【ブックレビュー】「システム障害はなぜ二度起きたか」―”経営不在”のまま漂流するIT立国の現実
東京証券取引所は1日、上場する株式などの金融商品を終日売買停止とした。市場に相場情報を伝えるシステム機器に障害が発生したため。全株式の売買が終日できなくなるのは1999年に取引がシステム化されて以降初めてで、先進国では異例だ。東証は2日に取引を再開する。日本の金融市場の根幹が大きく揺らぎ、目指す金融立国構想に冷や水を浴びせられた。
(2020年10月1日日本経済新聞電子版より)
朝からずっとこのニュースを追いかけていました。
夕方のTBS NEWS(CS)で、東証の記者会見もぶっ続けで見ましたが、記者の質の悪い質問が聞くに堪えず、途中でブチッ。
その後はずっとこの本を読んでいました。
この本の副題は、「みずほ12年の教訓」だそうですが、私から言わせれば、経営陣は本当に教訓に学んだのか、きわめて疑わしい、と思っています。
そして、この「技術にコミットしないガバナンス」という問題。日本全体にいえることです。
醜いな社内抗争が招いた悲喜劇
1999年8月、当時の第一勧銀、富士、日本興業の三行は劇的な経営統合を発表しました。
総資産約140兆円は、当時世界最大規模で、記者会見で興銀の西村正雄頭取は「収益力、資本力、サービス力で世界の五指に入りたい」と大見栄を切りました。
その時のドラマチックな動きは、高杉良の小説「銀行大統合」でも活写されています。
そして、その直後から三行のプライドを賭けた、激烈な社内抗争が幕を開けます。
まずトップの椅子、次に主要ポストの役職者、そして焦点になった膨大な店舗統合。。。
こうした社内抗争は、末端の行員のテーラー業務(窓口業務)の縄張り争いにまで発展し、まさに全行挙げての抗争劇となります。
その渦中に、三行のシステム統合も巻き込まれます。
トップのシステム構想が二転三転したばかりではなく、開発スケジュールも現場の三行間の抗争から、危機的な遅れが経営陣に上がってこない。
何より上層部はITのズブの素人。
「三行のシステムをリレーシステムでつなげばいい」などと、日本中のSEが唖然とするような発想で、テスト不足のまま、1年で最も処理が集中する2002年4月1日に稼働開始を固執する。
遅れの報告には、「遅れを取り戻せ」という精神論的な指示を繰り返すばかり。
当日、華々しいセレモニーのさなか、現場ではATMから預金を引き出せないシステムトラブルが続出。さらに口座振替機能がストップし、銀行の日常業務が「突然死」を起こします。
世論の厳しい批判にさらされたにもかかわらず、国会に参考人招致をされた前田晃伸みずほホールディングス社長の発言は、さらに世間を唖然とさせました。
「直接に御利用者の方に実害が出たというようなことではございませんが、クレームが大量に来たということで、そういう意味で大変申し訳ないと思っております。」
銀行は、社会生活のインフラであることを全く理解していない。
そして、この悲喜劇は1度では終わらず、2011年に再び愚行が繰り返されました。
世界との差は圧倒的に広がった
2020年。
日本の銀行の収益力は、いまだに世界のトップクラスから大きく水をあけられています。
こうした自称IT立国の現状は、銀行セクターだけではなく、全業種にわたっているといえます。
全体的には、日本のICT投資額は、1994年では米国と1.4倍程度の開きでしたが、2016年には、4倍にまで広がっています。
(平成30年度情報通信白書)
しかも、日本の場合、その80%がシステム保守などの守りの投資に振り向けられ、海外のGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)の投資戦略とは、考え方に圧倒的な開きがあります。
新型コロナウイルスが蔓延しているさなかでもこの積極投資。
こちらは日本の現状。
見た目は進歩したけれど
2020年10月1日午後4時30分。
東京証券取引所内で開かれた記者会見の冒頭に、宮原幸一郎社長の傍らにCIO(Chief Information Officer)が紹介され、低レベルとしか言いようのない、記者の質問にできるだけ分かりやすく答えていく。
頭を下げることだけがプロフェッショナルだった、20年前とは隔世の感があります。
本件で、東証側に「ガバナンス不在」だったかどうかは、まだ結論を出すには早いように思われます。
しかし、早くも政治の横やりの気配が。
技術思想を軽視し、本質とはかけ離れたガバナンス、哲学不在の愚行は、日本社会の各所で繰り返されています。
不潔なマスクを全世帯に配布することに狂奔した前首相や、イソジンで新型コロナウイルスを撃退しようと目論んだ大阪府知事は、その愚行の最たるものの部類に入るでしょう。
IT分野でも、ネット会議システムzoomで、上座・下座が話題になるような低劣さです。
こんなことを気にする偉い人たちは、自社でzoomを作ろうと思いつかなかったのだろうか、とか、そもそもzoomをなぜもっと早く導入しなかったのだろうか、とか考えたことはきっとないでしょう。
ハンコ撲滅など夢のまた夢であります。
この本を読んだ読後の感想は、ただ1つです。
「みずほ銀行を、いったい何人の日本人が笑うことができるのか?」
(了)
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