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2020秋の読書録

ブラックコーヒーが飲めるようになったのは、「なんかかっこいい」からでした。
苦くておいしくなくて甘い方がいい〜!と思っても、「ブラックで」がかっこいい!という理由で痩せ我慢して飲んでいた気がします。今はすっかり純粋にブラック派ですが。

さて、最近の自分の「なんかかっこいい」は「いろんなジャンルの本を読んでいること」です。

自分は少女漫画とミステリが好き、なのですが、どうにも読書傾向がそこから出ません。
「本が好き」だけど、どちらかと言うと「小説が好き」。
それはそれとしていいのですが、なるべくいろんな本を読んでみることにしました。だってその方が「なんかかっこいい」から!!

というわけで以下は、「なんかかっこいい」はずのこの秋の読書記録です。

アンデルセン『絵のない絵本』(新潮文庫)

人魚姫、おやゆび姫、マッチ売りの少女などで有名なアンデルセンの本。
書店でそのとき限定のブックカバーが欲しくて、何か文庫本を買おう、と思って何気なく買ってみました。

月が語る、というかたちでいくつもの短いお話が続いていく、寝る前に読むにふさわしいお話でした。第十夜の老女のお話が印象的でしたが、最後のお話など子どもたちが出てくるものもほっこりできていいです。

また、オーディオブックでも聴いてみました。

耳で聴くのもリラックスしてよいのですが、本とは訳が違う人なので、言葉が出てくる順番や同じ意味でも選んでいる単語が違ったり、というのも興味深かったです。
例えば、「梵天王(インド神話の最高神)」がオーディオブックでは「神様」になっていたり、注釈をつけるわけにはいかないオーディオブックだからこそのわかりやすさになっている気がしました。

ケン・リュウ『生まれ変わり』(新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

ケン・リュウは中国生まれで、十一歳のときに家族とともにアメリカ合衆国へ移住。弁護士業とプログラマーの仕事をしつつ執筆活動を行う中国系SF作家です。

日本オリジナルの作品集の第一弾である『紙の動物園』をたまたま本屋で見かけて気になって買ったのですが、その世界観に一気にファンになってしまいました。第二弾『母の記憶に』も大好きです。
発売当初(2019年初頭)に買ったのですが、短編・中編がいくつも入っているかたちなので読み終わるのが惜しく少しずつ読んでようやく最後まで辿り着きましたが、しばらく新しいものが読めないと思うと少し残念です。でも、面白かった。

「生きている本の起源に関する、短くて不確かだが本当の話」は本についての話で、『紙の動物園』や『母の記憶』にも同じ系譜の作品があったのですがこの味わいがすごく好き。作者、本好きなんだろうなというのがよくわかります。数学の話が好きなので「数えられるもの」も面白かった。表題作「生まれ変わり」に出てくる宇宙人について翻訳前がheやsheでない三人称代名詞thieを使っていたため「か」に半濁点「゜」で表しました、など編者のあとがきも興味深い。

その中でも今回特に印象に残ったのが「悪疫」と最後の「ビザンチン・エンパシー」

「悪疫」は悪疫に侵されて皮膚を失った者たちの子孫と、悪疫からドームで守られて生き延びた者たちの子孫の話。後者は前者に罪悪感があり、愛も理解せず個々としても存在しない者たちに同情し、治療法を見つけなければと思っているんだけど……という。以下の部分、戒めとして残しておく。

この人はあたしの幸せを惨めさだと見なし、あたしの思慮深さを気鬱だと見なし、あたしの願望を妄想と見なしている。人がどれほど自分の見たいものしか見られないのか、おかしなものだ。彼はあたしを自分とおなじものにしたがっている。なぜなら自分のほうがよりよい存在だと考えているからだ。

「ビザンチン・エンパシー」はかつて大学で切磋琢磨した間柄ながら、難民を救うために暗号通貨をつくる民間人と公的難民救済機関を使って状況を有利に働かせようとする幹部職員が再び対峙する話。

VRによって人々の感情を揺さぶり、理性よりも感情で判断してもらおう、そうすればきっとみんなわかってくれるはず。一方の側の考え方はとても理解できるものでした。
自分も細々とマンガを描いたりしている根本のところはそうだからかもしれません。でも、最後に出てきた言葉はぐさーっときました。

たぶん共感をあまりに信頼しすぎたのだろう。

少女漫画家の萩尾望都が「SFは異なる文化体系と、未来の社会を考えることにつながる」「SFは仮定の物語を通した思考のレッスン。未来の社会をリアルに映し出す」と言っていたのを思い出します。

これから先の未来がどうなっていくのだろうとどうしても考えてしまう。だからこそ今、SFが読みたくなるのかも。しかも、アジア系のルーツがありつつグローバルな視点を持つケン・リュウのSFだからこそこんなに惹かれるのかもしれません。

西尾維新『デリバリールーム』(講談社)

西尾維新を誰かに勧めるときには『少女不十分』を推していましたが、この一冊も加わるかも。ノンシリーズは西尾維新らしさをぎゅっと詰め込んでわかりやすくしてくれている気がします。
ノンシリーズはけっこう直接的に「西尾維新の言いたいこと」を言っているのでわかりやすいところもあるかも。
主人公の宮子は、西尾維新のキャラクターにしては性格が優しくて、言い換えればチョロくて甘くて弱く、他のシリーズものに放り込まれたらあっさり死んでしまいそう。でもだからこそ彼女が主人公だったのでしょう。
最後のエピローグの宮子の言葉はどれもよかった。

読書家じゃない人達のほうが、世の中には多いんだから。誰もがふいに手を伸ばしたとき、そこにあるのが小説でなきゃ。

優しくてチョロくて甘くて弱くて、だからこそ幸せに自由になれるはず。

砥上裕將『線は、僕を描く』(講談社)

「おすすめだから、読んでみて!」と言われて読んだ本。本屋で表紙を見かけた気がしましたが、この間の本屋大賞3位なんですね。

水墨画を始めることになった孤独な青年と、その周りの人々の模様を中心に物語は進みますが、なんと言っても水墨画についての描写がとても詳しくわかりやすい。
絵を見て「なんかいい」と思っても説明するのは難しい気がしますが、その「なんかいい」を文章で綴ってくれています。
まるで水墨画の筆づかいのままにさらさらと流れるように、しかし途切れることなく。とても読みやすかったです。
特設サイトも素敵だった!

『13歳からのアート思考』を読んだときも思ったのですが、中学校の美術の時間、もっといろいろなものに触れていくような時間になったらいいですよね。
手のスケッチなど絵の上手い下手で決まってしまうことが多く、子どもたちもそう思ってそれ以上美術には興味感心を抱かなくなってしまいそうで。
水墨画は「絵」でなく「線」が重視される、色もつけない、というのを読んでそれならできそう、という人もいそうだな、と思いました。

川澄浩平『探偵は友人ではない』(東京創元社)

札幌に住む中学生の女の子と、その幼馴染で偏屈な少年を探偵役とした日常の謎系ミステリ。シリーズ2作目。

1作目が発売されたばかりの頃本屋に並べられていた表紙に「おお、青春ミステリっぽい!」と思って手に取って、あらすじを読んで札幌が舞台ということに興味を持って読みました。ただでさえ米澤穂信の氷菓シリーズ、小市民シリーズ、加納朋子のななつのこなど、日常の謎系は大好きなジャンル、しかも札幌とその近郊を直球で舞台にしたものってあまり見たことがなかったので続編をとても楽しみにしていました!

淡々とした中にくすっと笑えるユーモア、謎とその解決に至るまでに誠実に提示されるヒント。文面から、優しさと登場人物たちがそっと隣に座ってくれているのを感じます。

円山公園、宮の沢駅、神宮、小鳥の広場、マックに沖縄土産店。馴染みのある場所に思わず彼らのそばにいる見知らぬ他人としての自分を思い描いてしまいます。
第三話の静かながらに誰かを思う雰囲気が好きでした。
第四話は土地勘ゆえにもしかして、と思う部分があって「聖地」に住んでいるからわかることもあるな〜とニヤニヤしてしまいました(もちろん文中にヒントはフェアに出ています)。

これだけでも読めるかとは思いますが、1作目も読むと主要人物ふたりの重ねてきた時間がよく沁みてくると思います。

スザンナ・クランプトン『羊飼い猫の日記 アイルランドの四季と暮らし』(ハーパーコリンズ・ジャパン)

たまに、非日常に身を浸したいときがあります。そういうときには異国の本を探すことにしています。

以前になんだか不安な気分だったとき、恩田陸の『メガロマニア』を読んで異国の描写にぐいぐい引き込まれて周りのことがとても遠くなり、とりあえず本を読んでいるときにはいろいろなことを忘れていられて、とっても楽だったからかもしれません。

というわけで、書店で普段あまり行かない棚に行き、気になったものをパッと買ってみました。
アイルランドの牧羊猫から見た、牧場での一年、四季の移り変わりを描いたもの。帯に動物写真家の岩合光昭さんの言葉が載っていたのが決め手でした。帯を外して表紙を見ると、ボデイシャスのかわいい前足がちょこんと現れてかわいい!

読みながらどうしても動いているボデイシャスを見たくなって、NHKオンデマンドの「岩合光昭の世界ネコ歩き」アイルランド編を見てしまいました(笑)。

本でイメージしていた牧場の様子とあまり遜色なくて、それだけ細かい描写でこちらの想像力を補強してくれていると感じました。

日記形式で書かれた文章で「羊飼いさん」の武勇伝、牧場の仲間たちが起こす騒動、牧場を切り盛りしていくためには……といろいろなことが語られ、牧場の日々の暮らしを垣間見ることができます。「羊飼いさん」がどういう道のりの人生を送り、牧場で羊を育てるに至ったのか、そこも興味深かったです。
土から離れては生きていけない……と「天空の城ラピュタ」でシータが言うけれど、まさにそれを感じさせます。

郡司芽久『キリン解剖記』(ナツメ社)

去年、このツイートを見かけてからものすごく気になっていた本で、ついに購入し読みました。見かけたときには帯のキャッチーな感じに研究者の悲哀が現れていて面白そうだな、とネタ感覚だったのですが(笑)中身はけっこう直球でした。

キリンという動物についてもとても興味深いのですが「好き!」という気持ちをどのようにかたちにしていくのかが見えてさらに面白かったです。
研究者ってこういう風になっていくんだとか、大学に入ってからやりたいことを考えて振り返ったときにずっと変わっていない好きなものについて考えたこととか、好きなことについて話しているといろいろな人が協力してくれることとかが、誠実でわかりやすく書かれています。

この本を読んでキリンを好きになってくれたら嬉しい、と書いてあったけれど本当に好きになった。今までは見かけが好きだったけれど、こんなに面白くて変わった動物なんて知らなかった!

最後に、「3つの無」(博物館に根付く理念。博物館に収める標本を人間の都合で制限しないこと)について触れていました。

無目的、無制限、無計画。
「何の役に立つのか」を問われ続ける今だからこそ、この「3つの無」を忘れず大事にしていきたい。

永野裕之『とてつもない数学』(ダイヤモンド社)

本屋さんでみかけて「おっ」と思って購入しました。
高校生の頃は国語や歴史ばかりが得意な科目で、逆に数学は苦手だったのですが、ミステリが好きになるうちに証明や高校数学の答え方などは論理的思考によるものなのでは?と思い、数学に興味が出ました。
以前にも数学に関する本は読んだのですが、この本はかわいらしいイラストつきでとても親しみやすく、それぞれの数学者についてもイメージがしやすく面白かったです。タイトルや表紙もキャッチー!
ピタゴラスさんは数学者というよりも宗教家のような存在だったんだなあ、というのも初めて知りました。
何の役に立つの?と言われがちな学問だけれど、役に立つことを説明しつつどうして今数学があるのか、を当たり前に受け入れ過ぎて疑問にも思っていなかった点から語ってくれるのがそれこそ「とてつもなく」、痒いところに手が届いているようでした。
出てきた魔法陣の問題を実際に解いてみたのですが、とっても楽しかったです。

芦谷國一『となりのヘルベチカ マンガでわかる欧文フォントの世界』(フィルムアート社)

欧文のフォントたちを擬人化して紹介してくれる4コマ漫画。こちらで試し読みができます。

「フォント興味あるなあ」となんとなく買ったのですが、このとき思い描いていたのは明朝体やゴシック体でした。欧文フォントか……!よくわからないな!ちゃんと書いてあったのに……!と一瞬後悔しかけたのですが、お世話になっているフォントがすぐにぞくぞくと出てきて「ああ〜!」という気持ちになりました(笑)。

そのフォントの特徴、歴史を話した後に、「どういうところで使われているか」を教えてくれるのですぐにあのフォントだ、とわかります。特にゴディバやルミネはすぐに親しみが持てました。

コミック・サンは印象的だったので元から名前を覚えていたのですが、その他曖昧だったものも、キャラクターを通して名前を覚えられた気がします。私はペイニョが名前もフォントも好きです!

藤本タツキ『チェンソーマン』(集英社)

「輪るピングドラム」というアニメが大好きなのですが、そのアニメが好きな人から「ぜひ読んでみて」とオススメされたもの。

よく聞いているYouTuberのラジオで紹介されていて実は前々からものすごく気になっていたのでした。

そんなきっかけも面白いかなと軽い気持ちで読んだら……最近出た新刊を読んだ日はちょっとチェンソーマンのことしか考えられなかったですね……。貼られた伏線、演出、ひとつひとつの絵や構図、こんなにも漫画がうまいのが良くない。慈悲をください。

コベニちゃんが好きです。
人の金で飲む酒が一番おいしいし、もうすぐボーナスなら死ぬかもしれなくても仕事やめないよねー。


見出しの画像は、子どもの権利を訴える「Sapporo・チャイルド・ライツ プロジェクト」のブックカバーをかけた本です。11月中に札幌市内の書店で配布しているところがあるので、よかったらゲットしてください(詳しくは以下を)。

というわけで、今日もブラックコーヒーを飲みながら読書をするのでした。

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