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Pistilli Roman 制作日誌

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長らくレアフォントとして、世界中のフォント愛好家を魅了している「Pistilli Roman」(ピスティリ・ローマン)。 1964年にリリースされて人気を博したものの、80年代あたりから見かけなくなった。
1990年に Castcraft 社がデジタル版をリリースしたものの、すでに忘れ去られたフォントだったかもしれない。

リバイバル

Work In Progress が手掛けるファッション誌『Self Service Magazine』で大胆なタイポグラフィに使われ、人気が再加熱したと考えられる。
私自身、このタイポグラフィを見て衝撃を受けた2002年頃は、Pistilli Roman どころか Avant Garde Gothic の名前さえ知らなかった。

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Self Service Magazine No. 14
Björk, Photography: Juergen Teller, Styling: Venetia Scott

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日本では2009年にリリースされた Jazztronik『Real Clothes』で使用されリバイバルした。

デザインとその特徴

Pistilli Roman は、レタリングの達人ジョン・ピスティリ(John Pistilli, 1925–2003)とグラフィックデザインの巨匠ハーブ・ルバーリン(Herb Lubalin, 1918–1981)によってデザインされた。 ふたりは、ルバーリンが社長を務めたニューヨークの大手広告代理店 Sudler & Hennessey 社時代からの付き合いである。

フォントは、Visual Graphics Corporation 社が最初にリリースした写植用で、日本でもすぐにデザイン関連誌で紹介された。

Great Primer などの Bodoni 系のフォントをベースに開発されたと考えられ、どっしりとしたボディにヘアラインと呼ばれる極細線で構成されており、はっきりとしたコントラストが特徴。 釣り針のようなシャープなセリフが緊張感を与えつつも、大きなケルンを持たせることにより、愛嬌を感じさせる表情づくりに成功している。

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個性的な &(アンパサンド)が有名ではないだろうか。

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Great Primer by Binny & Ronaldson, 1812

デジタル化

2009年1月に TrueType 形式でデジタル化を行ったが、今回は OpenType 形式で完全デジタル化を目指した。

カタログは2つ用意。ひとつは『欧文書体集1488』、もうひとつはアーロン・バーンズ(Aaron Burns, 1922–1991)によって編纂された Pistilli Roman の貴重なオリジナルカタログである。

アーロン・バーンズは、ハーブ・ルバーリンと Photo-Lettering Inc. の創業者エドワード・ロンサラー(Edward Rondthaler, 1905–2009)で、1970年に ITC (International Typeface Corporation) 社を共同設立し、社長に就任。タイポグラフィの権威として知られている。

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2009年にデジタル化して flickr に初投稿したもの。 ここでアートディレクターの Justin Thomas KayLike Minded Studio の Luka,「F37 Bella」「TypeTrump」で成功した Rick Banks と知り合った。

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Pistilli Roman Type Specimen by Aaron Burns & Company, Divison of Rapid Typographers, Inc.

作業開始

2020年3月27日19時20分、デジタル化に取り掛かった。 オリジナルカタログをスキャン/トレースし、ほぼ忠実なアウトラインを再現。 操作慣れした TrueType 形式できっちりとした数値を見ながらアウトラインを調整し、最終的に OpenType 形式に変換して出力した。

以下、気づいた点。

1. フリーハンド感にあふれており、本来共通パーツのセリフの長さやカーブなど、それでぞれ不均一である。つまり、パーツを流用しておらず、一文字一文字手書きである。

2. よって「9」は「6」を反転させたものではない。

3. 数字の高さは、大文字の高さよりやや小さい。

4. デフォルトの「&」は個性的な方である。

5. オリジナルカタログにはオルタネート(異字体)の「j」が掲載されておらず、『欧文書体集1488』には掲載されていることから、後日追加された可能性がある。

完成

4月8日午前7時頃にデジタル化が完了。 完成度を確認してもらうため、ピスティリとカーネーズの部下であった Thaddeus Szumilas へフォントファイルと PDF を送信すると、すぐに「looking good」との返事があった。 氏とは近年、Facebook で交流が続いている。

次いで、以前から情報交換をしている Fonts in UseStephen ColesHerb Lubalin Study Center へ参考資料としてフォントファイルを寄贈すると、大変喜んでいただけた。
念のため、今回デジタル化した Pistilli Roman の販売・譲渡は行っていないので、記しておきたい。

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Pistilli Roman digitized by Daylight Fonts, 8 April 2020
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以下、デジタル化した Pistilli Roman DF でつくったサンプル。

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◆ John Pistilli, 1925–2003

ジョン・ピスティリは Sudler & Hennessey 社のレタリングデザインの責任者。
1925年12月4日生まれ。ニューヨーク州アストリアとロングアイランドシティの公立学校に通い、ニューヨークの Jean Morgan School of Art を卒業。 J. Albert Cavanaugh のもとでレタリングを学んだ。

また、ニューヨークのシティカレッジでアートコースを修了し、第二次世界大戦中はアメリカの海軍に所属した。 氏は、ニューヨークとニュージャージーのアートディレクタークラブ、ニューヨークのタイプディレクタークラブ、およびアメリカグラフィックアート協会から数々の賞を受賞した。

Sudler & Hennessey 社では、ルバーリンの非常に粗いスケッチを、卓越したレタリング技術で洗練された作品に仕上げた。 さらに部下のトム・カーネーズ (Tom Carnase, 1939–)のレタリングをトレーニングした。 1949年から同社に在籍したルバーリンは、1964年に自身の会社を設立するため独立するが、ピスティリは最後まで Sudler & Hennessey 社に在籍した。

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Paul Stuart logotype by John Pistilli

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