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ばくだん

ばくだんをつくることにはまっている。といっても、何かの組織にオルグされたわけではなく、ついに一線をこえてしまったわけでもなく、食べ物の“ばくだん”のほう。 

先日、失恋中のバツ3の先輩(もはやステータスが意味不明)と、気になっていた居酒屋に行った際に食べて感動したのがきっかけで、自宅でつくるようになった。本当は“こたつ居酒屋”でしっぽり鍋でも突こうかと思ったのだけど、出会い頭に先輩が、「俺は今日はとっても足が蒸れている」、「このスニーカー、通気性が悪いんだ」と言ってきたので、こたつを断念した。

先輩は、自分のバツの数とかけて、「アイム・スリータイムス・チャンピオン!」と叫ぶのが持ちネタだ。K-1の元王者、ミスター・パーフェクトこと、アーネスト・ホーストが大会ポスターのメインが自分ではないことに不満を漏らした際の名台詞だ。この日もビールを口に運ぶたびに笑いながらこの台詞を叫んでいた。

ちなみに、ホーストはこのインタビューのあとの大会でまた優勝するので、“フォー・タイムス・チャンピオン”となる。つまり、先輩のバツ4はほぼ決定的であることを、自ら示唆していることになる。

ということで、その先輩はまた恋愛で失敗したらしい。つい何ヶ月か前までは僕がまったく同じような状況でうまくいってなかったので、同じ映画をもう一度観ているような気分になった。どうやら巧妙な落とし穴に落とされしまったと思っているようだったが、聞いてみるとよくある話。なぜ人間は客観的な立場においては冷静になれるのに、いざそれが自分にふりかかると冷静になれないのだろうか? 僕たちはいつそれを理解し、うまくコントロールすることができるのだろうか? あと何回失敗すれば許されるのか? 僕たちの胃袋にするすると酒が吸い込まれていき、僕たちの情けなさや切ない感情は夜の闇に吸い込まれていった……

会話もなくなり、僕が惰性でタバコを吸いながら「結婚って何ですかね?」と聞いたら、鰤の握り寿司を食べながら、

「いまだにわからねえ……」

チャンピオンは、何かふくませたような難しい顔でそう答えた。まるで自分の過去を振り返るかのような目線だったが、あれは多分、わさびが効いていただけだったのだろう。

ばくだんが運ばれてきた。

このお店はばくだんを海苔で巻いて食べるタイプだった。先行した僕が「これ、ちょーうまいですよ!」。そういうとチャンピオンは「うまいけど、むずくね!?」そういってぼろぼろこぼしながら、口の周りをねばねばさせながら、夢中になってばくだんをほおばっていた。クールを装いつつも、「ぱ行」や「ま行」などの唇を使う言葉が若干ねばついて聞こえる。ほおばりすぎだ。

少し心配していたが、食べ方に苦戦しながらもとても幸せそうな表情だったので、チャンピオンはまた立ち上がることができるだろうなと思った。あの夜、美味しいだけじゃなく、なにかの活力をばくだんからもらったような気がした。

そして、今年中にフォータイムス・チャンピオンになることを期待している。

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