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春眠

 亀の血抜きをしていた。鮮やかなカラーだ。甲羅に潜らせた首の脇を鋭い刃先で切れ込みを入れ、血が一筋に噴き出す。そうしてなぜか腹のあたりをかぎ裂きに裂いて腸を少しだけ取り出すのは、そんな小説を書いたからだろう。それを一連の作業として、何匹という亀を処理して、突然赤子を渡される。人間の。
「亀の赤ちゃん」
 そう言われて、夢のなかで激しく狼狽える。人の赤ちゃんのように見えるが、赤ちゃんはどんな動物でも同じだから、と夢ならではの不思議な理路を獲得しているのでもある。で、赤子の首を刺し、腹をかぎ裂きに裂いて、腸をほんの少しだけはみ出させた。
 そこで夢が途絶えた。

 それにしても、頭ばかり大きい醜い赤子だったな、と目覚めに思っている。夢は間もなくすると跡形もなく忘れてしまうから、記録しておこうと枕元のスマホを探って、簡単なメモを記す。夢に出てきたものを列挙しておくだけでも、不思議と夢はのちも辿れるものだ。
 で、亀の血抜き、醜い赤ちゃん、と記したところで、スマホが手から滑り落ちた。拾おうとして、家の電話が鳴り、家人が取るかと思ったら家人はおらぬようで、仕方なく寝床を起き出して受話器を取ると、向こうはうんともすんとも言わない。見ればディスプレイには「非通知」。息をつめる気配がして、受話器を置いた。思いのほか激しく置いたことが、直後に後悔される。
 寝床に戻って枕元のスマホを拾うと、先刻のメモに下一行空けて、「しねしね」と打たれていた。

「し」と入力しただけでは「しねしね」はこのスマホは予測変換しない。「しね」と打っても、「しねしね」は自動では出て来ない。「し」と「ね」を交互に二回打たなければ、これは来ないとようやく納得して、途端にイヤな感じがした。霊感などとは無縁の体質。それでも、この世のものでないものが存在するとして、特に異存はないという姿勢ではある。それにしても、「しねしね」はないものだ。児戯めいている。
「死ぬかよ、馬鹿」
 思わず声に出した。声が震えていた。思いのほか怒声に近くなって、直後に後悔すると、案の定、家人が慌てたように下から声をかける。
「なんだ、いたのか」
 そう呟いて、寝床を畳み始める。そういつもと変わらぬ起きしなではある。

(了)

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