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この挑戦は「失敗」じゃない

彼は話題にすら挙がらなかった。

6月22日、東京五輪に向けた男子サッカー日本代表が発表された。

我々サポーターは様々な想いを胸に、この発表を見届けた。

何故この選手なのか?

ウチの選手の方が良いだろう!

いや、順当な選出だよ。

様々な意見がTwitterのタイムラインを飛び交う。

だけど、その中にはずっと気にかけていたあの選手の名前が見当たらない。

お、ようやく見つけたと思ったら、何だこれは……

カッチーンときた

そう、東京五輪世代として代表入りも期待された安部裕葵選手。ここ1年、度重なる怪我が祟って代表争いからは完全にフェードアウトしてしまっていた。

しかしこの言い方は酷い。ほんの少しではあるが、安部裕葵選手のプレーをスペインで観てきた者として、これは看過できなかった。居ても立ってもいられなかった。

この人、先月も同じようなことを言っていて、リプライで指摘したのだが、残念ながら相変わらず考えは変わっていないようだ。ただどのように考えようがそれは人の勝手とは思うし、煽りツイートにもとれるので真に受けても正直バカらしいかなとは思った。

しかし、Twitterフォロワー1万人以上という影響力を持つアカウントにこのような「誤解」を広められてはたまったものではないのも事実。

ここは真に受けてでも、違うんだよ!と発信しなければという、妙な使命感に駆られてしまった。見てきたものを書き残さなければならないと。

ただ、昨夏を最後に文章の執筆から遠く離れていた自分。日常生活とのバランスが上手く取れず、段々文章を書くことが怖くなってしまっていた……

はずなのだが、心の底から何かが漲ってきた。気付いたら二晩かけて、エナジードリンク注入してまでこの記事を書きまとめてしまった。どこか不安定で、リリースするのもおっかなく感じるのだが、せっかくまとめたので読んでいただけたら幸いである。

スペイン3部リーグでの試合観戦を通じて、安部裕葵選手が身を置いていた環境について気付いたこと、感じたことをご紹介する。

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タイミングが良すぎる新婚旅行だった。

2020年2月上旬。世界がコロナウイルスの脅威でストップしてしまう1ヶ月前のこと。まだマスクもせずに出歩けた平穏な世界。なんだか遠い昔のように感じてしまう。

私と妻はスペイン・バルセロナにいた。夜からFCバルセロナのトップチームの試合を観戦する予定だった。サッカー好きなら一生に一度は行っておきたい夢のスタジアム、あのカンプノウでの一戦だ。

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しかし、日中にもカンプノウに負けないくらい心惹かれる試合があった。FCバルセロナのサテライトチーム(以下:バルセロナB)の試合だ。

新婚旅行でスペイン3部リーグを観戦するなんて普通あり得ない話だが、私ならやり得る。バルセロナBでは有望な若手選手がトップチーム昇格を目指して鎬を削っている。未来のスターがそこから登場するかもしれないなら、観に行くしかないだろう。

そして、そこには日本から安部裕葵選手が参戦している。

妻は鹿島サポーターで、彼のユニフォームを買うくらい気にかけていた。ユニフォーム買ってから半年でバルセロナに行ってしまったようだが。

せっかくなので彼の試合を見せてあげたいと、綿密に計画を練って私はこの「バルサハシゴ観戦」を敢行した。

運が良いことに、この日の相手はとても近場のクラブだった。AEプラットというクラブは、バルセロナ国際空港のすぐそばの町にある。バルセロナ市街中心部から空港行きのメトロに乗り30分、そこから15分ほど歩いてスタジアムにたどり着いた。

バルセロナ市街のカンプノウとこのスタジアムの距離感は、日本で例えれば川崎の等々力陸上競技場と横浜の日産スタジアムの距離感とほぼ同じだそうだ。これなら昼夜ハシゴ観戦は容易に可能だった。


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AEプラットのホームスタジアム、ミュニシパル・サグニエル。ゲートで当日券を15ユーロ(2,000円弱)で購入し入場した。

収容人数500人程度のとても小さなスタジアムだ。100席ほどの小さな屋根付きのメインスタンドと、仮設のバックスタンド、ゴール裏やスタンド横では立ち見もできるようだ。

4部リーグから昇格してきたばかりのスモールクラブで、3部リーグではかなり小さい方のスタジアムなのだという。それでも、飲食が楽しめるバーが併設されているなど、流石ヨーロッパだなと感じさせてくれるスタジアムだ。ワクワクして試合が始まるのが待ちきれない。

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試合開始の1時間前には、本日のメンバー表が掲出された。安部裕葵選手はベンチスタート。ここまでスタメン出場も多かっただけに少し残念だったが、きっと出場してくれるだろうと、願うばかりであった。

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ウォーミングアップでピッチに安部裕葵選手が姿を見せた。とてもリラックスした表情で、ベンチメンバーと鳥かごで体を動かしていた。加入から半年ほどでチームにも完全に馴染んでいるようだった。

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90分間立ち見も辛いと思い、我々はバックスタンドに着席した。2月上旬ながら汗ばむくらいの陽気。地中海に面するバルセロナはとても温暖だ。時刻は正午。散水機が虹を描く中、試合は始まった。

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試合開始から予想通りバルセロナBがボールを支配する形。しかしAEプラットがボールを奪った時のカウンターがとても鋭い。昇格組で下位に沈んでいるチームだが、バルセロナBが肝を冷やすシーンを度々演出していた。

レベルは「3部リーグ」という言葉のイメージほど低くない。きっと上のリーグのレベルが高すぎるだけなのだ。

そういえばJリーグで活躍するスペイン人選手でも、アビスパ福岡のファンマ・デルガド選手もスペインでは2~3部リーグでプレーしていたというし、ヴィッセル神戸のセルジ・サンペール選手もバルセロナではBチームが主戦場だった。

きっとスペイン3部リーグは我々が思うよりレベルが高いのだろう。

それにしても立ち見客の多いこと。メインスタンドは関係者のみで、バックスタンドは早めに入場していた観客で埋まってしまった。ゴールの裏には山のような人だかりができていた。

この距離感で未来のスター候補生のプレーを観られるのは、味の素フィールド西が丘よりも贅沢ではないだろうか。

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この日の入場者数は2,902名との発表だった。AEプラットは普段のリーグ戦では3桁台の観客しか入らないというのだから、いかにバルセロナBが地域の注目を集めているかわかる。

いくらサテライトとはいえ、こうやって対戦相手からは常に「あのバルセロナと戦うんだ」という雰囲気で勝負を挑まれる。並みの3部クラブとは比べ物にならないプレッシャーがバルセロナBにはあるはずだ。無論、それを乗り越えられる選手でなければトップチームの扉も開けないのだろう。

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試合中、ひときわ異彩を放っていたのはゲームキャプテンのウルグアイ人DFアラウホ選手。当時既にトップチームにも召集歴があり、私が安部裕葵選手以外に唯一名前を知っていた選手だ。

デカい・強い・上手いと三拍子揃っていて、このカテゴリーでは明らかにレベルの違いを見せつけていた。CBなのにドリブルで強引にサイドを持ちあがるシーンは開いた口も塞がらなかった。

普段の練習からこんな選手たちと共にプレーできるだなんて、なんて刺激的な環境なんだろう。

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試合は28分にバルセロナBがPKを獲得。先制するも、PKを決めたアルバニア人FWのレイ・マナイが前半終了間際に2枚目のイエローカードを受けて退場してしまう。正直、全くいらないファウルだった。バルセロナBは数的不利のハンデを負ってしまった。

後半に入るとAEプラットのカウンターが鋭さを増す。相手の勢いを押し返す為、バルセロナB最初の交代カードを切る。

安部裕葵選手が呼ばれた。

この時67分、待ちに待った出番がやってきた。

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安部裕葵選手は最前線で精力的に動き回り、味方からのボールを呼び込もうと試みる。しかし数的不利の中ではなかなか良い形でボールを受けることができない。

すると77分、試合は振り出しに戻った。攻勢を強めていたAEプラットがゴールをこじ開けた。サイドからのクロスを泥臭く押し込まれてしまった。

バルセロナBも2部リーグへの昇格を目指して戦っている。格下相手に勝ち点を取りこぼすわけにはいかない。動きのギアが一段階上がった気がした。

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すると、安部裕葵選手が相手DF間の不用意な横パスを掻っ攫った。

ゴールへ向かい突進し、寄せてきたDFも股を抜いて冷静にかわした!上手い!

よし、勝ち越しのビッグチャンスだ!シュート撃って……


次の瞬間、安部裕葵選手はピッチに突っ伏していた。


右大腿を手で押さえて、左足の爪先でピッチを何度も叩いている。

あまりに残酷な光景だった。こんなタイミングで筋肉系のトラブルなんて、そんなことあるのかと。ただただ、頭を抱えるしかなかった。

スタッフに両肩を担がれ、安部裕葵選手はピッチを後にした。僅か14分間のプレーだった。

あまりに急な出来事でしばらく呆然としてしまった。いつの間に試合は後半ATへ差し掛かっていた。安部裕葵選手の具合が心配だ。せめて労いの声でも掛けられたらと席を立ち、メインスタンドの方へと歩き出した。

するとゴール裏に差し掛かったところで、目の前のネットが揺れた。弾ける笑顔でコーナーフラッグに集まるバルセロナBの選手たち。

奇しくもゴール決めたのは、負傷した安部裕葵選手と交代で入ったコンラッド選手だった。

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試合はそのまま2-1で終了。バルセロナBが格下相手に何とか勝ち点3を確保した。

試合が終わると観客がピッチの中へ入っていく。ホームチームの選手の健闘を労うのかと思いきや、皆バルセロナBの選手たちに近寄っていく。子供たちが選手と話をしたり、写真を撮ったりしている。

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下部リーグではよくある光景だが、興味深かったのは子供たちはバルセロナBの選手たちをよく知っているということだ。皆選手の名前を呼びながら近づいていく。よく知っているなと感心してしまった。

大変申し訳ないが、私は安部裕葵選手とアラウホ選手ぐらいしか知らなかった。今思えばもっと予習しておけばよかったと後悔している。

トップチームにも召集されていたアラウホ選手は特に人気で、スタジアムの外でもひっぱりだこであった。とはいえ、彼も当時トップチームではまだ公式戦1試合だけしか出場していない「駆け出し」の選手。ファンの関心の高さが窺えた。

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バルセロナBの選手たちはサテライトとはいえ、とても目の肥えたファン・サポーターに観られながらプレーしているのだと実感する一幕だった。

そして安部裕葵選手は痛々しい松葉杖姿で現れた。我々や他の日本人ファンを気遣って「大丈夫です」と気丈に振舞っていた。地元ファンとの交流も嫌な顔せずに対応してから、チームバスに引き上げていった。

( FCバルセロナの公式YouTubeにこの試合のフルマッチ映像がアップされている。怪我のシーンはいつ見ても辛いが、スペイン3部リーグのスタジアムの雰囲気を感じていただければ幸いである。)

その後、メインイベントであるFCバルセロナのトップチームの試合を観に行った。待ちに待ったカンプノウの時間だ。

この日の相手はレバンテ。決して好カードとは言えず空席も散見された。しかし世界屈指のスタジアムに心は昂った。奮発して1階席のチケットを取ったが、途中最後列から巨大なスタジアムを見下ろすなどして、カンプノウを目一杯楽しんだ。

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昼に訪れたスタジアムとのコントラストに頭がクラクラしていた。片や500席の町の球技場、片や約10万人収容の巨大スタジアムである。

この日、殊勲の2得点を挙げた17歳のアンス・ファティ選手もまた育成組織で研鑽を積んでいた選手だ。前シーズンまではBチームやU19チームで活動しており、カンプノウで活躍することを夢見る少年だったのだ。

「全ての道はローマに通ず」とは言うが、3部リーグのスタジアムすらもこのカンプノウに通じているのだ。グラスルーツから夢舞台へ。それを1日の中で体感できたのはとても貴重な経験であった。

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その後、安部裕葵選手は復帰に半年以上の時間を要した。全然大丈夫ではなかった。そして復帰後早々に怪我が再発してしまい、ようやく戦列に復帰できたのは今年の4月だった。

その間、あの日の出場メンバーから4人の選手が、FCバルセロナのトップチームに絡んでいる。

アラウホ選手は順調にトップチームでの出場機会を増やしており、一緒にベンチでアップしていたオスカル・ミンゲサ選手はなんとトップチームのレギュラーにまでのし上がった。

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何より悔しいのは同じ攻撃的ポジションで、あの日決勝点を挙げたコンラッド選手もトップチームに帯同しチャンスを得ているということだ。

メッシ、グリーズマンなどのスターを擁する攻撃陣でも、選手のコンディション次第で若手にチャンスが回ってくるのだ。彼も僅かな出場時間ではあったが、UEFAチャンピオンズリーグにも出場していた。

あの日、決勝点を安部裕葵選手が挙げていたら……

「たられば」は意味がないのもわかるし、プロの世界ではチャンスをモノにした選手だけが勝ち残ることも頭ではわかっている。その日の活躍だけでは未来は変わらなかったかもしれない。それでも1年経って、チームメイトが夢のステージへと羽ばたいていく姿を見てしまうと、そう思わずにはいられない。間違いなく目の前にチャンスがあったのだ。

これこそ3部リーグであろうとFCバルセロナのサテライトでプレーする意味なのだ。

世界で活躍することを夢見る選手なら、こんな素晴らしい環境を選ばないという決断の方が難しいだろう。

「日本企業がスポンサーだから」といった僻みもネット上では散見されるが、少なくとも現場にはそういった理由で歪んだ評価をするような雰囲気もなかった。

その中で安部裕葵選手は負傷するまで十分な出場機会を得ていた(23試合中20試合出場で4得点、うち16試合で先発)。素人目だが周りの選手より劣っているようには見えなかった。決して贔屓目でもない。試合出場を続け、夢のトップチーム昇格に向けて地道に歩んでいたのだ。

それでもこの移籍が間違ったものだと言えるだろうか?私はそんな心無いことは絶対に言えない。

大きな期待ゆえに、今の結果を残念に思わないと言ったらそれは嘘になる。それでも彼のサッカー人生を賭けた挑戦にはリスペクトの気持ちしかない。このような挑戦をできる選手も一握りしかいないのだから。

彼はまだまだ若い。22歳である。巻き返すチャンスはたくさんある。実際、他国の強豪クラブが興味を持っているという報道もあった。悔しい時間が長かったからこそ、まずはサッカーを心から楽しめる場所を見つけてほしい。

そしてカタールでも、その先のW杯でもいい。ひと回りもふた回りも大きくなって、またサムライブルーを身に纏う姿が見たい。バルセロナでの経験が大きな糧になったと言えるように。その時を期待して、これからも遠くから見守っていたいと思う。

周囲の雑音など気にせずに頑張れ、安部裕葵選手!

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