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2年間スイス・ポスドクをやってみた

2022年12月末でスイスのザンクトガレン大学での契約を終えた。コロナ禍のためスイスでもマスク着用や在宅勤務が推奨されていた2021年1月に渡航してから2年間、ザンクトガレンという街でポスドクとして研究生活を送った。

ザンクトガレンはチューリッヒ空港から電車で東に45分で、地理的にはチューリッヒ州の隣に位置するが、北はボーデン湖を介してドイツと接し、東にはオーストリアとの国境、南東にはリヒテンシュタインの国境があり、これら国境のほうがチューリッヒ市より直線距離は近い。
ザンクトガレン大学はコンピュータサイエンス学科を設立したばかりで、有名なETHやEPFLとは異なり、日本ではあまり知られていない大学の一つである。ではなぜ住み慣れた日本を離れてザンクトガレン大学で働くことになったのか記したい。

海外ポスドクに目を向けた2つの理由

スイスでポスドクをする前に約4年間、東京の研究機関でポスドクをした。大学院生時代から論文で名前を知っていた研究者が同じフロアで働いているというのは刺激的だった。一緒に論文を書く中で、どのように研究したらよいかとても勉強になった。
その一方で、彼らと自分を比べてしまい、自分の能力にもどかしさと焦りを感じることが多くなっていった。
若い優秀な人が任期なしの研究員になっていく一方、自分は同じ環境で彼らと同様にポスドクから研究員になる未来が想像できなかった。
つまり、自信がなかったのだ。

その1. 国内の優秀な研究者とのポジション争いが大変

これは分野によるのかもしれないが、暗号・情報セキュリティの分野は毎年優秀な博士が何人も大学院を修了する。そして、私の感覚では3~4年に1人くらいの頻度で分野の有名人になるようなスーパーな人が博士号を取得する。
そうしたキャリア初期の研究者たちと、大学や研究機関の任期なしのポジションを争うのは、メッシやクリスティアーノ・ロナウドに勝負を挑むようなものだ。ちなみに、東京の研究所はこの3~4年に1人のスーパーな研究者ばかり働いていた。

その2. 年齢のプレッシャーから逃れる

私は高校卒業後に1年間浪人し、分野を変えて修士課程を2つ出て、博士号取得には他の人より+3年かけたので、スムーズに博士号を取得した人よりも合計で6歳も年齢が上であった。たった6歳と思われるかもしれないが、日本にいるとなんだかんだで(勝手に)肩身の狭い思いをしてしまっていた。
誰かに何を言われるでもないが、周りが皆スムーズに博士号をとった研究者ばかりで、しかも分野のスター達ばかりだったので、このままではまわりと比べてばかりで、自分に自信をなくしてしまうという危機感があったのだ。

ザンクトガレン大学の環境

ザンクトガレン大学は、コンピュータサイエンス学科を2020年夏に設立したばかりで、研究者を広く募集していた。暗号グループもその例に漏れず、ポスドク募集をしていた。これから学科を盛り上げていこうという段階にあった2021年1月から働き始められた自分はラッキーだった。ややITサポートや事務手続きなどはぎこちない部分もあったが、スタートしたばかりの学科だということとコロナ禍だったこともあり、誰の目を気にすることもなく、そして誰と比べることもなく精神的に自由に研究することができた。

様々なバックグラウンドを持つ人々

博士課程の学生には修士号を2つとってきた人や、エンジニアを辞めて37歳でやってきた人もいたし、ポスドクにも自分と同じような年齢の研究者がいたりして、日本のときのような年齢的な焦りは感じなかった。
学部・修士・博士で大学を移るというのも割と皆がやっているという印象を受けた。私も学部・修士・博士を別々の大学で過ごしたので、そういう点では欧州の研究者の雰囲気のほうが自分には合っているのかもしれない。
畢竟、自分に似たような人がいる環境のほうが人は安心できるのだ。

誘惑の少ない街

ザンクトガレンは冒頭でも少し紹介したが、チューリッヒからも離れている小さな街だ。旧市街の主要な通りは1時間もあれば回れてしまう。オフィスと家の往復だけしていれば良い(遊ぶところがない)という環境は修士時代を過ごしたNAIST(奈良先端大)にいた頃を思い出させた。20代前半だとやや辛い環境かもしれないが、博士号を取るくらい年齢を重ねると、こういう何もなく静かな街のほうが落ち着いて生活できて仕事に集中できる。

小規模な研究室

2021年1月に自分がザンクトガレン大学の暗号グループでポスドクを始めたときは、数ヶ月前に入学したばかりの博士課程の学生2人と教授と自分と秘書さんの4人だった。
その後、テクニカルスタッフが1人入ってきて契約終了して去ったり、学生が1人研究室を移ったりということがありながら、博士課程学生2名とポスドク1名が加わって、最終的には教授とポスドク2名、博士課程学生3名、そして秘書さんという小規模のグループであった。
自分が大学の教員になるときのことを考え、研究室運営について知りたかったのだが、小規模ということもあって、思い描いていたような研究室運営に関する学びは少なかった。
それでも、少人数であることのメリットやデメリットを間近に見ながら、初めての海外生活&仕事を楽しめたように思う。

スイス生活2年間での充電の後に

スイスでの2年間でずいぶん仕事上での自分への自信を取り戻せた気がする。すると今度は逆に、東京の研究機関にいた頃が急に懐かしくなって、あのような凄い研究者がいる環境でもう一度自分を試してみたくなってきた。

大規模な研究室への所属

そういうわけで、2023年からは大きな研究室でかつ生産的に研究しているところに所属しようと決意した。就活の結果、デンマークに生活の拠点を移して研究を継続できることになった。
デンマークではコペンハーゲン大学とオーフス大学に所属して研究を続ける。研究室運営についても学べそうな大規模な研究室である。デンマーク生活についての話はまた近いうちに書きたいと思う。

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