイノシシだってこと」
「えぇ〜!?もっと可愛らしい動物がいいんだけど」
コッペパンを食べ終えたゆりちゃんは、大きなため息を吐きながら空の袋を結んだ。
イノシシかぁ。ゆりちゃんの目に私はあんなに勇ましく映ってるのか。喜んでいいことなんだろうか。
「突っ走っちゃダメか……じゃあさ、」
「ん?」
「凪岐くんにキスしてほしいってストレートに頼むのも、突っ走りすぎかな?」
「ッブーーーー!!!」
私の言葉に、ゆりちゃんは口に含んでいたオレンジジュースを一気に吹き出した。
「ゆりちゃん!?」
「なんでそうなんの!?恋したんでしょ!?なんでその次がキス!?」
「えぇ、だって……キスしたら自分の気持ちが恋なのかハッキリするだろうし」
「はぁ!?」
「それに……キスしてほしいし」
「単なる欲求不満じゃねーか」
ゆりちゃんの冷めた目でこちらを見ると、深いため息を吐いた。普段からよくため息は吐かれるけれど、その中でも過去最高の長さだったような気がする。
「私にはわかんないわ。水篠凪岐のよさ。どこがいいの、そんな色んな女に触ってきた禁断の恋が好きとかヤバいこと言ってるヤバいほどヤバい奴」
「何回ヤバい言うの」
「……キスしてほしいって言うわりにあんた、今日水篠と何も喋ってないよね。いつもなら思い立ったら即行動。すぐさまど直球の球ぶん投げてそうなのに」
「それがさ。凪岐くんって休み時間は女子に囲まれるか姿を消すかで、授業中は寝てて。話す隙がないんだよね」
ゆりちゃんの言う通り、本当はすぐにでも凪岐くんにお願いしたかった。
だけど今日、私は朝から何度も凪岐くんに話しかけようと試みたものの……声をかけることすらできず、あっという間に半日が過ぎていたんだ。
「ロクでもねーな水篠。やっぱやめときなよ」
「だからさ、次からは女子に囲まれる前になんとか話しかけるつもりなんだけど、」
「聞けよ人の助言」
ゆりちゃんは氷のような目で私を睨む。そして冷え性特有の冷たい手で、私のほっぺを引っ張った。
「いででででで!」
「ちょっとは反省しろ」
「なんでよぉ~!」
解放されたものの、じんじんと痛むほっぺ。
そんなほっぺを撫でていると、膝に乗せているお弁当箱が、大きな影に覆われた。
「さっきから、なんの話ししてんの?」
落ちてきた低い声。この声の正体は──
「和真!」
やたらと高い身長に、高圧的な態度。チンピラのような目付きの悪さに、不機嫌そうな表情。黙っていれば爽やか黒髪少年になれそうなものの、その容姿をすべて台無しにする男。
幼稚園からの幼馴染、桐山和真が背後から現れた。
「で、なに。桃子って欲求不満なの?」
和真はしゃがんで私と目線を合わせると、少しだけ口角を上げた。
「なに、どこから聞いて──」
「さあ?」
いつも通り、バカにしたような表情で私の顔を覗き込むと。和真はぽこっと、デコピンを繰り出した。
「いだっ!」
「朝おばさんに会ったとき、最近桃子の様子が変だって心配してたから顔見に来たけど……見て損したわ。十年以上変わらないアホ面のまんま」
「な……っ!」
せっかくほっぺの痛みが引いてきたというのに。デコピンの痛みが響く。絶対赤くなってる。許せん……!
私はやり返してやろうと腕を捲るけれど。
「ま、せーぜーがんばれ」
和真はあっさりと、立ち去ってしまった。
「ちょ、和真っ」
「じゃーなー」
くっそー、チンピラでくのぼうめ!!!
せめてもの抵抗で、無駄に大きい和真の背中に思い切り変顔をぶつける。
「拗らせてんなー、和真」
「ん?ゆりちゃんなんか言った?」
「いや、なんも」
「っていうか、和真に言われなくてもがんばるし」
「具体的に、どうがんばるわけ?」
「ふっふっふ……」
ゆりちゃんの言葉に、私は待ってましたと言わんばかりに笑みを零す。
「な、なによ」
「それが、ちゃんと作戦を考えてあるのよ……」
「うん、嫌な予感しかしないわ」
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