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長生きは三文の得

かつてNHKのEテレで放映していたTEDという番組をご存知でしょうか。TEDは1984年に極々身内のサロン的集まりとして始まったそうですが、2006年から講演会の内容をインターネット上で無料で動画配信するようになり、それを契機にその名が広く知られるようになりました。ハイテク系の話題も多いのですが、学術・エンターテインメント・デザインなど様々な分野のキーパーソンのプレゼンテーションが魅力的です。無料配信で楽しめるものの、最大のイベントであるTED Conferenceに参加するには様々な料金体系がありますが、いちばん高額なのは5年間の参加権利を得るためには25万ドル、つまり年間5万ドル(5百万円以上!)ですから、それでも講演を聞きたいという人々が多数いることに驚かされます。

日本ではそのカンファレンスの模様をEテレが放映しているわけですが、先日ちょっと興味深いプレゼンテーションがありました。

The secret to living longer may be your social life
https://www.ted.com/talks/susan_pinker_the_secret_to_living_longer_may_be_your_social_life/transcript?referrer=playlist-how_to_mobilize_healthier_communities

このプレゼンはブルーゾーンでの研究結果を説明したもので、ブルーゾーンとは世界に幾つかある長寿の人の数が飛び抜けて高い地域を指した言葉です。つまりなぜブルーゾーンではそのように長寿が実現できているのか、原因を探る研究です。プレゼンをしたのはスーザン・ピンカーという発達心理学者ですが、彼女はジュリアン・ホルト・ルンスタッドという研究者の論文を紹介していました。ジュリアンはブルーゾーンとして知られる地中海に浮かぶイタリアのサルディニア島で元気に暮らす100歳以上の高齢者に様々な質問を行い、なぜ特異的にサルディニア島では健康で長寿の高齢者が多いか統計的に調べました。

スーザンはスライドを使って長寿に大きく寄与する因子として見出された分析結果を示しています。

地中海に浮かぶ島だから空気がきれいなんだろう、とか、運動好きな高齢者が多いのかな、とか、予防注射をこまめに受けているんじゃないか、を通常は想像しますよね。しかし研究結果によると、深酒をやめたり禁煙したりすることよりも、生活しているコミュニティの中で深い人間関係を築いている、とか、様々なイベント等に参加して社会に参加していること、が長生きの秘訣だと分かったそうです。我々は直感的に、常識的に、直接的に、肉体的健康が実現できれば長寿も実現できる、と思いがちですが、実生活での人間的な、アナログな、物理的な、人と人との接触こそが長寿を実現するということです。

なぜこのプレゼンに興味を持ったかというと、研究結果が面白いということのほかに、あるテクノロジーの方と話をしていた際に話題になったことをふと思い出したからです。それは、ITの進化で、たとえばAIがもっと進化して、生活者の欲する情報やモノやニュース等をより効率的・効果的に無駄なく入手できることで人は幸せになれるだろうか、満足できるだろうか、という疑問です。もしかするとAIがレコメンドするその中にノイズのような情報があったほうが人は幸せを感じるかもしれない、気持ちがいいかもしれない、というテクノロジーの人らしからぬ逆説的な発言に興味を持ちました。

パソコンが登場した初期には日本語入力のための漢字変換機能はあまり褒められたものではありませんでした。誤変換や思わずくすっと笑ってしまうような変換結果が日常茶飯事で、急いでいるときなどはイライラしたものです。でも現在ではその変換機能も著しく進歩し誤変換が極めて少なくなり、ニヤリとさせられる変換結果も少なくなりました。業務のためにはそのほうが好ましいのはもちろんですが、なんだか少し物足りないような気もします。

と、ここまで考えてきたことを拡大解釈すると、ネットだけで完結する超効率的な人生よりも、人対人の接触がある人生のほうがより楽しい、別な表現で説明すると、アマゾンがホールフーズを買収したように、IT企業がリアル事業を展開する意味はここにあるのではないか、ということです。

SNSへの投稿やECで購買するだけではなく、それに加えてリアルな体験が人生全体の楽しさを倍増させてくれる、なんだか私たちはそのような社会を直感的に知っているような気がします。成長企業のその成長の理由が、たまたま実現できている産業界におけるブルーゾーンであってはなりません。多くの領域(ゾーン)で成功モデルを見出していくこと、それが企業のサステナビリティの一つだと思います。

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