関西写真動向2020・第四四半期レポ 文:タシロユウキ
関西写真動向2020
・第一四半期レポ
・第二四半期レポ
・第三四半期レポ
今回のレポ:2020年10~12月は、あまり展示を観に行けていない。9~10月は前回号で特集した通り「KYOTOGRAPHIE・京都国際写真祭」本体とサテライトプログラム「KG+」の鑑賞とblog執筆に時間を費やしたためだ。
それ以降はやはり世相というか、外出自体を自主的に控えてしまったことが大きい。
10~11月はまだ平和な時間が流れていた。GoToキャンペーンの目論見通り、社会に人と金が再循環していて、かつての日常に近いムードが戻っていく実感があった。
一方で、新型コロナ感染者数は10月下旬から増え始め、大阪府では1日当たり100名を超える日が続くようになった。だが感染者100名、200名超えの中でも、テレビ報道をはじめとする社会全体のテンションが昨年春の緊急事態宣言時とは異なっていて、新型コロナが良くも悪くも日常に溶け込んだような印象を受けた。「GoToキャンペーンが列島を正常稼働させているのだから、この状況は許容範囲内だ」というムード(正常性バイアス?)が、自分にも世間にも大いにあった。
しかし、いよいよ帰省ラッシュの年末年始に向けて、感染者数の増加傾向は無視できなくなる。大阪府では12月4日から「医療非常事態宣言」として外出自粛要請が出されたが、当初は15日までの予定だったところ、結局1月11日まで延長となった。同時期、大阪市を目的地とするGoToトラベル適用も12月14日から停止し、キャンセル料金が無料措置となった。
それでも感染は収まらず、1月14日から東京に追随する形で京都・大阪・兵庫の3府県で「緊急事態宣言」の発令となり、不要不急の移動・外出を控えるようにと協力要請され、現在に至る。
こうした状況下では無意識で外出を自粛してしまうようで、実際クリスマス頃から年末年始にかけての私は通勤以外は家に籠りっ放しで、街の様子がどうだったか知らない。ただ、昨年春の緊急事態宣言と大きく異なるのは、直接的に営業制限が掛けられたのは観光業や飲食業に留まり、美術館やギャラリーの休業はなく、ほぼ予定通りの展示が催されていたことだ。
それでは2020年・最後の3カ月の展示について報告する。
1.ニコンプラザ大阪 THE GALLERY の移転 ~古賀絵里子『BELL』~
以前にもお伝えした通り、9~10月は東京・大阪のニコンプラザの統廃合が行われた。「大阪ニコンサロン」は9月30日で閉館となり、10月30日より「ニコンプラザ大阪」は御堂筋グランタワー17階(本町と心斎橋の中間あたり)に移転、展示スペースは「THE GALLERY」に集約されての再オープンとなった。
オープニング初回の展示は三好和義『日本の楽園島』だったが、私が観に行ったのは移転後3本目の展示、古賀絵里子『BELL』(11/26~12/9)だ。
同名の写真集が赤々舎より販売されるのに先駆けて、10月中旬~11月にかけて「ニコンプラザ東京」、京都のKYOTOGRAPHIEパーマネントスペース「DELTA」、そして「ニコンプラザ大阪」の3カ所で展示・トークイベント等が開催された。ちなみに写真集は2020年5月、クラウドファンディングによって制作費の支援を募って作られた。
本作は「安珍・清姫伝説」という平安時代の物語を、現代の日常と演出によって写真化したもので、現実の人物をしかと捉えたショットと、幻想的な光と色が溢れ出すシーンとが力強く織り交ぜられる。そして1枚1枚が異なる形状の額装を施されていて、現実と説話を行き来する。
原作では、ヒロイン・清姫が安珍に約束を破られた嫉妬と悲しみから怒り狂って蛇に変化し、火を吐いて身を隠した鐘ごと安珍を焼き殺してしまう。トラウマ級の強烈な物語だが、それゆえに長く語り継がれてきたのだろう。
本作『BELL』で重要なのは、特定の誰かを主役とした一方向の観点からは撮影・構成されていないことだ。作者は清姫の心情、女としての情念を汲み取りながら再解釈したが、写真の視点自体は花が咲き乱れるように分散されている。男も女も、老いも若きも、登場人物であり目撃者である。人の情と縁が渦を巻く舞台。京都の寺や街、自然の風土がそれらを包み込む。満開の桜や雪景色の墓地のカットは、そんな人の世の情景が千年以上にわたってぐるぐると続いてきたのだという実感をもたらす。
もう一つ重要なことは、子ども――作者の娘が多数登場することだ。安珍と清姫の間にはいなかったこの存在が、本作の世界観を男女の関係に留まらない多層的なものへと転じさせている。原作は主として女性の情念を、手に負えないカオスなものとして、畏れを込めて描いていたが、ここでは「子ども」という存在のリアルなカオス、予期できない何か――愛すべき騒乱を眼差す世界となっていた。育児に追われる日常を送る作者の、リアリティへの眼差しが滲む。
展示空間が整然としたホワイトキューブだったので、作品世界が有するカオティックな騒乱のような力は、もしかしたら写真集の方が堪能できるのかもしれない。だが、勢いのある写真作家の生の活動に触れられるのは大変に有難いことだ。「ニコンプラザ大阪 THE GALLERY」が今後もこのように、作家性の高い展示を積極的に繰り出してくれることを期待している。
2.スナップ写真の旅 ~橋本大和、妹尾豊孝、尾仲浩二~
新型コロナ禍では多くの面で日常生活が転換を強いられたが、外出自粛や在宅ワークの推奨により通勤通学の光景は一変し、個々人の衣・食・住の生活習慣においても「新しい生活様式」という衛生管理上の生活モデルが政府からアナウンスされている。このような転換期の生活状況を即応しながら記録したり内省するのに、スナップ写真は非常に有用なのではないかという気がしている。そんなわけで、スナップ写真の持つポテンシャルなどについて、展示を通じて考えていきたい。
橋本大和『そっちはどうだい』(10/20~11/1、@ギャラリー・ソラリス)では、2020年4~5月の緊急事態宣言下、散歩中に撮られたスナップ写真・約20点が展示された。「散歩」は「不要不急の外出」に当たらないとされたためだ。その話を聞くだけで、当時は「外出」に対するハードルが上がっていたこと、同調圧力のようなものが今よりずっと強く効いていたことが思い出される。
写真の中の街には人がほぼいない。同じ「緊急事態宣言」でも現在と緊張感がまるで違う。こうした違いが写真には確かに残されるのが、魅力的だ。
当時、友人らと直接会うことが出来なかった作者は安否確認の念を込めて、「こちら」と「そっち」の日常とを交換するような思いで撮ったという。本展示がユニークなのはその思いをアクション化したことで、展示会場で好きな作品のイラストを描いて渡すと、後日作者からその作品のプリントが郵便ハガキで送られてきた。届いたハガキをポストから取り出して見つめながら、スマホやSNSやLINEが無かった時代は、こうして郵便物が大きな役割を果たして再評価されただろうと想像した。
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?