理論値に恋をする

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最近の記事

高知グランプリ(仮)──朋あり遠方より来る/遠征終了まであと1日

"──列にお並びの皆様に申し上げます。サイン会開始まであと5分、あと5分となりました。お客様各自、ご持参の色紙を手元にご用意して頂いた上で、お待ちいただきたく申し上げます。サインはお一人様2枚までとなります。またこの場でのプレゼントの受け渡しは受け付けておりません。選手へのプレゼントは別ブースにて賜っておりますので、どうぞそちらへお回りください──" そんなアナウンスが、先程から私を苛立たせていた。私は、ハルウララが入る1番のサイン席と、アキツテイオーの入る10番のサイン席

    • 高知グランプリ(仮)──ハルウララを追跡せよ/高知遠征24日目

      ピンクプリメーラは熟考していた。 先程から岡山駅で買った駅弁と、車窓を楽しんでいるセルシオとは対象的に、眉間に大きく皺を作り、時折顎を撫でながら持参したタブレットの画面を睨んでいる。 久しぶりの遠征ということもあり、小旅行気分を味わっていたいセルシオは、そんなプリメーラの姿にチラリと視線を向けた後、弁当の唐揚げに箸を伸ばした。 「プリちゃん、ずいぶんと考え込んでいるようだけれど一体どうしたの?」 プリメーラが見ているのは、過去にウララが走ったレース映像だ。プリメーラは時

      • ハルウララの手紙/16枚目

        おとうさん、おかあさんへ。 お元気ですか?わたしは元気です。 昨日はとてもいいことがありました。何と、わたしはテイオーさんと400mの競走をして、半分くらい勝ったんだよ。すごいでしょ! ビゼンニシキさんがやっていたクラウンチンスタートっていう、すっごく難しいスタートをマネしてみたの。そしたらね、ばびゅーん!って加速して、どーん!って私が前に出たの。本当に「よーい、どーん!」って感じだったよ。皆んなびっくりしてたみたいだけど、一番びっくりしたのはわたしだったのかもしれないね

        • 『高知グランプリ(仮)』──予め告げられた波乱/高知遠征20日目

          その後のウララの仕上がりは順調だった。皇帝塾で繰り返したゼロヨンは、ウララに加速と、トップスピードを維持する為のスタミナ強化という課題を与えた。サーキットトレーニングを何セットもこなし、毎回のクリアタイムでレベル向上を判定したのだが、ウララは上限値を見事に伸ばし、弱点を確実に克服しつつあった。 またあの日以降も、折を見ては皇帝塾に出向き、グランシュヴァリエの並走相手を務めたことも大きくプラスとなったに違いない。スプリントの技術についてはビゼンニシキが直々に指導し、近くウララが

        高知グランプリ(仮)──朋あり遠方より来る/遠征終了まであと1日

          コーヒーと呼吸とおキヨさん/高知遠征18日目の記憶②

          以降、レースは続いた。 リベンジの意を込めた御前と私との走りは、クラウチングスタートを互いに封じた上での勝負となったが、やはり分は御前にあるようで、私は常に御前の後塵を拝する形になってしまった。とはいえ、タイム差自体はかなり拮抗したものとなり、私は新たな自信に目覚めつつあった。 2走目の5本を全て走り終えた今となっては、木陰で御前と2人、仲良く保水ボトルを口に運びながら、ウララとルビーの試合準備を眺めていた。第二走は、これが最後の組み合わせだった。 太陽は既に沈みかけ、真

          コーヒーと呼吸とおキヨさん/高知遠征18日目の記憶②

          アキツテイオーvsハルウララ/高知遠征18日目の記憶

          孫が私に会いに来る夏は、ひどく賑やかで、ひどく忙しい。 墓参りの帰り道には、いつも海の見える道を通る。防砂林の向こう側には砂浜も広がっているが、指定された海水浴場ではないので、人もまばらで、投げ釣りを楽しむ行楽客がぽつんと1人いるきりだった。 「ちょっと潮風を浴びて行こうよ」 娘婿は、そう言って防砂林の駐車スペースに車を止めた。タイヤが完全に停止するよりも早く、娘がバックシートからトランクルームを振り返り、何かを探り始めていた。何をしているんだい、と聞くと、コーヒーセッ

          アキツテイオーvsハルウララ/高知遠征18日目の記憶

          復活のオペラオー/高知遠征18日目⑤

          「ウララの場合はさ」 アキツテイオーは言った。 「ゴール前でオペラオーの真似をしてしまっただろう?それも含めて、やる事なす事の全部が後々に回ってしまったんだと思うんだよ。しかし──」 なるほど。 もっともらしい意見である。私はそれをただ黙って聞いていた。 テイオーはまた言った。 「御前やアタシと走った時は、真似をしていたとは思えなかった。それがいい選択で、結果的にプラスだったかどうかは、正直まだわからない。しかし──」 なるほど。 それについても、確かにそうではあるようだ

          復活のオペラオー/高知遠征18日目⑤

          ファル子の部屋/ゲスト・グランシュヴァリエ/第一二六九回放送分より抜粋

          るーるる🎵るるる🎵 るーるる🎵るるる🎵 るーるーるー🎵 るーるるー🎵 ─中略─ ららら🎵らーらーらーらー🎵 らーらー🎵 らーらららー🎵 みなさんいかがお過ごしでしょう?こんにちは。スマートファルコン、ファル子でございます。 さ、今日はですね、現役時代には高知総大将として全国を駆け巡り、日本に高知あり、高知にグランシュヴァリエありと、その名を大きく轟かせました、グランシュヴァリエさんに起こしいただいてます。はい。ようこそ起こしくださいました。いらっしゃいませー。 どう

          ファル子の部屋/ゲスト・グランシュヴァリエ/第一二六九回放送分より抜粋

          グランシュヴァリエvsクインナルビー/高知遠征18日目④

          「な......なぁんですかそれえぇぇ!?」 テイオーの悲鳴にも似た叫びが尾を引いたが、それが御前の耳に届くことはなかっただろう。地面が破裂したのかと思う程の砂煙が消える頃には、既に御前のリードは3馬身も先にあり、尚も広がる気配を見せていた。胸に膝を触れさせる程の前傾姿勢。スタート直後から見せる強烈なストライドを、鍛え上げられた上半身が維持させていた。 「出た!サブマリン!」 「サブマリンだ!」 「サブマリン!ビゼンニシキはサブマリン!」 疾走する御前に向かって、子供達

          グランシュヴァリエvsクインナルビー/高知遠征18日目④

          オペラオーvsウララ/高知遠征18日目③

          皇帝塾のラチの内側、その中央付近にウララとオペラオー、グランシュヴァリエの3人はいた。先にトレーニングを進めていた2人は、近寄ってくるシュヴァリエにすぐ気づいた。 シュヴァリエはウララと握手を交わし、ウララがオペラオーを紹介している。オペラオーは両腕を広げて優雅に体を翻すと、胸の前に手を当ててシュヴァリエに一礼した。 「素敵な生徒さんですね」 近づく私に気づいたシュヴァリエは、またもや人懐こい笑みで私を振り返った。 「トレーナー!シュヴァリエさんは、デビュー戦で一等だった

          オペラオーvsウララ/高知遠征18日目③

          グランシュヴァリエ、そしてもう1人②/高知遠征18日目

          「オペちゃん、ゆっくり息を大きく吸って、ゆっくり静かに吐くんだよ?」 「すーっ.......」 「そうそう!それで、息を吐きながら足を上げて?」 「はぁ〜っ......あ、足を?」 「そうそう!上手上手!」 「足を......上げ......てぇ......!ふんぬぬぬぬぅ〜っ!」 翌朝。 オペラオーは、ルドルフが使用していた個室を入れ替わりで使うことになった。私たちがカンフーの朝稽古の為に起床し、さてオペラオーも誘ってみようかと早朝にドアをノックしてみると、既に

          グランシュヴァリエ、そしてもう1人②/高知遠征18日目

          グランシュヴァリエ。そしてもう1人/高知遠征19日目

          グランシュヴァリエ。 御前からその名前を聞いた時、私は彼女のことを思い出せなかった。 「あら、貴女なら知っているかと思ったけど。中央でデビュー初戦を勝利して、その後6着2着1着と、成績を重ねたウマ娘よ」 スマホの向こう側でそう説明する御前の言葉を聞いても、私の記憶はまだあやふやだった。思うに、彼女のデビューは私がウララと出会う前。私がまだ前任の生徒と契約していた頃だろう。しかしそのクラスの成績であれば、有望株として当時の私の記憶に留まっていてもおかしくはない筈なのだが─

          グランシュヴァリエ。そしてもう1人/高知遠征19日目

          皇帝塾/高知遠征一六日目

          ここが皇帝塾か、と思いながら門を潜った私たちは、主人であるビゼンニシキの姿を求めてキョロキョロと辺りを見渡した。 (広い......) その敷地にはおそらく800mは超えるだろうというダートコースが整備されており、さすがに競馬場並という印象こそ無いものの、個人が運営する施設としてはかなり大規模な印象を受けた。ラチの内側から中心に向かっては様々なトレーニング機材が設置してあり、おそらくウマ娘のトレーニングにおいて足りない物は無いようにさえ見える。素晴らしい充実ぶりだ。 「

          皇帝塾/高知遠征一六日目

          元・トレーナーが語る「あの時のハルウララ」/ある熱心なファンの記録

          まあ......今となっては、さ。 苦い思い出なわけで。 あのハルウララが俺の教え子だった、俺がハルウララの担当だったっていうのは、本当の事だよ。 そんな事を言ってしまうと、自慢してるみたいに聞こえるかもしれないけどね。実際はそんな事にはなりゃしないんだ。あのクインナルビーと違って、俺の場合は、あの娘に何もしてない訳だからね。 あの娘が入学してきたのは、丁度今くらいの、暑い盛りの時期だった。うん、中途採用。あの頃の高知ではね、4月入学より、そんな感じの娘たちが多かったよ。

          元・トレーナーが語る「あの時のハルウララ」/ある熱心なファンの記録

          ハルウララの手紙/13枚目

          おとうさん、おかあさんへ。 お元気ですか?わたしは元気です。 先週はレースを見に来てくれてありがとう。2人が来てくれていると思って走ると、いつもよりも『ばびゅーん!』って、わたしの足に力が入ります。ゴール前でわたしが走っている時、お父さんの『がんばれ!』っていう大きな声が聞こえてきて、すごく嬉しかったよ。 ライブは見てくれた?どんな感じだったかな?わたしは2着だったけど、ギガレンジャーちゃんが怪我して出られなくなったから、センターのいない2人組用の曲を用意してもらって、

          ハルウララの手紙/13枚目

          高知・第6レース未勝利戦・その夜/高知遠征十四日目

          高知競馬場の興奮はここに極まっていた。会場中に響き渡る大ウララコール。G1もかくやという熱狂ぶりは、当の私たちさえをも飲み込もうとしていた。そしてG1との決定的な違いは、会場の全員、1人残らず全員が、その声をウララに向けていた。 「行け!行けぇ!ウララ!そのまま行っちまえ!」 テイオーが声を張り上げ、拳を震わせながらウララを鼓舞していた。 「ちょっとあなた!あなたは膝を壊した事になっているんだから!杖を離したらダメなんじゃないの!?」 私が思わずそう言うと、テイオーはそん

          高知・第6レース未勝利戦・その夜/高知遠征十四日目