不快な思いがなくなったから卒業できたと思っていたのに。。
無理矢理完了していたのかもしれない
はい、自分のことはわかってるつもりって。おごりがあったのかもしれない。
だいたいOK!できた!
おおざっぱにまるめてしまう感覚。
なんというか、もうこのステージは卒業したよねって思い込もうとして、焦りもあったのかもしれない。
例えば、90%の感覚があったら100%とみなす感覚。
でもよくよく考えたら、やっぱり90と100は違う。
昔よりはだいぶ満たされてる、よく頑張ってきた。そう思っていた。だから錯覚していた。
心の分野って分かりやすい卒業証書ってないもんね。
その代わりちゃんと現実でのお試しがあるんだけどね。
どんなに飛び級卒業証書を自分に渡していても、ふと、過去何度も感じてきたあの感情にそっくり。。なんて現実が起こることがあります。
卒業したと思っていたのに。。
ショック。。
たまたま不快な感情を持たずに済んでいる環境に身を置いていただけだった。昔よりは強度は減っていたのも確かだけど、でも小さいながらもあったの。ゼロじゃなかったの。引っ掛かりがあったの。
細かい部分がまだ完全に取りきれていなくて、何かの拍子にうずく。。
問題の本質を突き止めるのが甘かった。小さくなってたから、いい線までは行ってたことは証明された。では次のアプローチどうしようか?
こうやって試行錯誤しながら、じゃあ今度○○に取り組んでみよう、とかそんなのの繰り返しで自分の中で納得しながら進んできたんだなーって感慨深く思ったりする。
そして解決するのは状況(外側)じゃないんだなーってまた改めて実感した。
どうしても、目で見ている現実が変わらないから苦しいのだーと感じてしまうし、変われーってその都度問題の解決方法を考えてしまうことだけに気を取られてしまうのだけど。
自分のここ(内側)を根本解決せず、それぞれ付随した問題に対して対処しただけだと、そこで解決したと思っても、またおんなじ問題にぶち当たる。
人を変えても、場所を変えても
今度こそ、着実に丁寧に時間がかかってもほんとうの卒業を目指そうと思う。
せっかくこうやって、「不快な感情」としてお知らせしてくれているのだから。自分のこだわりを解放して自由になるチャンスだ。
なかなか倒し甲斐がありそうな課題だなー(^^;
みなさんのそれぞれの道を応援しています🌈