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短編小説「英雄譚」

ある従者の嘆願書

 突然のお手紙で失礼します。この度は、私のような者に栄誉ある使命をいただき、身にあまる光栄だと感じております。
 しかしながら、関係者への見聞を進めていくうちに、この使命は身に余るものだと思い、非常に困惑しております。果たしてこのような話を、かの英雄の伝記として残してよいのか、私には判断できぬのです。また、この事実を直接伝えようものなら、王の怒りを買い、処刑されてしまうのではないか、恐ろしくてたまらないのです。
 期日もせまっております。見聞した内容を一言一句記したものを同封させていただきました。ご一読の上、我が国王にご提出なさるかどうか、何卒、ご判断の程を。


ある民衆の物語

 あの方の英雄譚を作られるのですか?それは素晴らしいことです。あの方がいなければ、我々の今の暮らしはありませんよ。
 正直な話、あの方が街に来た時は、こんなに暮らしが良くなるなんて夢にも思いませんでした。それまでは、皆怯えて生活してましたからね。
 おっと、国王の悪口を言ったのではないですよ。くれぐれも勘違いなさらぬように。きっと王様には我々下々の者にはわからぬご苦労があったのでございましょう。
 ああ、あの方の話でしたね。お恥ずかしい話、初めてお会いした時は、内心見下しておりました。だってそうでしょう?いきなり街に来たかと思えば、単身王様に直訴に行くと行って王城に行かれたのですから。正気の沙汰とは思えません。
 ですが、この勇気ある行動があったからこそ、今ではこの国もすっかり変わり、市民に笑顔が戻ったのです。何ともあの頃の私は愚かでした。本当にあの方は英雄ですよ。ぜひ、後世に語り継ぎたいものです。


ある老爺の物語

 あの若者の話か。世間じゃ英雄と言われているようだが、賛同しかねる。もちろん、あの若者のおかげでこの街は平和になった。だが、あの男の行動は勇気などという美しいものではない。蛮勇と言った方がいいかもしれん。
 あの男が王城に入って行った時、儂は肝を冷やした。なぜか?そんなもの決まっておるだろう。彼奴にあの頃の街の惨状を伝えたのは他でもない、儂だからだ。
 彼奴は儂の肩を掴むなり、街で何があったかを言えと詰問してくる。この年寄りに向かって、だ。仕方なしに事情を説明したが、激昂するなり、その足で王城に行きおった。
 すぐに捕まったが、儂は気が気じゃなかった。もし国王が、この街の様子を誰から聞いたかを彼奴に尋問でもして、儂の話が出てみろ。儂は不敬罪で即、処刑ではないか。
 彼奴は、そのようなことを微塵も考えずに行きおった。結果的にはこの街を救った英雄となったが、真の英雄ならば、儂のような弱き者を守るものだろう。奴の行いを語り継ぐのであれば、この老体への仕打ちも一緒に語りついでくれないかね。


英雄の義弟の物語

 なんですって?義兄の英雄譚を作るですって?ご冗談を。まったく、笑えない話ですよ。あの人を英雄と言っている人々の気がしれない。ああ、この話もあの人にまつわる話として残るんですか?それでしたら、ぜひとも義兄の真の姿を後世に伝えてください。
 あの人は後先を考えず、突発的に行動してしまう子どもみたいな人間なのですよ。あなた方の街に行ったのだって、本来は僕と妻の結婚式の準備のためだったのです。それなのに、村に戻るや否や、結婚式の期日を早めてくれ、なんて勝手すぎますよ。かなり話し合いましたが、事情は説明してくれないし、埒があきません。仕方なしにこちらが折れて、期日を早めて結婚しましたが、あまりにも身勝手すぎます。
 何より僕が許せないのは、妻の気持ちを何一つ考えていないところです。あんなのでも、妻にとっては実の兄で、両親のいない彼女にとっては唯一の肉親なのです。そんな存在が、訳のわからぬ理由で殺されたとなっては、彼女の悲しみは計り知れぬものとなっていたでしょう。そこを考えられない、あの男が許せません。
 …おっと、熱くなってしまいましたね。失礼しました。ただ、義兄はそういう人間だということを知った上で、作成していただければと思います。


石工の弟子の物語

 すまないが、あの男の話はしないでいただきたい。あのような男が、私の師の親友だという事実に、虫唾が走る思いでいるというのに、英雄譚を作るなんて、この国は正気とは思えない。
 無礼だって?では私を捕えて処刑でもすればいい。ああ、それはいいな。そうすれば、結局王は改心していなかったと広まり、あの男が英雄として語られることもなくなるだろう。さあ、王の前に連れて行くがいい。
 …ふん、できるわけがないか。ではこの際だから言わせてもらおう。あの男だけでなく、我が師も狂っている。考えてもみたまえ。お前が罪を犯したとして、その人質に親友を差し出すだろうか?そして、普通の神経の持ち主が、それを二つ返事で承諾するか?どちらも常軌を逸している。親友のために命をかけたと言えば、美談にもなるだろう。だが、そもそもあの男が余計なことをしなければ、師の命が危険に晒されることもなかった。
 王も王だ。あの男の浅はかさを見抜けず、何が許してほしいだ。自分の親族を処刑しておいて、許してほしいだと?しかも、見ず知らずの、単純なあの男に対して、だ。奴がやったことは、単純に約束を守っただけのこと。時間通りに元の場所に帰ることなど、犬にだってできる。
 わかるか、これがこの国の実態だ。そして最も愚かしいのは、民衆たちだ。暴君を簡単に許してしまう思慮の浅さ。王の悪政によって命を奪われたものもいるのに、謝罪の言葉だけで許すなんて言語道断だ。そして、あのような男を英雄視してしまう盲目さ。奴の自作自演に踊らされているとも知らずに感涙を流すなど、この国はもう終わっている。
 …何か反論はあるかね?できるものなら、してみろ。できないのであれば、あの男の英雄譚を作るのはやめたまえ。親友を人質にする英雄など、どこにもいないのだから。

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