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「わたしはべつのだれかである」 Bob Dylan 『Rough And Rowdy Ways』

 昨年リリースされたディランの『Rough And Rowdy Ways』は聖性に満ちたアルバムだ。チャーリー・パーカー、ロバート・ジョンソン、ハンク・ウィリアムス。どんな状況にあっても揺らがない心を持ち、命懸けで自分の信念に生きた巨人たち。そういった先人たちの音楽と同じ聖性を本作にも感じるのだ。

「わたしには色んな面があるんだ」と歌われる冒頭の「I Contain Multitudes」には、若い頃にランボーの詩に出合い、「わたしはべつのだれかである」という言葉に歓喜したという、ディランの自伝のなかにあった挿話を思い出す。

「スージーに教えられてフランスの象徴派の詩人、アルチュール・ランボーの詩を読むようになった。これも大きなことだった。そして『わたしはべつのだれかである』という題の彼の書簡を知った。このことばを見たとき、鐘が一気に鳴りはじめた。ぴったりのことばだった。どうしてもっと早くにだれかがそう言ってくれなかったのかと思った」(『ボブ・ディラン自伝』ボブ・ディラン 著、菅野ヘッケル 訳、ソフトバンク パブリッシング刊)

 以前から思っていたが、近年のディランの作品には、三島由紀夫が『天人五衰 豊饒の海(四)』のラストで描いたような世界と同じような心境を感じていて、本作を聴きながらその思いをさらに強くした。世界の果てで鳴り響いている音楽、そんな感じがする。

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