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人権問題としての大麻規制

こんにちは!

本日は人権問題としてのカンナビスを取り上げて行きたいと思います。

以前、アメリカの大麻史を【前編】と【後編】に分けて、ご紹介しましたので、まだ読んでいない方は是非チェックしてください。

アメリカの様々な人権問題

アメリカは平等、自由、幸福の追求などの基本的人権の理念の下、建国されましたが「建国の父」と呼ばれるジョージ・ワシントン初代大統領やトマース・ジェファーソン第3代大統領は独立宣言をした当時、奴隷を所有していた記録があります。アメリカの歴史上、実に12人の大統領が奴隷を所有していた過去があります。さらにアメリカの建国当初、投票権を得られたのは土地を所有していた白人男性のみでした(当時の人口のおよそ6%)。女性、先住民、黒人、貧困層などは投票権は与えられておらず、アメリカは建国当初から人権問題を抱えていた歴史があります。

【参照:HistoryWayback Machine

アメリカの人権問題の歴史は膨大にありますが、その一部を羅列します。

・1851年 「女モーセ」と呼ばれたハリエット・タブマンが最初の黒人奴隷の逃亡の援助に成功
・1863年 リンカーン第16代大統領の奴隷解放宣言
・1866年 公民憲法の制定、黒人が市民権を獲得
・1869年 黒人男性の投票権獲得
・1870年 黒人差別のジム・クロウ法制定、黒人の一般公共施設の利用を禁止(ほとんどの黒人が住む南部の州で制定)
・1920年 女性の投票権獲得(及び白人以外の人種や貧困層)
・1924年 先住民が市民権及び投票権を獲得
・1942年 ルーズベルトの大統領令9066号により日系アメリカ人が強制収容所へ
・1955年 「公民権運動の母」と呼ばれたローザ・パークスが公営バスの運転手の命令に背いて白人に席を譲るのを拒み、ジム・クロウ法違反の容疑で逮捕される
・1964年 キング牧師が主導した公民権法が制定(ジム・クロウ法の主な人種差別の法律が廃止)
・1965年 投票権法の制定により、投票の人頭税廃止、投票のための能力試験などの廃止
・1973年 妊娠中絶を合法化した「Roe v. Wade」が制定
・1990年 アメリカ障害者法が制定
・2015年 同性婚が連邦法で合法に

【参照:リッチモンド大学ACLUHistoryOur Documents世界史の窓ILGADA

上記の通り、アメリカは紆余曲折しながら、改善の道のりに向かっていますが、まだまだ多くの人権問題を抱えています。例えば「有権者への抑圧」と言われる、投票の際の身分証明書の厳格化やマイノリティ・貧困層の地域での投票所の数の制限、犯罪者や収容者の投票権剥奪などによって黒人・マイノリティ・貧困層に投票させにくくする政策があります。これは主に共和党の支持率が高い保守的な地域で見られる傾向で、オバマ前大統領はこれらについてはジム・クロウ法の名残であると批判しています。

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「女モーセ」と呼ばれたハリエット・タブマン。(Women's Historyより)

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「公民権運動の母」と呼ばれたローザ・パークス。(Timeより)

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公民権運動の指導者、マーチン・ルーサー・キング牧師(The Six Fiftyより)

統計で見るカンナビス逮捕者の実態

さて本題ですが、実はカンナビス取り締まりもその数ある人権問題の一つになります。今回はそれを詳しく取り上げていきたいと思います。

まず、非常に悲惨な現実として、アメリカの人口は世界人口の約4.4%ですが、世界の収容者人口の約22%を抱えております。

【参照:ICPS

アメリカの収容者の統計データはPrison Policyが毎年出しておりますので紹介します。(下記データは2018年のデータです)

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これら3つのグラフでは以下のことが分かります。

・アメリカ全体で230万人が収容されている(図1)
・収容者の人種別統計では白人が人口比で25ポイント少なく、黒人が27ポイントも高い割合で刑務所に収容されている(図2)
・総収容人口の内、約20%の45万人がドラッグ関連で収容されている(図3)

アメリカは刑務所に収容されている人口が圧倒的に世界最多で、白人に比べ、黒人の割合が高いことがよくわかります。総収容人口の内、ドラッグに関連するものが20%ということになっています。
*これらのグラフでは複数のカテゴリーの犯罪を犯している者については、より罪が重いものが統計に反映されています。殺人と強盗を犯している者は殺人のカテゴリーに集計されます。そのため、これらの統計に記載されているドラッグ関連の収容者は人に直接危害を加えていない、「非暴力的」な犯罪になります。

次にFBIが発表しているドラッグ関連の逮捕者の統計になります。(2017年)

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こちらの図では以下のことが分かります。

・全ドラッグ逮捕の内、所持による逮捕が全体の85%。販売・製造・流通による逮捕者は全体の15%。
・カンナビス関連の逮捕が全ドラッグ関連の40%で圧倒的1位。
・カンナビス所持による逮捕はカンナビス全体の90%。販売・栽培による逮捕者は10%。

また、ACLUがドラッグに関する統計データを分かりやすく説明しているので、ご紹介したいと思います。(下記のデータの統計は2001~2010年になります。)

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これらの図では以下のことが分かります。

・ドラッグ関連の逮捕者数の内、半分以上がカンナビス関連。(2010年)
・黒人と白人はほぼ同じ割合でカンナビスを摂取している。(むしろ白人がやや多め)
・それにも関わらず黒人がカンナビスで逮捕される確率は白人の4倍近く。

これらの図でお分かりの通り、カンナビスは全てのドラッグの中で最も多くの逮捕者を出しており、全ドラッグの40~50%程になります。また、カンナビスによる逮捕者のほとんどは一般市民による少量の所持によるものであるため、実際に社会に流通させているディラー(密売人)や麻薬組織の人間が逮捕されている傾向ではありません。尚、悲惨な現実として、黒人に比べ白人の方がカンナビスを摂取している割合が高いのにも関わらず、黒人は白人に比べ、逮捕される確率が4倍近くです。また、「黒人男性の3人に1人は生涯で一度は逮捕される」という悲しい現実もあります。これらの結果に比例した形で、アメリカの刑務所では黒人の収容者が人口比で圧倒的に多く、白人の割合は人口比で最も少ない形になっています。

逮捕される人は当然、出所後の生活は楽ではありません。人によっては逮捕歴によって仕事に就けず、家の賃貸契約もできなくなり、学生ローンの申請さえもできなくなり、州によっては投票権も数年剥奪されます。少量のカンナビス所持によって、人生が狂ってしまうことは果たして社会にとって本当に善なのでしょうか。何より、取り締まりを行う側が人種差別的なバイアスによって行われるのは明らかな人権侵害であります。アメリカのカンナビスの人権問題はこれらが根本にあります。

これらの人権問題を考察していく上で、そもそもなぜカンナビスが違法薬物に指定されたかの背景を深く見る必要があります。

アンスリンガー時代の人権問題

前稿でも記載した通り、FBN(アメリカ連邦麻薬局)の初代長官に任命されたアンスリンガーはカンナビスを1937年で初めて連邦法で規制します。規制した理由としては薬物乱用コントロール以外に下記があったと言われています。

1. マイノリティに対する排斥運動(カンナビスを使用していた人たちが主に貧困層のヒスパニック系や黒人であったため)
2. 石油、化繊、製薬、製紙等の各産業のカンナビス廃止のロビー活動
3. 禁酒法を取り締まっていたFBN構成員の職の確保

これらの政策は前述のマイノリティ人種の差別的な取り締まりが長年行われ、現在も続くアメリカの人権問題の負の礎を築きました。尚、繊維産業による麻産業の廃止運動はカンナビス業界では伝説的な作家であるジャック・ヘラーの「大麻草と文明」に非常に詳しく取り上げてられています。アンスリンガーや彼を長官に任命した人も大手繊維会社のデュポンの投資家でありました。

また、アンスリンガーがいかに人種差別者であったか分かるエピソードとして、以下の発言をFBNの集会で述べていたと言われています。

【原文】
"There are 100,000 total marijuana smokers in the U.S., and most are Negroes, Hispanics, Filipinos and entertainers. Their Satanic music, jazz and swing result from marijuana use. This marijuana causes white women to seek sexual relations with Negroes, entertainers and any others."

“Reefer makes darkies think they’re as good as white men.”

【和訳】
”アメリカには10万人のマリファナの喫煙者がいるが、ほとんどが黒人、ヒスパニック、フィリピン人そしてエンターテイナーだ。 彼らの悪魔のような音楽、ジャズ、スイング(ジャズ音楽の一種)は、マリファナの使用から生じる。 このマリファナは、白人女性が黒人、エンターテイナーやその他の者と性的関係を求めるようにさせる。”

”リーファー(マリファナ)は、黒人が白人男性と同じくらい優れていると錯覚させる。”

【参照:CBS NewsHuff PostThe Guardian

アンスリンガーは新聞王と呼ばれたウィリアム・ランドルフ・ハーストと一緒にカンナビスを「マリファナ」という聞こえが外国な言葉を用いて、反カンナビスのプロパガンダ運動を進めました。実際、1937年に制定したカンナビス取締法の法律名が「マリファナ税法」(Marihuana Tax Act)になった程です。この「マリファナ」という言葉が普及した人種差別的な背景もあり、多くのカンナビス業界の関係者は「マリファナ」という言葉を使いません。実際、アメリカ大手ののディスペンサリー(大麻ショップ)である、カリフォルニア州・オークランド市のHarborsideは「マリファナ」という言葉を使わない理由をホームページに記載しています。尚、多くのジャーナリストの間でも「マリファナ」という言葉を使用するのを辞めています。

【参照:The GuardianLeaflyMassrootsTimelineColombia Journal Review


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FBN初代長官のハリー・アンスリンガー(Time より)

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反カンナビスのプロパガンダを進めた「新聞王」と呼ばれた
ウィリアム・ランドルフ・ハースト(Green Dolphinより)

ニクソン政権の人権問題

ニクソン政権時代にもこのアンスリンガーと似たような差別的なことが行われました。当時ベトナム戦争などによって反戦ムードが高まっている中、それらをリードしていたヒッピームーブメントなどの人たちが社会の悪とレッテルを貼りカンナビス取り締まりのさらなる強化を図りました。
これは実際にニクソン政権の中心人物であったジョン・アーリックマンが Harper's Magazineに証言した内容です。このインタビューは1994年に行われ、実際に記事として掲載されたのが22年後の2016年です。

【原文】
“The Nixon campaign in 1968, and the Nixon White House after that, had two enemies: the antiwar left and black people. You understand what I’m saying? We knew we couldn’t make it illegal to be either against the war or black, but by getting the public to associate the hippies with marijuana and blacks with heroin, and then criminalizing both heavily, we could disrupt those communities. We could arrest their leaders, raid their homes, break up their meetings, and vilify them night after night on the evening news. Did we know we were lying about the drugs? Of course we did.”

【和訳】
「1968年のニクソン選挙運動とその後のニクソン政権には、2つの敵がいたー反戦左翼と黒人だ。 私の言っていることがわかるか?我々は、反戦運動や黒人そのものを違法にすることはできないことは知っていたが、ヒッピーとマリファナ、黒人とヘロインを関連づけることを公衆に促し、両方を重犯罪化とすることによって、これらのコミュニティを破壊することができた。 彼らの指導者を逮捕し、彼らの家を襲撃し、彼らの集会を解散させ、そしてニュースで毎晩彼らを犯罪者扱いした。 麻薬について嘘をついていたことを知っていたかって? もちろん知ってたさ。

【参照:Harper’s MagazineCNN

これらの証言は政権の中心にいた者の発言であることは信じられないかもしれませんが事実です。ニクソン政権は黒人・ヒスパニックや反戦運動を主導している人たちを取り締まる目的でカンナビスなどを手段として利用し、取り締まりを行った事を認めている内容です。

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ニクソン政権時代に大統領法律顧問や内政担当補佐官を歴任した
ジョン・アーリックマン(UPIより)

レーガン政権のクラック問題

1970年以降、パブロ・エスコバル率いるコロンビアのメデジンカルテルの麻薬組織の台頭によりコカインがアメリカに蔓延し、1980年代以降にはコカインから派生した新たなハードドラッグであるクラックがアメリカ中に普及します。カンナビスとはあまり関係ありませんが、レーガン政権の象徴的な薬物による人種差別政策はこのクラックの取り締まりになります。

クラックというドラッグはコカインからできています。コカインの粉末を熱水に入れ、重曹を混ぜた後に固形物としてできるのが「クラック」であり、喫煙などの方法で摂取します。コカインが高価なため、貧困層にとってこの安価なクラックというのは非常に人気のドラッグになります。クラックは結果的に黒人などのマイノリティーに普及し、コカインは白人などの富裕層などが主に使用していました。
双方は元々同じコカの葉から由来するドラッグであるにもかかわらず、レーガンは「100-to-1 ルール」を設けクラックの犯罪をコカインの刑罰より100倍厳しくしました。さらにクラックには必要的最低量刑を設け、コカインには設けなかったのです。表上の理由としては、クラックがより危険で社会により蔓延していることです。しかし、この法律は明らかに黒人を差別的に厳しく取り締まる法律であり、実際にレーガン政権以降黒人が刑務所に収容される率が急上昇します。2010年になりようやくクラックの刑罰の緩和と必要的最低量刑を廃止した「公正判決法」がオバマ政権下で制定されます。

【参照:NY TimesACLUTimelineUS Sentencing Comission

ちなみに、ラッパーの Jay Z がNY Timesに掲載した、クラックの問題やWar on Drugs政策の失敗について特集している動画がありますので、是非チェックしてみて下さい。


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New York Timesに掲載された
Jay Z の 「The War on Drugs: From Prohibition to Gold Rush」より


カンナビスはこれらの歴史的背景もあり、医療大麻以外にも、人権問題としてのカンナビス解放運動を訴えている支援団体がアメリカ中に多数あります。そもそも自然に生えている植物であるカンナビスそのものを規制すること自体が人権侵害と訴えている団体もあります。2020年の大統領選挙に向けた民主党の候補者達の多くはカンナビス取締りの緩和を公約に掲げていることもあり、これからさらなる解放運動が広がると予想されます。

【参照:Cannabis Business Time

本日はアメリカの人権問題としての大麻規制をご紹介しました。

また次回のノートをお楽しみに!

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