音を通したつながり

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 ここしばらく、ラッパ人生で最大の不調だった。別のところでは「1ヶ月くらい」と表現した記憶があるのだけど、実は今年の3月からずっと不調だったようにも思う。
 不調とは何を意味するか。出せる音を制御しきれないということ。そして、出せて制御できる音の範囲があっという間に狭くなってしまうということ。僕は元々耐久力には難があって、延々吹きっぱなしのマーチとか全く吹けなくて(しかも音楽的に面白いと思わなくて)大嫌いだった。その弱点が、どういうわけか増幅して顕在化したような感じがしていた。それがここ1ヶ月のこと。いや、もしかしたら半年くらいずっとそうだったようにも思う。

 だから、練習も迷走していた。吹けないときはアンブシュアが変わってしまっているので、なんとか矯正としようとか。ネットに転がっている情報をいあれこれ吟味して、なるほどと思ったものを取り入れてみるとか。とはいえ、飯の種としての仕事を別にしている身である以上、練習時間も限られている。大学時代のように毎日5時間も6時間も吹いていられたわけじゃない。
 だからなのか、取り入れたことの成果が現れたかどうかもよくわからない。新しいことを取り入れている最中に、きっついビッグバンドのライブがあったりして、ますますおかしくなっていった。
 ああ、このまま吹けなくなって、アマチュア音楽家としてさえも引退することになるんだろうな。そんなふうに考えたこともあった。

 先日、ここ一年ほどよくやっているピアノとのduoのライブがあって、だからこそその日までは、その不調をどうやって乗り切るかが深刻な問題だった。
 ピアニストにセットリストの変更をお願いし、極力不調でも耐えられるような曲を揃えることにした。一方で、自分自身の調子をなんとか打開する練習をしなくてはと焦りもした。これまであらゆるところで聞いた話では、「不調の時は休むことが最も大事」。ネットでプロのアドバイスを検索しても、同じような答えがほとんどだった。とはいえ、ライブまで間もなく、休んでいられるほどの精神的、技術的なゆとりはない。だから、無理をしないという点を最優先とした形で、でも練習のペースをああげることにした。
 その「無理をしない練習」が、解決の糸口となったように思う。いや、まだ解決をしたわけではない。解決に向かう方向を見出すことができた、というべきだろう。

 その解決の糸口は、結局のところ、一番練習していた大学生時代のウォームアップだった。
 とにかく脱力して、深くかつ楽に息を吐き、結果として自然に音が出る状態を保つ。これを意識して実践することが、ある点で目覚ましい効果をあげた。なんのとことはない。これが自分に最も欠けていたことなのだという気がした。この基本を踏まえて、必要な状況に応じて息(と唇)をコントロールする技術を磨いていけばよい。そう思えることができた。
 あらゆることが劇的に解決したわけではない。だが、「そう思えることができた」ということが収穫なのだ。実際、ライブではやはり、ここ数ヶ月の練習の過程で避けようとしていたことが現れてしまった。この点はなんとか改善しなくてはならない。けれども、その改善に向かうアプローチというか、よって立つ基盤というか、それが見つかったことが大きい。

 ライブを終えた後なので、少し休息を入れるつもりだが、早く練習したくてたまらない。身体を通して納得したことは、もっともっと身体に染み込ませたい。そうした積極的な思いで練習できるのは、とてもとても喜ばしいことなのだ。


2

 今の自分の問題を解決する糸口が、過去にやっていた練習とその原理だったということは、自分自身の在り方についてあらためて考えるきっかけにもなった。

 以前にも書いたことがあるが、僕はまだ見ぬ未来に向けて飛び込んでいくというより、これまでの自分のあり方を通して、そのバリエーションとして未来を考えていく傾向にあるらしい。

 自分が長年趣味としてやっているラッパも、似たようなことが言えるのだと思う。かつて自分が最もそれにのめり込んでいるとき、最も心がそこに向き合っているとき、そのときの在り方が自分にとって真実であり、歳を重ねるにつれてそれを忘れていってしまっているのだ。余計なことを考えすぎて、自分の身体で理解していたことを理屈で覆い隠してしまっているのかもしれない。


 今と比べると時間が有り余っていた学生時代、下手な理屈を捏ねずに、ただただ身体を通して楽器と向かい合い、ただただ自分にとって楽に吹ける方法を探していた。それは効率的な方法ではなかったかもしれない。やり方次第ではもっと早く上のレベルに到達できたのかもしれない。それでも、当時の自分にとっては、それが最適のやり方であり、そうすることで時間はかかったがある程度の達成を実現することができたのだと思う。
 それは理屈ではないから、身体と結びついていた。言い換えれば、自分の頭ではなく身体にとって合理的な方法だった。それが、自分にとって最も適した在り方なのだ。

 時間が制限されている今、どうしても効率的な在り方を模索してしまう。それは仕方ないことだし、効率的であることが罪悪だとも思わない。けれども、そこにはどうしても限界があるのだとも思う。

 そして、僕は不調であることを通して、そうした過去の自分と再開したのだとも思う。自分にとっての最適解を見出していた過去の自分と再開することで、自分にとっての正しい在り方を再発見したのだとも言える。
 僕は結局、自分自身の過去を通してしか新しい物事を見出すことができないのだという気がしてくる。過去に漠然と感じていたことに、明確に言葉を与えているということでもあるかもしれない。だから、それは決して悲観的な感想ではない。
 

3

 そして、ライブ当日は、それなりの人数のお客さんに来ていただいた。絶対数としては決して多くないけれど、「当社比」としては悪くない。しかも、知人が偶然に来訪してきて(しかも終演間際に。笑)、それはそれで嬉しいことこの上なかった。

 その知人曰く、「店の前通って、なんか知ってる名前だなーと思って入ってみたら、本当に知ってる人だったんだよね(ほろ酔い)」とのこと。
 ああ、ライブ会場の前で僕の名前を見て、そこで興味を持ってもらえるのか。こんなに嬉しいことはない。その人は共演したこともある人だが、僕より遥かに場数を踏んだ奏者であり、僕などと同列に語っていい人ではない。そういう人から、どういう意味であれ興味を持ってもらえるということは、本当に本当にありがたいことなのだ。
 
 もちろん、その人だけではない。かつての仲間、最近知り合った人、一緒に演奏したことある人も、セッションでたまたまあった人も、なんらかの形でつながって、聴きに来てくれている。そういう人がいるということがありがたくて仕方ない。
 そこまで名が知られているわけでもない。新進気鋭の、将来を嘱望されている期待の若手でもない。凡庸以下の音楽愛好家に過ぎない僕の演奏を聴きに来てくれる。どんな理由であったとしても、それは嬉しいことこの上ない。
 だって、僕は事実上、音楽を通してしか人と関わっていないから。


 人間が嫌いだと思うことも多いのだけれど、音楽でつながっているときは、人間と関わっていることを喜びに思う。上手くならないことに悩みながら、それでも音楽をすることをやめていないのは、これが理由の一つなのだろうと思う。全てではないけれど、大きな理由の一つだ。
 もちろん、演奏を通して人とつながりたいのであれば、他者に対して誠実であろうとするだけでなく、音楽に対しても誠実であろうとする必要があるだろう。こちらに関しては、どういう意味で誠実たらんとするか、自分なりの答えを出しているつもりだ。


 僕は、自分のライブを通して、過去の自分と再開し、そして過去からの、あるいは新しく知り合った人たちと出会うことができた。
 こんなにうれしいことはない。


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