Lamb

アイスランドの片田舎で羊飼いとして生活する夫婦。彼らは、過去に幼い子供"アダ"を亡くした辛い経験をしている。ある日、飼っている羊から生まれたのは、他の羊とは異なる"何か"(予告では禁忌=タブーと表現されている)であった。夫婦は、その"何か"を亡くした我が子と同じ"アダ"と名付け、我が子のごとく育て始めるが、何かと不穏な事態が起こり大変、という映画。

この映画は、舞台がアイスランドの片田舎の牧場とその界隈ということもあり、登場する人間が、マリア、イングヴァルの夫婦、そしてイングヴァルの弟のペートゥルの3人のみ(厳密に言うとペートゥルの仲間が一瞬だけ出てはくる)と非常に少ない。それ以外は、たくさんの羊、犬、猫だけだ。つまり、言語を有する登場人物は、3人だけなのでセリフが非常に少ない。特に序盤は、マリアとイングヴァルのみなので、ほぼセリフはないに等しい。セリフが少ない為に観る側は、目の前で起こっていることを読み取り理解することは求められるのだが、それをより鮮明にさせるのは、羊、犬、猫の動物たちの豊かな表情と牧場を取り巻く自然、そして音楽だ。

動物たちは、もちろん人間のように明確に泣いたり笑ったり怒ったりすることはないが、僅かな筋肉の動きによってその表情は様々に変化する。そういった表情や動きの変化により、そのシーンには一体どういうヴァイブスが漂っているのかを観る側は、理解することができる。

例えば、"アダ"の実の親である母羊は、"アダ"を取り戻したいかのごとく度々"アダ"の様子を見に羊舎を抜け出し、マリア、イングヴァルの夫婦の家へやってくる。その時の母羊の表情、特に目はなんとも悲しい目をしている。また"アダ"が、マリアとダンスをするシーンの"アダ"の楽しそうな動きは、誰が観てもそこに多幸感が漂っていると理解するだろう。

"アダ"については、パペット、VFX、人の演技で表現されたとのことだが、これらの動物による表情や動きによる表現は、ヴァルディミール・ヨハンソン監督が、元々ハリウッドの様々な大作において美術、特殊効果、技術部門を担当してきた賜物と言っていいだろう。喜怒哀楽を動物によって表現するという手段は、ヴァルディミール・ヨハンソン監督によって磨き上げられ、この映画の中で何よりも効果的に用いられている。

そして、劇中の自然環境は重要な要素として取り上げられるべきだろう。先にも述べた通り映画は、"アダ"という"何か=禁忌"によって展開するわけだが、"何か=禁忌"と言わざる得ない「不穏さ」が、多くを占めている(かと言って、決して全編においてホラーではなく、コメディ的要素も多々含まれるし、心温まるシーンも多々登場する)。

この多くを占めている「不穏さ」は、全く晴れることのない空(だいたい雨か曇り)や山に囲まれた起伏の激しい地形、さらにアイスランドという地理的条件により引き起こされる「白夜」という夜の来ない特殊な環境によって、より際立たされている。特に白夜については、より効果的に活かされているのではないだろうか。映画において不穏な出来事とは、概ね夜や暗い場所で引き起こされることがセオリーとなっているが、「明るい深夜」というある種の対位法的表現により、Lambにおける「不穏さ」を観る側にさらに強く印象付けている。

音楽もLambにおいては、重要な役割を担っている。音楽を担当したのは、アイスランドの作曲家ソーラリン・グドナソン。OSTを聴いてもらえば分かる通り、終始不穏な内容となっている。

https://open.spotify.com/album/34mQBYF5JSeX2j9YsJg2xh?si=XmmI7XQVRYmyIwndTsbQHw

これは、不穏なシーンで音楽が使用されているからだが、セリフの少ない映画において音=音楽の影響力が大きいことは、言うまでもない。あの愛らしい”アダ”の名前を付けられたトラックでさえ、この通りだ。

https://open.spotify.com/track/6iE2yqEd3PDemqd8NTgdFs?si=9e46129fc33641e2

セリフが少ない分、サウンドとして説得力が求められるわけだが、その役割は十分に果たしているだろう。それはきっと”Joker”でオスカーを受賞した姉のヒドゥル・グドナドッティルゆずりの才能かもしれない(ちなみにソーラリン・グドナソン自身も”Joker”のOSTに参加している)。

これからLambを観る人は、特にこれまで挙げた動物、自然、音楽に注目して観てもらえるとより楽しめるのではないだろうか。

映画全体として先にも軽く触れたが、不穏から連想されるようなホラー一辺倒の映画ではなく、歓喜でもあり狂気でもあり、喜劇でもあり悲劇でもある。”ホラー”として売り出されているけれど、決して”ホラー”と断言できるような映画ではなく、もはやジャンル映画としては括れないカオスの世界で展開する何とも表現し難い映画だと言えるだろう。グッズに行列ができるほどの魅力あるキャラクターである”アダ”も含めて、もちろん必見であることは間違いない。

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