1980年代の公共図書館:業務の委託と職員の非正規化
周知の通り日本では、1980年代より、いわゆる第二臨調の方針に従って行政改革が進められていきました。もちろん、公共図書館も例外ではありません。この時代には、公共図書館の管理を外部に委託する動きが相次ぎました。また、各地の図書館で、図書館職員の非正規化が進められていきました。
公共「図書館の管理委託は、地方行政改革や都市経営論の影響を強く受けて、1981年の京都市中央図書館を皮切りに、広島市、和光市、足立区などで実施されて」[1]いきました。
1981年7月号の『図書館雑誌』では、「公共図書館の民間委託問題」という特集が組まれています。この特集の巻頭記事[2]で松岡は、「図書館が危ない」との小見出しの下、その第一段落目において、同年4月13日に管理運営を外部に全面委託する形で開館した京都市立図書館の問題を取り上げています。
それによれば、この出来事は、日本図書館協会の総会において「“自治体としての責任を放棄した公立図書館”の出現……である…と批判」されました。また、日本図書館協会は京都市図書館の開館に先立つ1980「年11月、京都市にたいして『教育委員会が直接に管理運営すべきものと考えられます』と要望し」たということです。
しかしながら、この要望が聞き入れられることはなく、それどころか、公共図書館を委託する動きが、各地でみられるようになりました。1986年には、日本図書館協会よりその実態報告書が提出されているのですが、この報告書にも、「図書館の運営を全部、財団・公社等に委託する動きは、すでにひとつの潮流として存在しているように思われる」[3]と記されています。
それだけではありません。1980年代には、当時の図書館界が専門職としての司書職制度というコトバを用いて目指していた制度、すなわち、公務員制度に組み込まれた形での司書職制度の実現可能性を、かろうじて支持していた法的基盤までもが、非難の対象とされるようになっていきました。
例えば、1984年10月の地方自治経営学会による報告書「自治体行革を阻害する国の側の要因」[4]には、公共図書館に関して、次のように記されています。
「…事務内容の面でみても、必ずしも司書等の有資格者でなければ混乱をまねくという状況ではない。今後は、司書の代りに非常勤嘱託員の配置……という方法もとれるよう、国の必置規制を改める必要がある。」
いくつか、補足説明しておきます。当時においては、地方公共団体が図書館建設に対する国の補助を受ける条件として、館長が司書有資格者であることや、人口に応じて決められた人数以上の司書を配置することなどが義務づけられていました。具体的には、図書館法第13条第3項と第19条から第21条、そして図書館法施行規則第2章公立図書館の最低基準の諸条項に規定されていました[5]。つまり、上記「必置規制」とは、これらの規定のことを指しています。
意外に思われるかもしれませんが、実は、日本の場合、公共図書館に司書有資格者を置くことは義務ではありません。この状況下、この「必置規制」の存在は、図書館における司書の配置率を少しでも上げることに貢献していると認識されていました。ところが、地方自治経営学会は、それらの「必置規制」が、「自治体での減量経営、行政改革に大きな阻害要因となっている」と主張したのです。
地方自治経営学会は、1985年の『国が妨げる自治体行革』でも、これらの「必置規制」つまり、図書館建設補助金申請時における館長の司書資格要件と司書の配置基準が、自治体行革を阻害していると訴えました。「…図書館……等には、専任の長をおき、職員の配置基準が国で決められているため、自治体では、減員もできないし、非常勤職員やボランティアの活用、地域住民の自主管理もできない」[6]というわけです。
その後も、これらの「必置規制」、なかでも館長の資格要件は、熊本県知事を務めた細川護煕氏と当時の出雲市長・岩国哲人氏による1991年の著書において、「現実に即さない規定を無理におしつけられ」[7]たものである批判されました。
要するに、「自治体での減量経営、行政改革」を進めるためには、図書館長に有資格者を充てる必要はなく、それどころか「専任の長」を置く必要もなく、また「司書の代りに非常勤嘱託員の配置」をしたり、司書を「減員」して「非常勤職員やボランティアの活用、地域住民の自主管理」をしたりすることが、望ましいというわけです。
この流れに対抗すべく、図書館界では様々な取り組みが実施されました。例えば、1984年には、図書館員の問題調査研究委員会により、小冊子『すべての公共図書館に司書の制度を』[8]が発表されました。同冊子には、公務員制度に組み込まれた司書職制度の具体的なあり方が示されています。
図書館員の問題調査研究委員会は、翌1985年にも司書職制度に関する調査報告書を発表しました。この報告書では、「司書職制度先進自治体における図書館の典型調査」[9]などが報告されています。つまり、この報告書は、これら「の調査を軸にして、司書職制度確立への道を探ることを目的としたもの」なのです。
その2年後、つまり、1987年9月の『図書館雑誌』に掲載された「公立図書館の任務と目標(最終報告)」でも、「公立図書館は地方公共団体が直接に経営すべき」[10]ことや、「司書(司書補)を専門職種として制度化すべき」[11]こと等が提言されました。
また、少なくとも1980年代において、図書館業務の外部委託化に対しては、図書館界のみならず、文部省も否定的な立場をとっていました。例えば、1986年3月6日の衆議院予算委員会では、齊藤尚夫・文部省社会教育局長と海部俊樹・文部大臣のいずれもが、公立図書館の基幹的な業務は民間委託になじまないと答弁しています[12]。そして、これを支持した図書館関係者は、事あるごとに、これらの答弁を引き合いに出しています。
しかしながら、社会的な状況は、公務員制度に組み込まれた形での司書職制度の実現を、ますます困難にする方向へと動いていきました。
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[1] 日本図書館協会図書館運営に関する基本問題検討委員会編『これからの図書館運営のために:公立図書館の委託について考える』日本図書館協会, 1994, 20p., p.7.
[2] 松岡要「特集にあたって:都市経営論・民間委託の問題点」『図書館雑誌』Vol.75, No.7, 1981.07, p.376-377.
[3] 日本図書館協会編『図書館業務の(管理・運営)委託」に関する実態調査報告書』日本図書館協会, 1986, 87p., p.11.
[4] この報告書は、「抄」という形で以下に抜粋が掲載されています。
図書館問題研究会編『「委託」しません!! 直営で住民の学習権の保障を!』図書館問題研究会, 1985, p.90., p.85-92.
[5] 1999年の地方分権一括法(地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律)により、図書館法第13条第3項、第19条、そして第21条は削除され、連動して同法施行規則第2章も削除されました。
[6]地方自治経営学会編『国が妨げる自治体行革』中央法規, 1985, 332p., p.29.
[7] 細川護煕・岩国哲人『鄙の論理』光文社, 1991, 239p., p.31.
[8] 日本図書館協会図書館員の問題調査研究委員会編『すべての公共図書館に司書の制度を』日本図書館協会, 1984, 12p.
[9] 日本図書館協会編『公立図書館職員の司書職制度:調査報告書』日本図書館協会, 1985, 87p., p.3.
[10] JLA図書館政策特別委員会「公立図書館の任務と目標(最終報告)」『図書館雑誌』Vol.81, No.9, 1987.9,p.555-562., p.556.
[11] 同上, p.560.
[12] 第104回国会衆議院予算委員会第3分科会
上記分科会における「図書館の委託についての文部省答弁」は、以下にも収載されています。
図書館問題研究会委託問題委員会編『図書館の委託を考える:資料と解説』図書館問題研究会, 1996, 120p. p.68-71.
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