高知・第6レース未勝利戦・その夜/高知遠征十四日目


高知競馬場の興奮はここに極まっていた。会場中に響き渡る大ウララコール。G1もかくやという熱狂ぶりは、当の私たちさえをも飲み込もうとしていた。そしてG1との決定的な違いは、会場の全員、1人残らず全員が、その声をウララに向けていた。

「行け!行けぇ!ウララ!そのまま行っちまえ!」

テイオーが声を張り上げ、拳を震わせながらウララを鼓舞していた。
「ちょっとあなた!あなたは膝を壊した事になっているんだから!杖を離したらダメなんじゃないの!?」
私が思わずそう言うと、テイオーはそんな私にさえ目もくれず、ウララを見据えたまま返した。
「うるせぇ!あの『死んだフリ』に気づかなかった奴らに、それを教えてやるんだよ!このタイミングで気付かされたら絶対に脚が止まる!はらわたの中まで掻き回してやるんだ!邪魔するな!」
その容赦のない徹底ぶりに、私は何も言えず、空いた口が塞がらなかった。

"残り150m!さあいよいよか!今日がその日なのか!追い詰めるギガレンジャー!しかしハルウララが伸びる!信じられないまだ伸びる!いよいよか!ギガレンジャーが大外1馬身まで迫っている!しかしゴールはもう目の前だ!"

「あとちょっとよ!ウララちゃーん頑張ってぇー!」
「残せ!振り切れ!頼む、夢を叶えてくれ!」

既に観客たちは、ウララの勝利を信じ始めていた。今の今まで絶対的であった「ハルウララの敗北」という常識が覆る瞬間をこの目に焼き付けようと、皆一様に思いの丈を叫んでいる。

残り50m。

感涙に咽ぶ1人の観客が、私の近くで飛び上がった。

その時──

"さあ今!初の白星に向かってハルウララ!勝利の女神からの初キッスを──"

「ああぁっ!?」

──その時。

観客全員が息を呑んだ。口々に叫んでいたウララの名前が一瞬途切れたかと思うと、その後引き裂かれるかような悲鳴に変わり、ため息が会場を覆い尽くした。
ゴールまで残り数メートル。
ほんの数メートル手前での事だった。

"──捕まった!捕まった!アタマ1つ抑え込まれて捕まりましたハルウララ!"

ウララは、敗者となった。

"ハルウララの初勝利目前!ギガレンジャーが爪一本でその栄光から引き剥がした!勝ったのはギガレンジャー!驚きましたまさかの末脚!凄まじいスタミナ!勝者1番ギガレンジャー!"

「──クソっ!」

テイオーの拳が鉄柵を打ち、ガックリと肩が落ちた。
勝利を捨てていたこの一戦ではあったが、あれだけの走りを見せつけられ、テイオーもまた、奇跡を信じてしまったのだろう。私だってそうだった。

「おい......見たか、ルビー君」

それまで沈黙を保っていたルドルフが、私の名を呼んだ。
「なあ、見たか?ウララが見せた最後の3ハロン。第4コーナー手前からのあの走りを」
「ええ。本当にもう少しでしたね。覚悟してはいましたが、私も一瞬、このまま勝つんじゃないかと信じてしまいましたよ」
私がそう言うと、ルドルフは首を横に振った。
「私が言っているのはウララの走りそのものだよ。今ウララは「逃げて」から「差した」んだ。サイレンススズカが得意とする、大逃げの最高峰戦術さ。全力で行け、とは言ったが、戦法までは指導していない。全く──末恐ろしいよ、ウララは。本当に底が知れないな」
そう告げられて、慌てて私は両手に掴んでいたストップウォッチを確認した。その時に針が示しているのは、右がテンの3ハロン、左が上がりの3ハロン。テンよりも、上がりの方が僅かに速かった。ウララはただトップスピードを維持し続けたのではない。スピードのピークをゴール手間にコントロールする事を試み、しかも見事に成功させたのだ。

(ディセンディングの効果だわ)

力みのピークをコントロールする、水泳で試みていた特訓が功を奏したに違いない。確かに負けはしたが、これは大きな進歩と収穫である。おまけに、ウララが対策されることも先送りに出来たとなれば、この第2回目の挑戦は万々歳と言えるだろう。

"レースの着順を発表します。1着、1番。ギガレンジャー。2着、4番。ハルウララ。3着、5番。スターライトビート。4着、10番。ミニミニメイフェア。5着──"

電光掲示板がそれぞれの番号を表示していく。レンジャーとウララの着差は、アナウンサーの見解の通り「アタマ」となっていた。遅れて数秒、このレースの勝ち時計が示されると、観客席から大きなどよめきが巻き起こった。
ギガレンジャーが刻んだタイムは、高知競馬場1400mのレコードタイムに肉薄していたのだ。

「恐ろしい......なんて娘なの......」

負けて納得。
そう言ってしまうのは悔しいが、レンジャーが勝って当然というその数字に、私は舌を巻いた。しかし同時に、ウララの走破タイムもまた、それに近いものである事に私は気づいた。もちろん自己ベスト更新である。
「やりやがった......この負け戦で、やりやがったぞ、アイツ!」
「ああ、いい結果だ」
2人も同じ事を考えていたのだろう。あえて負けを選ぶというこの苦しい闘いの中、よくぞここまでの成果を上げたものだ。
その時の私の胸の中には、勝ちにも似た満足感があった。感動さえ覚えた。

「おい、おいおい──アイツ、やばいんじゃないのか?」

会場のざわつきが妙に長い。そんな中、テイオーがそう言ってダートを指差した。その指差す方向には、ギガエルフがいた。もうとっくにレースは終わっているというのに、いまだにスピードを落とさぬまま走り続けている。あの様子では、レースが終わった事にさえ気づいていないかもしれない。興奮状態からくるてんかんの発作だろうか。だとしたら、壊れて倒れるか、倒れて壊れるかするまで走り続けてしまうだろう。
「係員!ギガレンジャーを止めろ!これ以上は危険だ!」
即座にルドルフが鉄柵から身を乗り出し、そう叫んだ。しかし、全力疾走を続けるウマ娘が相手とあっては、人である係員にはなす術もない。
「どうにかならないのか!このままだとブッ壊れるぞ!」
隣に立つテイオーも慌て始めた。

"ギガレンジャー選手!走行を止めてください!少しづつペースを落としてください!危険です!"

アナウンサーもまたそう呼びかけるが、レンジャーの暴走に変化はない。

「誰か何とかしろ!」

ルドルフの声が再び響く。その声を聞いてか、それとも別の意思なのか。ウララを含めた何人かの生徒たちがコースを逆走し始めた。走り続けるギガレンジャーとの間隔が倍速で縮んでゆき、レンジャーに対する壁となるべくコースを塞いだ。

一瞬、嫌な空気が流れた。もし、レンジャーがこの人垣にさえ気づくことが出来ないとしたら、大人数を巻き込む大事故になりかねない。

「下がりなさい!」

私がそう叫ぼうとして息を吸い込んだ時、レンジャーは糸が切れたようにその場に崩れ落ち、動きを止めた。壁役の生徒はもちろん、レンジャーは無事のようだが、砂煙の中に身を投げたまま、ピクリとも動かない。壁役となったウララたちが駆け寄り、おっとり刀で救護班が担架を運び込むと、レースはようやく終了した。

「ギガレンジャー、必ず戻って来いよ!待ってるからな!」

誰かのそんな声を皮切りに、鳴り止まぬ万来の拍手がギガレンジャーに贈られた。

ウララの高知2戦目は、これをもってようやく終了した。

[newpage]

「明日は筋肉痛かなあ......」

その夜。

大浴場の浴槽に浸かりながら、私は首の辺りを押さえつつ、ため息を吐いた。視界を覆う白い湯気と、漂う石鹸の香りは実に心地よく、すっかりすり減ってしまった私の心を、存分にリラックスさせてくれた。
ミニライブと、レース。そしてレースと、ウイニングライブ。
激しい緊張の中、それらの事柄を全て終えた私の中には、今、決して心地よいとはいい難い強い疲労に打ちのめされていた。
「明後日の間違だろ?」
カランに座るテイオーが、振り返りながら無粋にそう言う。お湯をかけて反論してやろうかとも思ったが、既に緩み切った私の心と身体は、そうすることさえ拒んでいた。

結局、1着となったのはギガレンジャーだった。第三コーナから放ったゴールドシップ張りのロングスパート。ゴール寸前でウララから白星をもぎ取ったその末脚は、いずれの前評判をも上回るもので、数時間が経過しても尚、私の瞼の中に強烈に焼きついていた。

(もう少しだった。本当にもう少し──)

強いウマ娘だった。かつて未勝利だった私が同じ時期に芝の環境で出会っていたとしたら、勝てていただろうか。正直、自信はなかった。明らかに一線を画す資質と闘志。アマチュアで築き上げたキャリアは伊達ではなかったという事なのだろう。
高知デビュー戦をレコードに迫る記録で走破したという話題は、今後の彼女のキャリアの中で常に付いて回るに違いない。後1年も高知トレセンに在籍してくれれば、トレセン内にいる他の生徒たちとの相互の成長という面だけでなく、高知競馬場の運営にも大きな貢献に繋がる筈だが、いかんせん、彼女が地方喰いの道を選んでしまっている事が悔やまれる。

(それにしても......)

不思議なのはウララの方だ。
レコードに迫る走破タイムといえば、ウララもまた同じの筈である。逃げて差すという最高の走りで、私や観客にあれだけ奇跡を信じさせのだ。それでも勝てないというのは、どういう事なんだろう。今日という日にギガレンジャーとゲートを並べたのが運の尽きだと、そう切って捨てるのは簡単だが、染みついた負け癖と呼ぶにはあまりにも長い未勝利期間には、もはや前世の因縁さえ感じさせるものがある。

『ウララは完璧主義者なんだ』
『頑固者なんだよ、ウララは』

熱った顔を手で覆うと、手の中の闇にエアシャカールの顔が浮かんできた。今思えば、ニヤリと笑ったあの表情は、私自身にも向けられていたのかもしれない。シャカールのあの表情を見た時から、ウララに勝利の白星を掴ませるのは並の苦労話では収まらないとは思っていたのだが、まさかこれ程とは思いもしなかった。
走れば走る程、トレーニングすればする程、ウララは成長し、その行末は計り知れない。
しかし、肝心の白星が遠い。
マイルの帝王と七冠王者の献身を受けながら、レコードに迫る走りをしたというのに──

(あと少し──本当にもう少しなんだ......絶対にそうなんだ......)

湯で顔を何度も拭いながら、私がそんな事を考えていると、対面に座っていたルドルフが私に話しかけてきた。
「まだ考えているのかい、ルビー君」
愚問を、と言う代わりに、私は言った。
「私はウララのトレーナーです。あの大逃げからあの僅差ですよ?考えない訳が無いじゃないですか」
「しかし、我々の当初の目的は全て果たしたんだ。ウララへの解析が進む事を許さず、警戒心は尚更増しただろう。フットワークと差し脚の他に大逃げという引き出しまで開けて見せたんだ。彼らの迷いは3戦目の当日まで続くだろうさ。それについては万々歳。君だってそこは分かっているんだろう?」
「まあ、それはそうなんですが、ズバリ、それはいいとして、ってヤツなんですよ。いや、そう思えば思うほど......違う。思い出すだに尚更──やだもう、何言ってんのかしら私」
言葉が上手く出てこない。私は湯の中で手足をばたつかせ、この緩み切った思考に癇癪を起こした。
「もしかして『それとこれとは話が別』と、そう言いたいんじゃないか?」
「ああ──流石は会長。正にそれです」
笑うルドルフに先を越され、私は、人差し指と親指でマルを作り、彼女の正解に世辞を送りながら天井を仰いだ。

テイオーと入れ替わるようにカランへと移ったものの、私の心は未だモヤモヤとしていて、晴れる事はなかった。そこまでのぼせた訳でもないというのに、うっかり尻尾用のシャンプーを髪に泡立ててしまい、慌てて洗い流そうとシャワーを取ったらまさかの冷水。その冷たさに驚き、張り付いた喉から声にもならない悲鳴を上げた。何だろう。馬鹿丸出しである。

「大丈夫トレーナー?」

あたふたする私の様子が気になったのか、ウララがタイルの上をペタペタと走り寄ってきて、私の顔を覗き込んだ。なんでもない、と私が言うと、ウララは私の隣に座り、全身を泡立て始めた。

ウララは無事だった。二つのレースを走り切ったものの、体に故障は見られなかった。ライブ中のあのレース。全て打ち合わせ通りの内容で、ダートの適性が低い私たちを相手にしていたとはいえ、私を含む3人の前を取るということは、ウララの両脚にトレーニング以上の負担をかけたことには違いないだろう。本番でもそうだ。ブラフを成功させ絶対的優位に立ったとはいえ、ぶっつけ本番、初の大逃げにはレース中のプレッシャーも相当にあった筈だ。にもかかわらず、ウララは無傷でそれらをやり遂げた。ウイニングライブでも、メインレースでの3人を完全に取って食う盛り上がりを作って見せ、観客たちを大いに満足させていた。
それなのに。
嗚呼──それなのに。
白星だけが欠けていた。

「トレーナー?」
「なあに?」
「あの娘大丈夫かなぁ?」

2人揃って身体を流していると、ウララは少し心配そうにそう言った。あの時の光景を思い出しているのか、天井を見上げている。

あの後の医療スタッフからの知らせによると、ギガレンジャーの症状は、やはりてんかんと診断された。異常な興奮状態に起因するてんかんの発作は、若いウマ娘にはよくある事だが、目の当たりにするとやはり肝を冷やす。不意に近づこうものなら大事故になりかねないし、かといって放っておいたら、脚が壊れるまで走り続けてしまうからだ。
「大丈夫よ。私の経験上、あの倒れ方なら大丈夫。ケガはしたかもしれないけど、きちんと回復するわ」
私はウララにそう伝えた。だが、ウララの心配を拭うことは出来なかったようだ。
「でも、トレセン辞めちゃうかもしれないよ?そういう娘、前にもいたよ?」
「そうねぇ......」
今度は私が天井を見上げた。私たちを照らしている浴場の明かりの中に、志半ばでターフを去っていった同期たちの顔や、トレーナーとして学園で出会い、同じく去っていった生徒たちの顔が浮かんでは消えていった。
それでも、ウララに私は言った。
「大丈夫。そんな心配はいらないわ」
「本当?」
「あの娘は大丈夫。これから先もっともっと強くなって、ウララの前に何度でも現れるわよ。何度でもね」
「本当!?」
ウララはパッと顔を明るくすると、だったらいいな、素敵だな、と、鼻歌交じりに呟きながら、体中の泡をシャワーで流し始めた。

その時、浴室の扉が開いた。誰かが入ってくる気配がして振り返ると、タオル姿でそこに立っていたのは、誰あろうギガレンジャーだった。

「あーっ!?」

噂をすれば何とやら、である。そんな体験が初めてだったのだろう。ウララは、レンジャーの姿を見た途端に、驚き、喜び、彼女に向かって走り出した。
「お風呂入りに来たの?脚は大丈夫?痛くない?」
突然そのように詰められ仰反るレンジャーの前で、ウララは、まだ泡だらけの尻尾を振り回しながらそう質問を繰り返した。
「あの......前、隠したら?」
「あ、そか。ごめん」
レンジャーにそう軽く嗜められたウララは、カランに戻ると置いてあったタオルを取った。それを体に巻きつけるや否や、再びダッシュで駆け戻り──
「お風呂入りに来たの?脚は大丈夫?痛くない?」
──と、臆面もなく宣った。
「やばい。面白すぎる......」
相変わらずの「ウララ節」に、湯船の中のテイオーが、口をお湯の中に隠して身体を震わせていた。

レンジャーの足にはテーピングが巻かれている。やはり無傷では済まなかったようだが、この程度で済んだことを喜ぶべきかもしれない。
ウララはそんなテーピングを指差しながら、言った。
「うわぁ痛そう。大丈夫?」
最初こそ驚いていたレンジャーだったが、ウララを煙たがる事もせず、短く答えている。それが意外だった。
「肉離れだって。でも大丈夫。シャワーなら浴びてもいいって言われてる。温めすぎちゃダメなんだって」
「そうなんだ。じゃあ、背中流してあげるね!」
息つく暇さえ与えない急展開。遠くから『あいつマジか?』と声を上げたのはテイオーだ。
「え!そ、そんなのいいよ!?」
「いいよはこっちの台詞だよ!さ、いいからいいからココ座って!」
ウララの手には既にシャワーヘッドがあった。レンジャーに椅子を差し出し、座るように促している。何度かのやり取りの後、ついにレンジャーが折れた形でカランの前に腰掛けた。

「熱くない?」
「うん」
「髪、綺麗だね」
「そ、そんなことないと思うけど」

レンジャーからタオルを受け取ると、ウララはレンジャーの髪に体にと、お湯を流している。ボディーシャンプーをスポンジに取り、それを手早く泡立てると、レンジャーの背中の上でそれを大きく上下させた。

不思議なものだ。
今ウララが背中を流しているのは、今日の昼間には敵として闘った相手である。ウララは彼女を欺き、彼女はウララを叩き伏せた。にもかかわらず、今はこうして、まるで幼馴染同士のようにして風呂場で話している。ノーサイドという言葉の裏側には敵同士という実態が見え隠れするものだが、ウララにはそれさえもない。
本当に不思議だった。

相手の心を開かせるのは、この時以前から既にウララの得意技だった。これもまた、その後に渡りウララを支えた魅力の一つ、いや、1番の強みだったのだろうと私は思っている。

気を取り直し、今度は確実に髪用のシャンプーを手に取った私は、髪が泡でアフロになるまで思い切り両手を動かし、洗い始めた。

「もう友達みたいね」
「そうですね」
「コミュ力高いのね。羨ましくなるわ」
「コミュ力にかけては、あの娘は特別です。比べない方がいいですよ」

そんな声には振り向かず、私は返事をしたのだが、どうにも様子がおかしい。ルドルフとテイオーはまだ湯船にいる筈だし、声も近く、何より違う。私は誰と会話をしているんだろう。

(変だな......?)

私は、髪から落ちてくる泡を警戒しつつ、薄目を開けて振り返った。

後ろ姿。
女の私でさえ狂おしく思わせるような、曲線美を誇った裸体がそこにあった。
栗毛のロングが腰まで伸びていた。
太腿の裏側に広がる無数の傷跡は、歴戦の証なのだろう。
その中に、大きな手術痕があった。

「ご、御前!?」
「ビゼンニシキ先輩!?」

驚いたような2人の声。大きな水音がして、私は湯船の中の2人が立ち上がったのだと知った。

「──前、隠したら?」

ビゼンニシキのその声に合わせるよう、一瞬の後に再び水音が浴室内に響いた。思わず笑ってしまう光景だが、それでも彼女達は、すぐさま再会の喜びを分かち合い、湯船の中で楽しげに笑っている。

ビゼンニシキが何故ここにいるのか。私も酷く驚いたが、この場にギガレンジャーがいる事を思い出し、腑に落ちた。皇帝塾という個人教室を設け、いわばフリーランスのトレーナーとなった彼女が、ギガレンジャーを育て上げ、今回高知トレセンに送り込んだ張本人なのだろう。
言ってしまえば敵の大将だ。ステップとも繋がりがあるに違いない。しかし、ルドルフとテイオーとは旧知の間柄であり、先輩後輩の関係を抜きにしても、懐かしい友人である事に変わりはない。
私はそう考え、ビゼンニシキへの警戒を解いた。

「はじめまして。私はハルウララのトレーナーを担当しております、クインナ──」

私は慌てて全身の泡を洗い流し、髪の毛をタオルで覆い、湯船に向かった私だったが、慌てたのが良くなかった。ウララが操るシャワーのコードに足を引っ掛け、バランスを崩した私は、湯船目掛けて頭から突っ込んだ。

水柱の向こう側から声がした。

「......お噂はかねがね、伺っていますよ。クインナルビーさん。貴女とはいろいろと話すことがありそうね」

浴槽の水面が落ち着き、ウララとレンジャーが湯船に浸かりに来るまで、私は自らの馬鹿さ加減を湯の中で痛悔していた。

のぼせていたんだろう。
いっそ、そういう事にしてしまいたい。
私はそう思った。


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