【小説】バベルの塔 十二話

序章へ
十一話へ


~ 西暦2027年10月24日(日) ある開発者の休日 ~


 事件から、二週間が経過していた。
 それが世間に発表されてからは、激動の一言に尽きる。
 広報の電話は、今も鳴りっぱなしだそうだ。

 マスコミは連日、無責任な報道を続けている。
 VRMMOとは何か、原因は何か、ネット社会に生きる若者の心の問題に至るまで、自称専門家が語っていた。
 ある意味、ここまでVRMMOが世間のすべての人間に認知されるのは初めてのことだろう。

 ネット上では、『羨ましい』と『不謹慎』という言葉が連日バトルを繰り広げ、その騒乱はとどまるところを見せない。
 中には、本当はすぐにでも救出できるのに、VRシステムのデータを取るためにプレイヤー達を犠牲にしている、などという陰謀論まで飛び出す始末。
 これも、自称専門家が、仮想現実に取り込まれるなどありえない。ログアウトさせることは理論的に可能なはずだ、というさも都合の良い希望的解釈を語っているからだ。

 本当に現場にいる晃達からすれば、「誰だお前」と言いたいところだが、そんな機会は訪れることはない。

 (実際にここに来て何とかしてみろ。この状況で何が出来ると言うんだ)

 そんな、尤もらしいデマ情報の氾濫に吐き気を覚えながら、須藤晃(すどうあきら)は目の前に開いたPCのブラウザを閉じる。

 よく、営業に行った先でその筋の人間と間違われるその強面の顔は、今も不機嫌そうに歪んでいる。
 晃は、缶コーヒーがなくなっているのを見て、ついでに煙草を吸いに行こうかと財布を取り出し、習慣で斜め前の席に目を向けた。


 空席。


 晃の遊び道具であり、数少ない喫煙仲間が居たはずのその席は、この二週間、埋まることはなかった。

 どこにいるのかはわかっている。
 

 今月、嬉々として自分の作ったモンスターを倒しに、その世界に旅立った男は、休暇が明けてもなお、晃の元に戻っては来なかった。

 「………………」

 晃は、無言のまま席から立ち上がり、喫煙所へと向かった。近頃は、どこも愛煙家には厳しい世の中だ、オフィスから出て、わざわざ指定の場所まで歩いていかなければならない。
 税金は上がり、場所は奪われる。全く、ままならない世の中になったものだ。

 ビルに囲まれた一角。黄色のラインで区切られた、晃のような喫煙者が集うその場所だが、今日は本来ならば休日であることも先立って、人間の数はまばらだった。
 そんな中、紫煙を揺蕩わせている見知った顔を見つける。
 
 その男は、近づいてくる晃に目を向けると、吸っていた一本を灰皿に押しつぶし、上着の胸ポケットから新しい一本を抜き出した。
 どうやら付き合ってくれる気らしい。

 男の名は海堂圭一(かいどうけいいち)。
 
 180cmを越える身長に、細長い手足、この業界に来るまではモデルをやっていたという変わり種。晃の同僚にして、内外に評価の高い、腕のいいグラフィックデザイナーだ。
 プログラマ―である晃とも仲がよく、よくあいつで遊んでいた。
 確か、ねだられて、色々細かいグラフィックを作っていた、流れで興がのった何人か巻き込んでイベント作成にまでなっていたはずだ。当の本人は知らないようだが。

 「……暇そうだな」

 圭一が晃に声をかけてくる。

 「……お前こそな」

 晃はそう答え、自分も煙草に火をつけ、ふう、と白い煙を吐いた。煙が、空気に混じり合って、消える。

 現在、オフィスには【Babylon】開発に関わったうちの半数が詰めていた。

 あれだけの騒動の後、どこから嗅ぎつけてくるのかマスコミが家まで押し寄せてくることもあるためと、「待機」という名目で人がいなければならないため、晃達は開発メンバーは交替でここ、【Babylon】システムにアクセスするビルに来ている。

 
 …………何かが出来るわけでもないのに、だ。


 『アル』にその端末のアクセス権を奪われた今、晃達にできることなど何もないのが現状である。
 やっていることといえば、ソースコードを見て、バグを発見してしまうことくらい。

 ――――発見できたとしても、修正を行うこともできないというのに。というかあの馬鹿、致命的なものはないにしろ、バグを何個か残していきやがった。…………影響がないといいが。
 晃はそんな事を内心で思う。

 あれから、『アル』は、現状の状態とそれに関わる全てを全世界に公開した後、誰の前にも姿を見せていない。
 文字通り、ネットワークの波の中に消えてしまった。
 
 その後、調査を行うメンバーから、物理的にサーバー、そして『アル』の本体があったスーパーコンピューターを破壊するという案が出て、検討された。

 晃達からすれば、馬鹿なことを言うな、といったところである。

 21世紀初頭から始まった、データのクラウド化によって、今ではプログラムや、それに関するセーブデータなどは、世界中のデータセンター(保存する場所で、地震などの災害のないとされる場所に多く配置されている為、様々な業界のシステムがそこを用いている)に分割され、暗号化されて保存されている。

 ソフトウェア――(簡単に言うと、エクセルやワード、のようなプログラムのことだ)――が『アル』に抑えられているなら、ハードウェア――(これはPC本体のような機械のことである)――を壊せばいいと思ったらしいが、そうするのであれば、その中のものを区別して壊すことなどできはしない。

 わかるだろうか? PCが壊れれば、何の変哲もないデータも、奥底に隠してあるかもしれない18禁データも、これまで集めた色々な情報がもれなく失われるのだ。

 そして、バックアップごと壊さなければ、今回は意味が無い。
 何せ、壊れても大丈夫にするためのバックアップシステムだ。
 メインだけ破壊しても意味はない。

 特に、世界初のVRMMORPG【Babylon】のデータ量を舐めてもらっては困る。

 15000人のために、様々なサイトの、様々な情報を壊して、さらに世界規模のネットワークに、経済的にも物理的にも影響を与えていいのならば別だが。
 しかもその場合でも、プレイヤー達の安否は不明。いざとなれば電脳世界に潜り込めるほどの性能を持つ『アル』に、影響があるのかも不明。

 言うまでもなく、割りに合わなすぎる賭けだ。

 …………いっそそれならば、あの馬鹿で素直な遊び甲斐のある後輩が、クリアして戻ってくるのに賭けるほうがまだましだ。

 文字通り、苦渋の選択だが。

 「……無事、帰ってくるだろうか」

 「帰ってくるさ」

 圭一の呟きに、晃は反射的に答える。
 そして、内心で願い、謝罪する。

 (…………すまんな透。相当難易度は高いだろうが、死ぬなよ)

 『言霊』の配置と、各種ストーリークエスト。何よりボスモンスターの設定を担当したプログラマ―として、晃は自分の作ったものを考え、遠くを見た。そしてその立場上、そして事件の性質上決して言葉にはできないが、思う。


 (…………無理かもしれん)


 今頃、どうなっているのだろうか?

 起きているのは、混乱か、それとも……先に進めば命が文字通りかかると言うのに、命懸けでまで、攻略なんてものをしている奴らがいるのか。

 晃の記憶が正しければ、特に『言霊』のモンスターは、ハードな造りにしてあったはずだ。

 初見殺しと。嬉々と設定をきつくした自分を今となっては殴りたい。
 それを含め、考えれば考えるほど、あれを死なずにクリアするなど夢物語だと思う。特に……中層以降にかけては。

 おそらく、あの愚痴の多い後輩なら、勘弁してくれと叫ぶだろう。涙目になりながら、それが更に遊び心に火をつけるのに気づかずに。

 そう思い当たり、本当に不謹慎ながら、晃は笑う。
 そして思う、それでも、帰ってきて欲しいと。

 ビル街に、風が吹いていた。

 何も出来ず、自分の構築したものが人を殺すかもしれないことに実感を持てず……。
 晃は今日も一日を過ごしていた。
 ただ、この悪夢が早く終わることを願いながら。


十三話へ



小説や日常呟き書いてます。お読みいただきありがとうございます。嬉しいです、スキをされると、とてもとても嬉しいです。また縁がありましたらよろしくお願いします。