アメリカの大麻史:後編 カンナビスの取り締まりから規制緩和に至るまで
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アメリカの大麻史:後編 カンナビスの取り締まりから規制緩和に至るまで

Data Scientistがアメリカの大麻業界を解説するノート

こんにちは!

今日はアメリカの大麻史の【後編】になります。
前回の【前編】から続いておりますので、まだ読んでいない方は是非チェックしてください。

*前回も記載しましたが、本ノートでは大麻の呼び方はアメリカの研究者・栽培者・支援団体・大麻ショップ・法案などで一般的に使用されているカンナビス(Cannabis)に統一します。

1937年 カンナビスがついに違法に

前編でご紹介した、Reefer Madnessが上映されてから翌年の1937年に、ハリー・アンスリンガーFBN(アメリカ連邦麻薬局)初代長官は物議を醸しながらMarihuana Tax Act(マリファナ税法)を制定しました。これによりカンナビスの所持と譲渡が連邦政府で違法になり、医療目的の使用や産業用のヘンプも重税の対象になりました。
諸説ありますが、カンナビスを違法にした背景としては薬物乱用のコントール以外に以下の理由があったと言われています。

・マイノリティに対する排斥運動(カンナビスを使用していた人たちが主に貧困層のヒスパニック系や黒人であったため)
・石油、化繊、製薬、製紙等の各産業のカンナビス廃止のロビー活動
・禁酒法を取り締まっていたFBN構成員の職の確保

【参照:Hazelden Betty Ford財団FEE(アメリカ経済教育財団)】

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FBN初代長官のハリー・アンスリンガー(Timelineより)

1970年代 War on Drugs宣言をしたニクソン政権

1960〜1970年代頃、長年続いていたベトナム戦争に対し若者を中心とした市民の大規模な反戦運動が勃発し、サンフランシスコ発のヒッピームーブメント等のカウンターカルチャーが台頭します。ヘロインなどのハードドラッグの常用者数は徐々に上昇し、ドラッグは「若者の反乱」、「社会の混乱」、「反政府」のシンボルとなり厳しく抑圧され、カンナビスもその対象になってしまいます。現在もカンナビスが規制されている法律であるThe Controlled Substances Act(規制物質法)が1970年に制定され、ニクソン大統領が1971年にWar on Drugs(麻薬戦争)を宣言します。同じ時期の1970年にFBNが元になっているDEA(アメリカ麻薬取締局)も誕生しました。

【参照:HistoryNCBI(アメリカ国立生物工学情報センター)、Gallup

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War on Drugs宣言をするリチャード・ニクソン元大統領(IVNより)

1980年代 取り締まりをさらに強化したレーガン政権

ニクソン政権のWar on Drugsは効果が表れず、アメリカのドラッグ常用者は増加の一途を辿ることになります。レーガン政権はニクソン政権のWar on Drugs政策をさらに強化し、次々に取り締まりの強化策を実行します。レーガン政権ではナンシー・レーガン夫人の「Just say no」政策(ただノーと言おう)、1986年のAnti-Drug Abuse Act(薬物乱用防止法)、1983年にロサンゼルスで始まったD.A.R.E.(薬物乱用防止教育)政策、など、が実行されます。

【参照:GallupDrug Policy AllianceTimelineHistory

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取り締まりを強化したロナルド・レーガン大統領とナンシー夫人
Timelineより)

1980~1990年代 AIDSの流行

アメリカの医療大麻の歴史を語る上で欠かせないのが、私の故郷であり現在も居住しているサンフランシスコの功績です。サンフランシスコがアメリカのカンナビス合法化運動の原点であるということは何ら偶然ではありません。
1981年にアメリカではじめてAIDS感染が認識された後、その広がりはとどまるところを知らず、深刻な社会問題となりました。NIDA (アメリカ国立薬物乱用研究所)のサイトにあるHIV感染者に関するグラフを見ると、80年代から感染者数・死亡者数が激増します。

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青=死亡者数(左側のY軸単位千人)、赤=感染者数(右側のY軸単位千人)

AIDSは当初、同性愛者の間で蔓延し、その後、ヘロイン常用者が使用する注射器の使い回しによる感染ケースも多く見られました。 中でもサンフランシスコはLBGTQに寛容な「Gay town」(ゲイの町)として知られ、且つヒッピーの街でもあったため薬物常用者も多く、住人の多くが感染しました。AIDS患者は大量の高価な処方薬を取り、強い副作用と痛みに苦しむ中でカンナビスを摂取することによって痛みや副作用が緩和されることが明らかになっていきます。
この頃、同性のパートナーをAIDSで亡くし、アメリカの「医療大麻の父」と呼ばれる活動家のデニス・ペロン氏の医療大麻合法化運動がサンフランシスコのみならず、アメリカに旋風を起こします。医療目的で大麻を使用する患者たちを逮捕しないことを規定したサンフランシスコ市の条例「Measure P」をペロン氏が発案し、1991年の住民投票で79%という圧倒的な支持率で可決しました。カンナビスが1937年に規制されてから、アメリカで初めて非犯罪化されるという新たな歴史が作られました。さらに1996年の「Proposition 215」によってカリフォルニア州はアメリカ初の医療大麻が合法な州となり、そのムーブメントは他州にも徐々に波及することになりました。

【参照:Avert財団Ballotpediaスタンフォード大学LA Times

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アメリカの医療カンナビスの第一人者、デニス・ペロン氏
Cancer Healthより)

2012年 アメリカの州で初めて嗜好大麻が合法に

カンナビスの合法化運動は徐々にアメリカ中で広がり、2012年にはコロラド州とワシントン州が嗜好目的の使用を合法化します。以下が嗜好カンナビスを合法化する一般的な理由としてあげられます。

・税収増加
・人権問題の改善
・麻薬組織の資金源の断絶
・War on Drugs政策の失敗
・ハードドラッグの購入経路の断絶
・検査を受けた安全なカンナビスの提供
・カンナビス健康被害が限定的

【参照:スコット・シェイン教授(ケース・ウェスタン・リザーブ大学)、CBS NewsVice NewsCNN

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カンナビスが合法化されている州(Business Insiderより。2019年1月現在)
緑=嗜好・医療(10)、青=医療(33)、グレー=違法・軽罰化(17)

*ちなみにニューヨーク、ニュージャージー、コネチカット、イリノイ、ミネソタ、ニューハンプシャー、ニューメキシコ、ロードアイランド、バーモントの9つ州が2019年中に嗜好大麻合法化の可能性が高いと言われております。

【参照:Forbes

本日はアメリカの大麻史の【後編】をご紹介しました。

また次回のノートをお楽しみに!

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Data Scientistがアメリカの大麻業界を解説するノート
データを元にアメリカの大麻(カンナビス)業界や薬物の社会的な側面について解説してる日系アメリカ人 Data Scientist。「ギャンブル依存症問題を考える会」の薬物のエグゼクティブ・アドバイザー。