長寿企業経営の秘密とは?|グロービス経営大学院 経営研究科 田久保 善彦・前編
毎年、様々な会社が起業される国、日本ですが、それと同時に「会社長寿大国」とも言われるほど、この国には長寿企業がとても多いことは、意外と知られていません。
帝国データバンクの調べによると、100年以上の老舗企業は、2019年現在、約3万3000社あると言われています。
なぜこんなにも日本には長寿企業が多いのでしょうか?
そんな素朴な疑問を、長寿企業の経営に詳しい、グロービス経営大学院の田久保善彦先生にお話を聞いてきました。全3回の連載です。
田久保 善彦(たくぼ・よしひこ)
グロービス経営大学院 経営研究科 研究科長
慶應義塾大学理工学部卒業、修士(工学)、博士(学術)、スイスIMD PEDコース修了。三菱総合研究所にて研究、コンサルティング業務に従事。現在グロービス経営大学院の経営に携わる傍ら、リーダーシップ系科目の教鞭を執る。経済同友会幹事、ベンチャー企業社外取締役、顧問等も務める。著書に『志を育てる』、『これからのマネジャーの教科書』(東洋経済新報社)等。
なぜ長寿企業なのか?
――まず最初に、田久保先生は、なぜ、長寿企業研究を始められたのですか?
田久保善彦氏(以下、田久保):
「100年企業をテーマにした本はたくさんあります。確実に語られるのは、歴史的な背景、文化的な背景が要因だということです。
しかし『経営者の努力』に触れた研究は、ほとんどありません。
私が監修した書籍『創業300年の長寿企業はなぜ栄え続けるのか』(東洋経済新報社)では、特にそこに焦点を当てました」
――100年企業でなく300年としたのは、なぜでしょうか?
田久保:
「100年企業は、全国で約3万社あります。研究対象としては数が多いので、絞り込む必要があります。
また内訳を調べると、家族経営かつ規模の小さい企業がほとんどでした。そういうケースでは、現代のビジネスにも通じるような洞察を導き出すのはむずかしい、と考えました。
そこで、長寿企業の仕組みや工夫を抽出できる条件として、『創業300年以上』『50億円以上の売上』を設定したわけです」
――この本によると、200年企業は1200社弱しか残っていません。100年企業の5%に満たない。なぜでしょう?
田久保:
「封建国家から近代国家へ大きく国家のありようが変化した時期であった、というのが、大きな理由だと思います。
加えて、100年なら、現経営者の曽祖父あたりが創業者となるため、さまざまな形で創業当時の魂が社内に残っているケースが多いです。
ところが300年となると、現経営者は創業者のことを直接知りませんし、大切なことを伝え続けるということには、大きな困難が伴うと思われます」
――300年企業ともなると、そこを生き抜いたノウハウがあるはずだということですね。
田久保:
「もうひとつ注意点があります。日本最古の企業は、1400年以上続く『金剛組』(創業西暦578年)と言われています。
現代の会社法に照らすと一度、倒産したということになるわけですが、ここまでの長寿企業になると、現在の法律に照らしてということに、どのような意味があるかといった点も踏まえなければなりません」
共通するのは、「尋常でないレベル」の理念継承
――わかりました。それでは長寿企業は、なぜ可能だったのでしょう?
田久保:
「研究の結果わかったのは、理念を継承する深さや徹底度が尋常ではないという点です。
最近はどこの企業も理念、社是、社訓を掲げています。『人を大事にします』なんていう理念は、掲げていない企業を探すのがむずかしいくらいです。
長寿企業も例外ではありません。ところが、貫き方のレベルが違うのです。
たとえば、京都の月桂冠(創業1637年)は『人の一生を大事にします』と謳っているのです。『一生』です」
――「一生」と付くだけで重みが違います。
田久保:
「ただ言葉にするだけではありません。実践が伴っています。
月桂冠は、従業員のみなさんの50回忌まで執り行うんです。
みなさんの勤めている会社が、お祖父さんの50回忌をやってくれたら、孫としてどう感じるでしょう?」
――その会社に尽くそうと思います。
田久保:
「長寿企業では、こういった配慮が営々と続いているんです。
調査してわかったのは、長寿企業には『特殊な何か』が存在するわけではないのです。ただ『徹底度合い』が違うということです」
経営ノウハウにも現れる「徹底度合い」
――長寿企業の研究とお聞きしていたので、ヒト、モノ、カネについて、特別なノウハウがあるのかと思っていました。
田久保:
「もちろん、その側面もあります。たとえば非上場企業や一族経営が多いという点です。
しかし全部がそういうわけではありません。所有と経営を分けている長寿企業も多くあります」
――経営手法という点で特徴は?
田久保:
「たとえば、300年以上続いている名古屋の『岡谷鋼機』(創業1669年)という商社は、取引先企業がたいへん多いという特徴を有しています。
最大顧客でさえ、売上の2.5%程度しか占めていません。
仮にこの企業との取引が不調となっても、失われる売上は2.5%なんです。それくらいリスク分散が徹底しています」
――それは家訓などで受け継がれている伝統なんでしょうか?
田久保:
「何か文書があるわけではありません。長い歴史の中で築かれた知恵が『客数を増やすこと』だったのでしょう。
それから『投資』と名の付くものは、1万円以上なら必ず役員会議にかけるという仕組みがあるそうです。お金の管理がきめ細かいんです。
しかし私は、それ以上に驚くべき点に気づきました」
――何でしょう?
田久保:
「入社したての新入社員に至るまで、全社員に徹底されているという点です。
『1万円以上は役員会議にかけなければいけない』ということを知っていれば、その社員は絶対に経費の無駄遣いをしないでしょう。
先ほど述べた『徹底度合い』とは、こういうことを指しているのです。
たとえば某企業は、社長が『無駄を省け』『コスト削減しろ』と口を酸っぱくして言っている。しかし当の社長は、黒塗りのベンツで送り迎えさせている、となったらどうでしょう?」
――社員としてはしらけます。しかしどうすれば、『徹底度合い』を高めることができるのでしょう?
田久保:
「経営者の日々の行動で示すしかありません。『毎週月曜日の役員会議で1万円の案件からチェックしている』ということが社内で喧伝されている。
このこと自体が、従業員の襟を正すことになるんです」
長寿企業というと、古いものだけを大切にする、コンサバティブな印象を持っていましたが、どうやらそれだけではない、徹底的な企業努力が裏にあることをしりました。
次回は、その長寿企業の経営について、さらに深くお聞きしたいと思います。
(つづく)
・長寿企業経営の秘密とは?|グロービス経営大学院 経営研究科 田久保 善彦・前編
・長寿企業の明確なミッションとは?|グロービス経営大学院 経営研究科 田久保 善彦・中編
・長寿企業はビジョナリーカンパニー である|グロービス経営大学院 経営研究科 田久保 善彦・後編
取材・文/鈴木俊之、写真/荻原美津雄、取材・編集/FOUND編集部
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