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「俺たちのフェラーリ」再び——王座争いで詰め寄るチャンスを逃したイギリスGP

スタート直後の周冠宇の衝撃的なクラッシュで幕を開けたイギリスGP。レース終盤の火の出るようなバトルをくぐり抜け、キャリア150戦目での初優勝を挙げたのは、ポールポジションからスタートしたサインツだった。一方で、チャンピオン争いを演じる同僚のルクレールは4位に終わり、首位のフェルスタッペンとの差を詰める絶好のチャンスを逃した。フェラーリはどちらのドライバーにレースの主導権を与えるか判断ができない。サインツの優勝は喜ばしいが、もやもやした思いで表彰台を見守った。

背筋も凍る周冠宇のクラッシュ

スタート後、派手なクラッシュが起きた。ハードタイヤを履く8番グリッドのラッセルの出足が遅れ、ガスリーを間に挟んでコース左側の周と3台並走状態に。何を思ったか、ラッセルは進路を左に寄せ、ガスリーとその隣の周を巻き添えにする形で接触。周はランオフエリアを逆さまの状態で滑り抜けるとタイヤバリアをジャンプ台にして、きりもみ状態で観客席の金網前に落下した。

幸い周に大きな外傷はなかったが、しばらくクラッシュのリプレーは放映されず、大きな不安を呼び起こした。事故ののち、マシンの様子もドライバーの姿も映らない——。これは、死を招きかねない大クラッシュが起きた可能性を示唆する。2014年の鈴鹿で、20年のバーレーンで。近代F1はハロの搭載などで安全性は高まったが、いつエアポケットに入り込む形で致命的クラッシュが起きてもおかしくないことを嫌でも思い起こさせた。

クラッシュし裏返しとなる周冠宇のマシン。このままランオフエリアも直進し、きりもみ状態で観客席の金網前に落下した。

サインツ意地のスタート、フェルスタッペンにトラブル

初回のスタートではポールポジションのサインツはフェルスタッペンにまんまと先行された。赤旗後のやり直しのスタートでは、ならばとばかりにサインツが思い切りフェルスタッペンの側に寄せ、トップの座を死守した。ルクレールやペレスもフロントウィングの翼端板をぶつけ合いながら壮絶なバトルを繰り広げた。

フェルスタッペンは10周目にサインツのミスに乗じてトップに躍り出たが、好事魔多し。タイヤ周りのトラブルを感知し、翌々周にピットでの交換を余儀なくされた(結局、フロア部のトラブルだった模様)。ピットアウト後のペースも上がらず、タイヤも2度目の交換が不可避なことから、このレースでのフェルスタッペンの上位入賞の可能性は潰えてしまった。

これでサインツとルクレールが1-2体制。最近優勝から見放されてきたフェラーリに選手権ポイントの差を詰める大チャンスがやってきた。

決断できないフェラーリ

この時点で首位のサインツより2位のルクレールの方がペースが速く、選手権ポイントを考えればルクレールを前に出して、サインツに後続の抑え役を任せる局面のはずだった。レッドブルやメルセデスはそうしていただろう。

ところが、フェラーリはサインツを前で走らせたまま、なかなかポジションの入れ替えを実行しない。しびれを切らしたルクレールがピットにチームオーダーを求めても、入れ替えの指示は出ない。

21周目にサインツ、25周目にルクレールがミディアムからハードへのタイヤ交換をしたものの、順位は入れ替わらない。ついにルクレールが追い抜きを仕掛けるものの、サインツはきわどくインを閉める。チームメイト2台が争っているうちに、下手をするとミディアムタイヤで長めのスティントを走るハミルトンに首位の座を奪われかねない状態だった。

フェラーリがようやく引導を渡す気になったのは31周目。ペースの上がらないサインツを下げ、ルクレールを前に出した。フェルスタッペンのピットインから19周。この間に2台を競争状態とさせてペースが落ちたことで、本来であれば脅威でないはずのハミルトンの逆転を心配しなければならなくなった。

その後、39周目のオコンのストップをきっかけにセーフティーカーが入り、全車の間隔がリセットされる。その際に多くのクルマがソフトへとタイヤ交換したが、上位で1台だけタイヤ交換を見送ったマシンがあった。首位のルクレールだ。

ハードタイヤのまま走行、草刈り場となるルクレール

フェラーリはセーフティーカー導入時、首位のルクレールをハードタイヤのまま走らせ、2番手のサインツだけをソフトタイヤに交換させた。フェラーリとすれば、昨年の経験から「抜きにくい」とされるシルバーストンではタイヤ交換で順位を落とすよりもコース上のポジションを重視した、ということかもしれない。

ところがルクレールが履く16周走ったハードタイヤと、他車の新品ソフトタイヤでは勝負にならなかった。「抜きにくいシルバーストン」の前提も大間違いで、セーフティーカー明け後、今年の新規定のクルマがいかに密集状態で安定して走行でき、自由自在にバトルできるかがあらわになった。

ルクレールはサインツにも、ペレスにも、ハミルトンにも粘りに粘ったが、装着タイヤの差は如何ともし難く、最後には前に出られた。サインツはチームメイトに対しても容赦なく攻撃を仕掛けた。ハミルトンとは1周の間に何度も抜きつ抜かれつを繰り返し、悲鳴なしでは見られない壮絶なバトルだった。

抜きつ抜かれつの壮絶なバトルを繰り広げたハミルトン、ペレス、ルクレール

結局、レースの勝者はチームメイトを引きずり下ろしたサインツ(嫌味な言い方で申し訳ないが。。。)。2位にペレス、3位に地元のハミルトンが入った。

フェルスタッペンは辛くも7位。目先のライバルのルクレールとのポイント差は「6点」しか縮まらず、43点差をキープした。フェラーリは大きく目論みが外れ、レッドブル陣営としては万々歳というところだろう。

タイヤ交換の是非と、チームオーダー

セーフティーカー導入の際のタイヤ交換の是非だが、私が音声チャットで感想を語り合った方は「フェラーリはポジションが下がることを覚悟で2台入れるべきだった」との見解だった。

首位のルクレールがピットインした場合にハミルトンらはステイアウトを選んだかもしれないが、「ハードとソフトのタイム差を考えれば、10周あれば追い抜ける」とのことだった。

私は「サインツとルクレールの入れ替えに19周浪費し、その間に後続を引き離せなかったことが、タイヤ交換の判断ミスにつながった」と考えている。フェルスタッペンのトラブル後、早期にサインツとルクレールの順位を入れ替えてルクレールを逃し、サインツを抑え役に回せば後続を引き離すことは可能だった。

メルセデスのマシンが改善しつつあるとはいえ、そもそもフェラーリはハミルトンのことを心配する状況を作ってはならなかった。

チームオーダーが出た31周目からセーフティーカーが入る39周目までにルクレールは最速タイム連発でサインツに4秒、ハミルトンに6秒の差をつけた。もし、フェルスタッペンのトラブル後からこのペースで差を広げられていたなら、SC中のフリーストップを得られたかもしれない。シルバーストンは最終コーナーをショートカットしてピットに入るレイアウトのため、ロスタイムは少ないからだ。

少々ハードルが高いかもしれないが、ハミルトンとの間隔をセーフティーカー時にフリーストップが得られる程度に広げておけば、タイヤ交換かステイアウトかを迷う状況にすらならなかった。サインツという犠牲を払う覚悟があれば。

(※追記:他サイトの情報によると、SC中のピットストップのロスタイムは9秒とのこと。ハミルトンも速いとはいえ、ルクレールが+3秒引き離すことは十分可能だったろう)

「判断の遅いフェラーリ」では選手権を戦えない

このレースを見て感じたのは、「相変わらず判断の遅いフェラーリ」という点に尽きる。単独のレースとしては最高の内容だったが、1年通したチャンピオン争いが盛り上がるかどうかを考えると、とても残念な気持ちになった。

フェラーリは選手権3位のルクレールすら首位のフェルスタッペンから2勝分近くのポイント差をつけられている立場だ。負けている側のチームがチーム内バトルで体力を消耗してどうする。

私は2000年代のシューマッハ時代を見ているため、感覚が毒されているのかもしれないが、今回と同じ状況でバリチェロがシューマッハの前を走っている場合、チームは即座にバリチェロを後ろに下げて後続の抑え役をさせていたに違いない。昨年までのメルセデスもボッタスに抑え役をさせていただろう。

選手権を独走している側のチームが何の躊躇もなくナンバーツードライバーに汚れ役をやらせるのに、追いかける側のフェラーリが非情になりきれないのがもどかしい。ベッテルとライコネンがチームメイトだったときも同様のチームオーダーの遅さが目立った。

フェラーリは妙にドライバーに優しく、妙にドライバーの自尊心を尊重する。しかしながら、ドライバーは自発的に他人に順位を譲ることはしない以上、チャンピオンシップのためにはチームが決断する必要がある。

9年ぶりのスペイン国歌とイタリア国歌の組み合わせが演奏されるなか、満面の笑みでサインツを祝福するチームクルーたち。一方で、ピット脇ではビノット代表に慰められるルクレールの姿が映った。「これが俺たちの愛すべきフェラーリなんだけどなぁ」と、複雑な思いが去来した。

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