見出し画像

夜のつぶやき

伴走者(リーダー、動く人とか)は孤独になりやすい。
伴走者同士で思いや悩みの共有ができる場がある必要があると感じる。
人は孤独になるのが一番つらい。
周りは分かってくれないと思うと、どんどん孤独になる。
どうせやってくれないんでしょ、だから、こうしなさいよ独断的になったり、自分を守るために、言い負かされないようにハリネズミのようにとげとげしくなるしかないのかなと思う人たちが多くいる。
自分の中にもそういうところがあった。
そういう人も、最初からそうだったわけではなくて、繰り返し繰り返しの経験の中で、ある意味、学習してきてそうなったのだけど、ともに思いや悩みを共有できれば、違う結果になったんじゃないかと思う。
自分の持っている前提のもと、人は自分で選び取っていく。子どもの中に前提を作る親、社会、教育は、人の基礎、そしてその後の人生をもを作っているのだと感じる。

人は分かってほしい。
共感してほしい。
あなたはそうなんだねと認めてほしい。

孤独にならない場所がいる。「自分」でいていい場。
家族だから必ず分かりあえるということはなくって。
家族だから、それが枷になったり、息苦しく感じたりすることもある。
大事に思う気持ち、こうなってほしいという気持ち、
近すぎてしんどい気持ちも。
人間だから、相性もある。
時期もある。今は、親には素直になれないとか。
だから、家庭以外に第3の居場所もあるといい。
自分で行ける場所にあるといいよね。

関わりのあるコミュニティがいくつかあるのがいいなぁと感じる。
自分自身の体感として、一つのコミュニティだけに入っていると、
そこにいられなくなったら、という思いで、過剰に敏感になったり、余計なことはしたくないと身動きが取れなくなったりする。
コミュニティというと「人とのつながり」をイメージするけれど、「時間を過ごす場」も含まれるように思う。
人と関わらなくても自分が気持ちよく過ごせる場。そこにいてもいい場。自分でいられる場。
関わっているコミュニティ=家庭、仕事、学校、地域、趣味の活動、同じ学びのグループ、などなど
ゆるくやわらかに色んなコミュニティと繋がっているのが理想だなぁと思う。
世界は一つじゃない。
目の前だけじゃなくて、頭の上にも世界は広がっているのよね。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?