【小説】バベルの塔 二話

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 「それでは、心ゆくまでもう一つの世界―【Babylon】―をお楽しみください
 ............“ふふ、念願を楽しんで下さい、透“」
 
 柔らかく、心を落ち着かせやすい声、という女性の機械音声を聞き、そして、最後のセリフは定型じゃないぞ、アル、と思いながら、俺は『プログラマー影山透』から『盗賊トール』になった。

 初めに感じたのは、空気。
 
 何と説明すればいいのだろう、街中の匂いでありながらどこか懐かしいとでもいうか。
 土の匂い。
 排気ガスも下水もない空気は、これほどまでに美味しいものだったのかと感じる。

 たとえそれが【Babylon】をコントロールしている人工知能であり、職場の仲間であり、気の合う友人でもある、『アル』によって認識させられているものだったとしても、この感覚は、俺がそう感じているというのは事実だ。
 自分が関わった結果として存在しているものを、こうして体感できているという事に、俺は感動すら味わっていた。

 少しの酩酊感と共に、視界が広がっていくのを感じる。
 目を瞑ってまぶたの上から強く押した後のような焦点の合わない感じから、少しずつ、眼前の現実を脳が認識を始める。

 レンガ造りの街並み、そしてコンクリートではない、石畳の道路。
 NPCとはわからないほどリアルな人々が店頭にいる道具屋、武器屋。そして宿屋。
 流石に始まりの街には言葉の通じないことはないはずなので、この後が楽しみである。

 資料や、実際の映像では部分的に見ていたし、テストでも入ったのでログイン自体は初めてというわけではないのだが、世界が完成されてからは初だし、モンスターのAIとNPCのAIは別環境だったので、こうして街に人がいる状態は興奮を抑えられない。
 
 開発メンバーのくせに何故かという疑問が生まれるだろうか?
 
 それは、俺がひたすらダンジョン形成のアルゴリズムとモンスターの設定を行なっていたからだ……他のところまで見ることができないほどに忙しかったのはさておき、分業制と、開発する対象を種別ごとに、基礎となる環境を分けてそれぞれ設定するのは珍しいことではない。

 クローズドの時の結合試験時には、あまりの問い合わせの多さに見る余裕が無かったという話もあるが。


 でも良いんだ、そのお陰で、現時点でほぼ全ての雑魚モンスターの性質を把握しているのは俺ぐらいのものだろう。
 凄く地味な知識チートである。

 蓄積と共有による、AIの学習効果があるにせよ、何をしてくる可能性がある、ということが判るだけでも、特に初めのうちは助けとなるだろう。

 肝心のボスモンスターやイベントモンスター、各種ストーリーは俺の担当じゃないのと、なるべく仕様として必要となる情報以外は避けていたので知らないのだが……それも全てはこの世界を満喫するには良いことだ。

 
 「ウインドウ・オープン」

 
 俺がそう呟くと、眼前にウインドウが開いた。
 音声認識システムは正常に作用しているようだ。

 「どれどれ」
 俺は早速自分の能力値をチェックした。
 この辺りは通常のRPGと同じく、自分のアバターの能力パラメーターが存在する。

 【トール】 
 盗賊Lv.1  (薬師Lv.1)
 HP(生命力):158
 MP(精神力):122
 STR(腕力):28
 DEX(器用):45
 AGI(俊敏):48
 CON(体力):15
 INT(知力):25
 WIS(魔力):19
 CHA(魅力):5
 LUC(幸運):55
  ―1/2―

 一ページ目には職種と各種能力値が表示されている。

 基本的な職種は『戦闘系』『生産系』に分けられる。
 初期状態では、『戦闘系』では、『戦士・格闘家・狩人・盗賊・魔術師・僧侶・吟遊詩人・呪術師』の8種類。
 『生産系』では、『鍛冶師・料理人・商人・薬師・大工・細工師』の6種類が存在する。

 最初はメインとサブでそれぞれ1つずつの職を選択することができ、レベルを上げていく事で、サブでつける職が最大で3つまで増えていく。

 これらの他にスキルシステムも存在し、それぞれの職種との相性が存在する。

 レベルが上がるごとにその上級職の道がひらけ、また、『言霊』が開放され世界が広がっていけ他の職種に転職することも出来るし、職種もスキルも増えていく。
 
 その下に表示されているのは能力値だ。
 様々なタイミングで得られるスキルポイントを割り振っていくことができ、数値が高ければ高いほど、関係する能力が強くなる。

 例えば、STRの値が大きければ、重量のあるものも装備できるし、攻撃力も上がる。
 AGIが高ければ、素早く行動できる。
 上がりやすい能力値は職種によって異なるため、例えばINTやWISが重要となる魔術師であるのに、STRに割り振り続けると馬鹿みたいに効率が悪いことになる。基本的には、だが。

 その上で敢えて杖で殴り倒す肉弾専門の魔術師を目指すなら、止めはしないが。 ……実際、時々そういう人々がいるのも知っている、がこの現実感をもった世界ではあまりお近づきになりたくはない。
 ちなみにいうと、CHA(魅力)とLUC(幸運)の値だけは割り振ることはできない。

 そして、能力上限は、無い。
 つまり、長時間ログインできるほど、能力面で有利ではある。なんというか、公平な権利のもと、平等では無いのだ。

 これは、【Babylon】では、他の要因にもかなり左右されるため、能力値のみでは実力は測れない事による決定だ。
 流石に圧倒的過ぎる実力差を覆すのは難しいが、職種や道具、得意な場所の他に、不確定要素が多過ぎるのだ。

 今ここで俺が知りたいのは、まさにその要因である次のページにあるであろう情報だった。

 
 【Babylon】では、申込時に『アル』が施行する様々なテストを受け、初期設定する職種とは別に、属性・性質・能力パラメータ等が自動で設定される。
 また、システムスキルの他にリアルスキルも存在する。これは、フルダイブシステム上の都合とも言える。
 簡単に言うと、リアルで持っている技術は、スキルとして扱うことができるのだ。正確には、リアルで出来ることを出来なくなる、と言うことが予想外に難しい、という技術的な問題からの措置である。

 走るスピードなどはまだいいのだ。
 ただ、何故かアーチェリーでオリンピック選手候補になったのにこの業界に来た同僚は、スキルなしに遠くの的に当てられた(むしろ感覚が冴えてリアルより当てやすいとのこと)し、手先が器用な人間は、戦士と武闘家という脳筋ビルドでなお、細工師についた不器用な人間を軽く超えた。

 そして、想定数値通りにするために、より補正を強めると、今度はフルダイブ酔いとも言う症状が出たのだ。手の器用さと、歩く平衡感覚が何故か連動していたりする。


 平等さや公平さを調整する為の壁に、プロジェクトが行き詰まりかけた時、どうせリアルチートは存在するんだから、いっそリアルの経験も全てぶち込んでしまえ、と言ったのは坂上さんという統括なのだが、これは功を奏したと言っていい。

 
 開発チームの一員とはいえ、俺ももちろんテストを受けており、その結果は実際ログインするまではわからない。
 正直なところ、どういう答えにすれば良い性質が出るのか何とか聞き出そうとはしたのだが、管轄である『アル』の方が固すぎて不可能だった。

 というか、叱られた。(AIに倫理で叱られる人間と笑われたのは記憶に新しい)
 さすが世界最高峰と言われるAIである。

 (……結構長くて、途中から何の質問だったかもわからないまま答え続けさせられたからなぁ。性質はどうなってんのかな、『勇猛』とか、『俊敏』とかだといいんだけど)

 おみくじを引くときのような、ガチャを開けると時のような、怖いけども期待が勝るあの感覚を覚えながら、俺は眼前のウインドウをスクロールし、次のパラメータを視た。

 


 【トール】
 属性:闇
 性質:臆病者・優柔不断・裏方
 技能:索敵(サーチ)・盗む・マッピング・幸運(ラック)・闇系モンスター捕獲(テイム)率アップ・闇魔法適正(中)・危機察知(小)・睡眠耐性・空腹耐性・恐怖耐性・精神力補正(中)・体力補正(中)
  ―2/2―



 (………………)



 俺はそっと、ウインドウを閉じた。

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