アメリカの大麻史:前編 カンナビスが普及するまで
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アメリカの大麻史:前編 カンナビスが普及するまで

Data Scientistがアメリカの大麻業界を解説するノート

こんにちは!

今日は2回目のノートになります。
前回のノートではアメリカの大麻(カンナビス)業界を理解する上で欠かせない5つのキーワードをご紹介しました。これらのキーワードが本稿にも出てきますので是非チェックしてください。

今回はアメリカのカンナビスの歴史を解説していきます。それぞれの時代毎に本が出版されているほど深いので、正確な情報をなるべく簡素にまとめました。(しかしそれでもかなり長くなっております)

*前回も記載しましたが、本ノートでは大麻の呼び方はアメリカの研究者・栽培者・支援団体・大麻ショップ・法案などで一般的に使用されているカンナビス(Cannabis)に統一します。

カンナビスはどこから来たのか

カンナビスは中央アジアのインド亜大陸が原産地とされ、人類が栽培し始めた歴史は1万2000年前に遡ります。前回の記事でも述べたカンナビスの種類であるSativaは古代ラテン語で 「栽培された」、そしてIndicaは「インドから」という意味を持っています。

【参照:Marihuana: The First Twelve Thousand Years. Ernest L. Abel(著)、Leafly

カンナビスがどのように広まったかわかりやすく示す地図がありますのでご紹介します。

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カンナビス(主にヘンプ)の拡散経路を表した図
Voxより)

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嗜好用カンナビスの拡散経路を現した図
Barney Warf, カンザス大学より)

*ちなみに日本の福井県にある鳥浜貝塚遺跡では、約1万年前のカンナビスの種が発見されています。また、カンナビスで作られた縄も発掘されており、これはカンナビスで作られた遺物としては世界最古のものの一つと言われています。【参照:大麻入門 長吉秀夫(著)】

カンナビスが医療用に使われたのは西暦400年頃と言われていますが、紀元前2737年に中国の炎帝神農がカンナビスの精神作用及び医療作用について述べている記録もあります。

【参照:NCBI(アメリカ国立生物工学情報センター)、Nature誌「Ancient use of cannabis」、Narconon(薬物リハビリセンター)】

17世紀 ヘンプの普及

カンナビス(主にヘンプ)は17世紀初頭に北米大陸に普及したと言われています。イギリスの植民地だったアメリカではヘンプで丈夫な糸、索具、布、紙を作れる事に加えて食用にも利用できた事もあり重宝されるようになりました。当時植民地であったバージニア州では、1763~1767年までのヘンプ不足の間は全ての農業者がヘンプを栽培することを義務づけられていたほどです。また、ベッツィー・ロスが最初の星条旗を作った時の素材もヘンプだと言われています。さらに、アメリカ建国の父であるジョージ・ワシントン初代大統領とトーマス・ジェファーソン第3代大統領もそれぞれヘンプを栽培していたという記録もあります。

【参照:Colonial William Foundation(コロニアルウィリアムズバーグ財団)、NarcononVirginia Hemp Company(バージニア麻会社)、 PBS(アメリカ公共放送サービス)、Abc NewsConstitution Cener(アメリカ憲法センター)】

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Virginia Hemp Companyより)

19世紀 カンナビスの医療利用開始

医療用としてのカンナビスがアメリカでいつ頃から使われ始めたか、という記録は定かではありませんが、1850~1942年まではUnited States Pharmacopeia(アメリカ薬局方)に登録されていました。医療用カンナビスはその当時から、陣痛、吐き気、リウマチ、アルコール依存症、オピオイド中毒、精神病、月経出血、など様々な用途に使われていました。

【参照:NCBINarconEntrepreneur誌

19世紀後半~20世紀 新たな薬物の誕生

合成・精製された「ハードドラッグ」と分類される薬物が次々に世界中で開発され、19世紀後半から徐々にアメリカにも普及します。それぞれの薬物がいつ開発されたかはPBSのサイトにありますので簡単にご紹介します。

アンフェタミン & メタンフェタミン(日本語では一般的に覚醒剤と呼ばれている成分。別名:メス、アイス、スピード、シャブ。(1887年)
コカイン(1883年)
クラック(1985年)
ヘロイン(オピオイドの一種)(1895年)

カンナビスは依存性、体に対する害、危険度などのリスクが低い「ソフトドラッグ」に分類されていますが、ハードドラッグの台頭によって以降すべての薬物と混同されるようになります。

【参照:NCBIマギル大学

*これらのハードドラッグが開発される少し前には、薬物の世界史で大変重要な出来事である、アヘン戦争(1839 – 1842)がありました。アヘン(オピオイドの一種)は国際的な薬物取締法の原点であり、その後の様々な規制薬物法に大きな影響を与えます。

1910年 メキシコ革命の難民・移民が嗜好用カンナビスをアメリカに持ってきた

1910年に始まったメキシコ革命によって、メキシコから大量の難民や移民がアメリカに押し寄せます。そのメキシコ人たちが嗜好品として愛用していたのが彼らが「マリファナ」と呼んでいたカンナビスです。メキシコ人からすると嗜好用カンナビスはタバコのような位置付けでした。高価なタバコは富裕層の白人にとっての嗜好品であり、一方安価で栽培可能なカンナビスは貧困層の黒人に人気の嗜好品でした。

【参照:PBSDaily Kos

1920~1933年 禁酒法によってカンナビスが全米へ普及

人体や社会に大きな影響を及ぼすハードドラッグが次々に規制され、その影響を受けたアルコールも禁酒法で規制対象になります。禁酒法が進んだことにより嗜好品であるアルコールの代替品としてカンナビスは全米で一気に普及します。この時代、ニューヨークだけで「Tea pads」(お茶バー)という名目で実質「大麻バー」を営んでいる店舗が500以上あったと言われています。Tea padsでは「Tea」(お茶)という名目のカンナビスを25 セント未満という当時の値段にしても大変手頃な価格で提供されていた事もあり、貧困層の黒人やヒスパニックの間で大流行しました。また、カンナビスはJazzに大きな影響を与え、多くの有名なJazzミュージシャンに愛用され、「Reefer Man」(マリファナ男)などの名曲も生まれました。

【参照:The Facts about Drugs and Society. Joan Axelrod-Contrada(著)】

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カンナビス関連の曲を集めた「The Ultimate 30s and 40s Reefer Song 」(Amazonより)

1930年代 FBN創設とReefer Madnessの上映

1929年の大恐慌まではアメリカ経済は絶頂期で、それと同時にお酒やハードドラッグ類が闇市場で蔓延します。大恐慌によって失業者が増え、治安も悪化したことにより1930年にFBN(アメリカ連邦麻薬局)初代長官に任命されたハリー・アンスリンガーは薬物使用に対する厳しい罰則を設けることになります。この時のアンスリンガーの政策がカンナビスが今日でも連邦法で違法薬物に指定されている原点です。アンスリンガーによって反カンナビスキャンペーンが進められる中、1936年には反カンナビスのプロパガンダ映画、「Reefer Madness」(マリファナの狂気) が「Tell your children」(あなたの子供達に伝えろ)のスローガンの下、全米で上映されます。

【参照:CBS NewsHuff Post

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1936年に上映された反カンナビス映画「Reefer Madness」

*皮肉にもこの映画は後にカンナビス愛好者にとって、THCを摂取した後のいわゆる「Stoned」の状態で見る映画の中で常に人気の作品になりました。現在、この映画はAmazon Prime Videoでは「コメディ」のジャンルとなっています。


本日はアメリカの大麻史の【前編】をご紹介しました。

また次回の【後編】のノートをお楽しみに!

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Data Scientistがアメリカの大麻業界を解説するノート
データを元にアメリカの大麻(カンナビス)業界や薬物の社会的な側面について解説してる日系アメリカ人 Data Scientist。「ギャンブル依存症問題を考える会」の薬物のエグゼクティブ・アドバイザー。