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ルーツミュージックから考える特異なプレイリズム~ポリリズムと言う異能~

■要約すると
・音楽的側面からサッカー選手の「独特なリズム」について考えた
・調べてみると、ラテンミュージック(特にサンバ)が目立って特別ぽい。
・サンバのルーツを辿ると、びっくりするような結果が・・・!!

【文:黒田 泰孝(twitter→@an_tropical)】
‘93年Jリーグ開幕戦の抽選に当たるなどサッカーに縁浅くない割に、中学・高校はバスケ、大学ではジャズの道を進むなど方向性のない、興味がある事にはまず触れてみるスタイル。浦和レッズを気にかけて追いかけるものの、欧州サッカーも見たいという欲張り振りで寝不足ぎみ。好きなものは美味しいお酒と美味しい食べ物、そしてほんのちょっとの面白い話。現在はAll or nothingをどうやって消化するか思案中。

イントロ

 サッカーを語る上で頻繁に目にする事のある「ブラジル人特有のリズム」「日本人はプレイテンポが遅い(または急ぎ過ぎる)」「アフリカン独特の間合いやリズム」という言葉ですが、自分がジャズの道に触れていた時にも同じような話がよく聞かれていました。そこで、もしかしてそれぞれのルーツミュージックを調べていくことでそのエッセンスが読み取れるのではないかと思い、調査を進める事にしました。

 その結果、独特のリズムと表現されるプレイにいくつかの共通点を見出すことが出来ましたが、現代に近付くにつれて戦術の発展を原因とした展開の高速化と、そこに起因するスキルを発揮できる時間の限定が見られる中で、かつての名手が見せた様な独特のプレイリズムが見られる機会が減っている事にも気付くことになりました。

 それはそれで限られたプレイ時間の中で発揮されるスキルとは、という所にもフォーカスすることが出来ましたし、そんな環境の中でもかつての名手を彷彿とさせるリズムを感じる選手を発見する事も出来ましたので、ひとつの収穫と呼ぶ事が出来るのかな、と思っております。
 本稿では独特なプレイリズムの代名詞として挙げられる事の多いブラジル人のルーツミュージック、そしてその源流から見出される独特なプレイリズムの源泉とは何かに触れる事により、現代においてそれらがどの様に発揮されるに至っているのかを考えてみたいと思います。

1.ラテンミュージックとその源流


  かつてのサッカー界において「独特のリズムを持っている」と評されるプレイヤーはドリブラーが多かった印象がありますが、その中でもブラジル人がその代表として名前が出るケースが多かったように思います。

 曰く、独特のドリブルのリズムを持っている。
 曰く、その要因として独特の動き・ノリを持っている。
 曰く、その源泉はサンバにあり。
 
 そんな言葉で語られる事の多いブラジル人のプレイリズムですが、果たしてサンバとはなんぞや、という所からまずは紹介していこうと思います。

 サンバが属するラテンミュージックと言うジャンルはアフリカ音楽をルーツに持つと言われており、アフリカで脈々と息づいていた音楽が奴隷移民と共に南米、または中米に持ち込まれ、それぞれの支配層の言語によって訛っていったとする説が有力です。
 中米はキューバで発展したサルサをはじめとしたカリブ海系音楽、南米で発展したサンバに代表されるブラジル系音楽に大別される様です。

 その中でもサンバはブラジルのソウルミュージックと呼ぶべき発展を遂げており、サンバ独特のアクセント(パルチド・アルトやサンバ・アクセントと呼ばれる)は日常に溶け込み、幼少から触れている事からブラジル人が民族として共通のグルーヴを持っていると言われています。
 

(参考画像:サンバ・アクセント)

 こちらをご覧頂けると分かる通り、指揮者的な人が中継して振ってはいるものの、(もちろん練度の問題はありますが)破綻なく大人数が大きなグルーヴを表現しているのが分かると思います。

 基本的な刻みは4拍子に聞こえますが、途中で「あれ?」ってなった方も多いかと思います。途中で表拍と裏拍が裏返るような、アクセントの位置がズレる箇所があるような、そんな違和感です。

 その理由のひとつとしてサンバのルーツが影響していると言えるのでは、と思っています。

(参考画像:クラーベ3-2)

 こちらはラテンミュージックの源流とされるアフリカ音楽の一部の中でも4拍子として解釈できるものですが、肝心な4拍子を刻む音がどこにも聞こえないですね。聞き取れるのは規則的なリズムとそのベースの上で自由に動くコンガの音。
 一定のリズムを刻んでいる楽器(カンカン聞こえるやつ)は一見すると4拍子として一定のリズムを刻んでいる様には聞こえませんが、よく聞くと規則性を見つける事が出来ます。

<参考画像>
 〇サンバ・アクセント

 〇クラーベ3-2


 本来は2拍子(2/2や2/4)で解釈される事が多いラテンという音楽ですが、分かりやすさを優先して4拍子中にリズムパターンを当てはめました。そうして見ると1小節ではなく複数小節でひとつのまとまりを形成している事が見て取れると思います。
 そして、アフリカ系音楽の特色としてこのリズムパターンの大きな固まりの上に拍子の違う音の並びを配置した「ポリリズム的構造」を持つ、という事が言えます。そこには3拍子が並ぶこともありますし、5拍子が並ぶことも。
 この上下の割り切れない関係こそが緊張感を放ち、そのうねりが大きな「グルーヴ」となって独特のリズムを形成していると言われています。

 そして、いまいちどサンバに視線を戻してみましょう。
 先ほどのサンバの動画の中で、うねるようなサンバのノリの中に3連符がよく使用されているのが聞こえたと思いますが、これもまたひとつのポリリズム構造を内包していると言えます。

 これらの事から、音楽面から考えられるブラジル人の特異性は【ルーツミュージックとその源流から脈々と流れるポリリズム】が【大集団でもぶれることのないレベルで共有されている】事と言えるでしょう。

2.ポリリズムという異能


 ブラジル人が独特のリズムを持つと言われる所以の片鱗が見えてきたと思いますが、独特のリズムと呼ぶからには独特でないリズムが存在する、ということになります。正確に言うと、どの視点から見るとサンバは独特のリズム足り得るか、ということですが。

 そこでラテン音楽とアフリカ音楽の対比として出てくるのが日欧の音楽的下地です。欧州(と、それに影響を受けている日本)の音楽には音楽的基礎においてポリリズムを内包しない、という特色があります。
 もちろん、クラシック音楽やポップスにおいてもポリリズムを採用している曲(ホルストの「惑星」やショパンの「幻想即興曲」など)はありますが、そのどれもが難曲として知られている通り、クラシック音楽の環境においてもポリリズムが特異性をもって存在している事が分かると思います。

 実は、日本の音楽的下地も(現代においてそれが本当に我々に残っているかどうかはさておき)欧米と比較して特殊ではあるのですが、今回は割愛とさせて頂きます。

3.ポリリズムを持つプレイヤーたち


 さて、ここまでポリリズムについて語ってきましたが「じゃあ実際のプレイだとどうなの?」という所に注目していきます。
 まずは、本稿冒頭から触れてきたブラジル人プレイヤーを見て頂きましょう。

 言わずもがな、な面々が並びますが彼らに共通する特徴的な動きとして上半身の動きがあります。特に1対1で対面する局面において、上半身の動き、ステップ、ボールの動きがそれぞれ違うリズムで表現され、入れ替わりながら対面へのフェイントとして機能しています。
 彼らに共通してよく見られる動き、「シザース」には彼らのモーション中の姿勢からも分かる通り、他のプレイヤーには見られない深さがあります。一説にはカポエイラに由来する「ジンガ」という動きがある、と指摘するものがありますが、これはカポエイラという武術が持つ「同調性・同期性」という特徴が影響しているのでは、と思われます。

 さて、ブラジル人プレイヤー以外にもポリリズムを表現する選手っていないの?という声も聞こえてくるように思いますが、もちろん存在します。

 図らずもアフリカにルーツを持つプレイヤーが並んでしまいましたが、彼らの動きもまた、それぞれの肉体的要素やステップ、ボールの動きがそれぞれ違うリズムで表現されているのが分かると思います。 

4.現代におけるポリリズムの表現者


 ここまではかつての名手(ナスリはまだ若いですが・・・)に注目して紹介してきましたが、最後に現代サッカーにおけるポリリズムの表現者を紹介したいと思います。

 セルヒオ・ブスケツはサッカーをよくご覧になる方にはご存知、センターサークルプレイヤーとして絶対的な地位を築き上げている名選手です。彼のボールキープやマーカーを外す動きを見ているだけで腰が砕ける思いをするのですが彼の間を外す動きは彼の技能だけに依らず、身体的なポリリズムに限らず対面の相手が持つリズム感を理解しつつ違うリズム感を用いてプレイしているのではないか、と思う事が多いです。
 ネイマールについても多くを語るのは野暮と言うものかもしれませんが、いわゆるブラジルらしい選手の正統後継者として活躍を果たしています。特筆すべきはかつての名手の様なプレイを行う事が出来るスキルを持ちながら、現代サッカーへの適応を果たしている所です。先に挙げた3選手を見てからネイマールの動画を見ると派手さとしては物足りないと思いますが、現代サッカーでポリリズムを発揮する事の難しさも感じることが出来るのではないかと思います。

5.最後に

 かなりの駆け足ながら、特異なプレイリズムとその特異性の源泉について語らせていただきましたがいかがでしたでしょうか。
 ブラジルがそれぞれの時代において特筆すべき名手が途切れなく出現してきた歴史の理由の一端が見えたのではないでしょうか。
 しかし、まだまだ要素として語り切れていない部分があります。例えばジンガとサンバの関係シザースの動きから見るジンガの濃淡音楽的ルーツから考える日本人の特異性強拍・弱拍の取り方の違いそもそもメッシはなんで紹介されてない?などなど・・・それもまたひとつの仮説がありますので、またの機会にご紹介できればと思っております。
 
 突然の無茶ぶりにも快く協力して頂けた杵渕政希氏と、この様な場を頂けたfootballista labの懐の深さに感謝して。

【音楽取材協力:杵渕政希(twitter→@butimasakine)

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