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じゃれ本作品『未来への天ぷら』

「平太!」
曇天に響く声は、ここコロモ商店街の風物詩だった。
「いっけねぇ、忘れるとこだった。サンキュー母ちゃん!」
家から飛び出す少年平太、彼はまだ知らない、自分がこの世界の救世主となることを。
そう、シケッたこの世界のテンションをアゲアゲに揚げる天ぷらの物語はここから始まる。

 *  *  * 

平太は出前の定食を載せて自転車で走りだした。
「今日は植木屋のヤス吉おじさんの所か。あっ、天ぷら定食じゃんか。冷めねえうちに急がねえと。」
平太は自転車のスピードを上げた。魚屋横の路地に入れば目的地はすぐそこだ。
「毎度、ヤス吉おじさん、出前だよ!早く来ないと俺が食べちゃうぜ。」

 *  *  * 

平太がいつものように家の前で元気よく叫ぶと、慌てた様子でヤス吉おじさんが現れた。
「よう平太、ったくテメェは親父さんに似てせっかちなんだからよ、今受け取るから待ってな」
天ぷら定食をおじさんに手渡し勘定を済ませると、平太はある異変に気がついた。

 *  *  * 

「ヤス吉おじさん、手が、、」
「あぁ、俺もシケちまったか」
その時、おじさんの身体が崩壊し始めた。
「おじさん!」
「平太、よく聞け。湿気た天ぷらの衣の剥れるが如く、世界は危機にある。俺は間に合わなかったが、お前のサクっとした衣は世界を救えるかもしれん。急ですまないが後を頼んだ」

 *  *  * 

平太が商店街に戻ると、辺り一面は地獄絵図と化していた。道行く人の身体がヤス吉おじさんの様に崩壊していたのだ。
ニュースでは右半身が無くなったアナウンサーが懸命に情報を伝えている。現在世界中の人間が「湿気て」おり、WHOは現象を"TENKAS"と命名し調査にあたっているという。

 *  *  * 

平太は駆け帰った。
「母さん!街の人が崩壊して、、」
戸を引くと、そこには湿気てTENKAS化した客達、そしてその奥では母が何やら荷造りをしている。
「平太!あなたも急いで!今こそ我ら薄衣家の責務を果たすときよ。貴方が大人になる迄待ちたかったけど、そうも行かなくなってしまったわ」

 *  *  * 

「薄衣家の責務...?」
「いい?平太、よく聞いて。薄衣家はね、"衣遣い"の末裔なの。そして"衣遣い"には大事な使命があるのよ。」
「ころも...づかい...?」
「このTENKAS化はテンプラ様のお怒りなの。それを鎮める儀式を私達がしなきゃいけない。平太、覚悟はできてる?」

 *  *  * 

平太は黙って頷いた。
「ごめんね、平太。でもこれは薄衣家の宿命。着いてきて」
平太が連れてこられた場所はだだっ広い広場のような場所で、不思議な構造物があちこちに鎮座し、作業員達が忙しそうにしている。
「薄衣様、お待ちしておりました。アブラ、タネ共に儀式の準備は整っております」

 *  *  * 

「ありがとう。平太、貴方はいつも通りで大丈夫。私も見守っているから」
「あぁ、きっちり揚げてくるぜ!」
少年はスパッと海老の背ワタを抜くと一瞬で衣を纏わせ、サッと油に潜らせた。そして
「今だ!」
サクサクに揚がった海老天は眩く黄金色に輝いている。。
その時、世界に声が響き渡った

 *  *  * 

「うまそうな海老天やん。」
平太にはそう聞こえた。海老天はゆっくりと空へ浮上した。
すると街を覆う曇天から光が溢れ、人々のTENKAS化を解いていった。
「貴方が街の未来を救ったのよ。」
母の横で平太は光に包まれる街をただ眺めていた。まるで街全体が黄金色に輝く天麩羅のようだった。

(おわり)
140文字×10回

感想

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おわりに

あぁ、天ぷらが食べたい...。

※じゃれ本ルールをオンライン用に改変したルールで遊んでいます
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タイトル発案:未来への(そめいよしの)、天ぷら(生得観念の例)
作者:そめいよしの、生得観念の例、天川屋義平