見出し画像

斯くもすばらしき入院生活②

 孫が部屋から出ていってしまうと、私は肘で身体を起こしさっそく窓の外へと視線を向かわせる。通り過ぎる姿が少しでも見えないものかと考えてのことだ。孫の歩く速さを考えれば、天上からこの窓へと視線を移すごく僅かな時間であっても命取りになると思ったのだが、意外にも十分近く経った後に彼の忙(せわ)しい姿が目に留まる。おそらく待合室で以前から気になっていた女の子とでもばったりと出くわしたのだろう。十分に大きく盛り上がった筋肉も孫を後押しする判断材料となって、彼は女の子を週末のデートへでも誘って――。上下ジャージ姿の孫は、病院前の広々とした駐車場にそれとなく配置された歩道を速やかに駆けていく。いくらかの障害物にも出くわしているはずだが、上から見てる分には手こずっているようには見えない。障害物の合間を縫って、彼は進みたい方角へと絶えず位置を更新させていく。いまだジャージ姿であるところから判断するに、外は私が感じとれない寒さで覆われているらしい。そうした観念にひとたび囚われてしまうと、雲の陰鬱とした部分が目立ち、病院の前を走る車も合法的ではない薬物をトランクに積み入れせっせと運び去っているように見えてくる。



 はたしてこういう時間に――訪問客が消え、消化すべく控えているイベントは食事と、看護師によるお決まりの体調チェックとなった時間に――どう過ごすのが全うなのだろう。私はそのことについては無知で、まだ誰からもアドバイスを受けたことはない。最も怪しまれない、そして最もよしとされるのは表紙に園芸か詩でも掲げた雑誌を興味深げに読んでいることなのだろう。でももしそうだとしても、私から手を出すことはない。あいにくそれらは私の趣味ではないのだ。それにそれらを手にするためだけにナースコールを押すのは忍びなくもある。けれど、このまま外を永遠に見ているというのもいい案だとは思えないし、天上ばかり見ていると私を受け持つ看護師に危険な兆候だと見取られるかもしれない。まあ私としてはそれでも別に困らないのだが。



 そうしているとドアのノックと共に看護師が入ってきた。「大原さん、体調はどうです?お変わりはありませんか」
 向こうが望んでいると思しき返事をするに私が要した時間さえ無駄にせず、看護師はこちらがそうであってほしいと思う役割をてきぱきとこなしていく。余計な会話を挟まず、日課となっている私の体調および体温の変化を就寝前にチェックしていく。それでもって背後に立つ効率性の存在に感づかれてしまわないよう配慮を欠かすことはない。彼女は以前自衛隊か、もしくはそれに類する集団的統制のもと働いていたのだろう。



 そんな彼女に少し遅れてきちんとした身なりの若い医師が入ってくる。「大原さん、体調はどうです?」彼はセールスマンのような微笑みを浮かべて私を見る。私が答えると、彼は看護師にも容体を聞いて情報をより確かなものにする。それが納得いく結果だったのか、看護師を置いて彼はすぐさま出ていく。少しすると彼女もまた、バインダー片手にお辞儀をして去っていった。彼女が記録し持ち去っていった紙ぺら一枚には、私自身も知らない体内の状態が、まるで朝顔の観察日記かなにかのように記載されているのだ。観察対象としては途中で枯れてしまい、その研究が無に帰してしまうことだけは避けたいものだ。



 いっそ私も孫のように筋肉に強烈な負担を強いるトレーニングでも行っていればいいのかもしれない。そうすればまたつまずいて転ぶこともなくなるだろうし、いかんせんこの手持無沙汰な時間が運動に要する時間と、セットごとに気力および体力を蓄える時間、加えて終了後に達成感に浸る時間によって大幅に削られるであろうことが大いに期待できる。だがそれをするには、私のこの貧弱な年相応の腕と右に勇ましい手術痕の残った太腿では、開始位置に移動するだけでも骨折れてしまうことだろう。上手くいけば夜が明けるぐらいには、私の萎びた姿がヒンヤリと気持ちの良いリノリウムの床の上で発見されるはずだ。

サポートしてくださると、なんとも奇怪な記事を吐き出します。