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『凸凹息子の父になる』7 ブランコと鯉のぼり


 暖かくなり、翔太の自主トレをウッドデッキでさせる様になった。今日も息子は、デッキの上をハイハイしたり、木製のフェンスに摑まって歩行訓練をする。

 ウッドデッキは、ガーデニングの好きな母親の希望で作った。母がいた頃は、あちこちにハーブや季節の花を寄せ植えにした鉢を置いていたが、今は全部撤去して翔太の運動スペースになった。
 デッキを降りた所には、モミの木とケヤキとレモンを植えている。今の時期は、ケヤキが青々と葉を茂らせ、デッキの上に優しい木陰を作ってくれる。

 このデッキの天井には、ブランコを取り付けられる様になっている。私は天井のフックにロープを通してブランコを取り付け、翔太を抱いて座面に座った。そして、ゆっくりと前後にブランコを漕ぐ。
 ケヤキの葉の間から吹く風とブランコが作り出す風が心地よい。翔太もご機嫌で、歌うように声を出す。
 私の体重に息子の重みがプラスされて、徐々にブランコの振り幅が大きくなっていく。その度に翔太の頭の軟かい毛が、風で逆立てられて揺れているのが面白い。

 我々がブランコで遊んでいると、妻が買い物から帰ってきた。車から降りた妻は、買い物の荷物をウッドデッキに運び、私たちを見て笑った。

「なーんだ、なんでパパが一人でブランコを漕いでるんだろうと思ったら、翔太も一緒だったのね」

 どうやら翔太の姿は木製のフェンスにすっぽり隠れており、私の上半身しか見えていなかったようだ。
 と言うことは、うちの前の道を歩いている人や向かいの家の人からは、私が昼間っからブランコで遊んでいるように見えていたのだろう。一体、何と思われていることやら。

 その向かいの家と斜め向かいの家にも男の子がいるようで、今年も両家には立派な鯉のぼりが飾られている。

「ねえ、うちの鯉のぼりは、どうする?」

 妻が向かいの家の鯉のぼりを見ながら聞いた。
 翔太は今年が初節句で、本来ならば息子の誕生をご近所にお披露目する意味でも、鯉のぼりを飾るべきなのだろう。
 向かいの二軒のお宅は、息子さんの名前を染め抜いたのぼりを、鯉のぼりと併せて飾っている。その見事な鯉のぼりは、我が家から丁度良く見える。

 しかしながら私は、どうしても費用対効果を考えてしまう。鯉のぼりをうちの庭に飾ったとしても、少し離れた所からじゃないと見えないだろう。それに赤ん坊は字が読めないから、名前入りののぼりの意味も分からない。

 費用だけではない。毎日、鯉のぼりを付けたり外したりする作業も面倒くさそうだ。この辺は風も強いし、飛ばされて電線に引っかからないとも限らない。
 と、いろいろ考えているうちに五月になりそうだ。

「とりあえず今年は、室内用の小さいのを買って、大きいのは後でじっくり検討しようか」、

「うん。わかった」

 次の日、室内用の鯉のぼりを買い、リビングの出窓のカーテンポールに飾った。窓を開けると鯉のぼりが風にそよぎ、翔太は喜んだ。反対側の窓からは、お向かいの豪華な鯉のぼりが見える。   
 これで、十分だろう。

 自分の子供の時の記憶は曖昧なのだが、私の父親は、あまり子どもと遊ぶ様な人ではなかったと思う。その反動なのか、私は今のうちに出来るだけ子どもと遊んでやろうと思っている。
 日曜日になると、子連れじゃないと行かないような公園や施設には、片っ端から足を運んだ。子ども達が楽しんでいる姿を見るのが嬉しかったし、自分も童心に帰って楽しんでいた。

 天気がいい時は、なるべく戸外で遊んだ。少し車を走らせれば山や川や海が近くにあり、遊ぶ場所には事欠かない。そして何処へ行っても思うのだが、子ども達は大人だけでは味わえない様な感動を与えてくれる。

 今日は、川沿いにある大きな公園にやって来た。そこには大型遊具やスライダー、アスレチックのコーナーがある。
 一通り、いろんな遊具で遊びながら進んで行くと、奥にミニSLのスペースがある。そこには小さいけれど本格的なSL機関車があり、10人位が乗車できる。
 敷地内に敷かれた線路や踏み切り、駅舎など、何もかもがミニサイズだが本物そっくりだ。そして制服に身を包んだ元国鉄職員の男性二人が、車掌と運転手を務めている。

「汽車に乗ろうか」

「やったー」

 我々五人は切符を買い、線路脇から蒸気をあげて走る汽車の様子を眺めた。歩く速度より少し速いくらいのスピードで、汽車は走る。近づいて来ては通り過ぎ、ずっと向こう側に行ってしまったと思えば、またしばらくして音がしながら近づいて来て、コースを二周する。
 ポーっと汽笛がなると汽車は徐々に速度を落とし、駅舎に入ってきた。完全に止まってから、乗客が降りる。

 次は、我々の番だ。車掌さんに切符を切ってもらい、汽車に乗る。汽車の座席には、シーソーのように持ち手に掴まりながら、跨いで座る。一番前に長女、次に妻が次女を後ろから支えながら座り、そして私と翔太が座った。他にも何人か乗客がいる。

「出発、進行―」

 車掌さんが合図をすると汽笛が鳴り、汽車が走り出した。これが、めちゃくちゃ楽しい。
 かすかなオイルの匂いといい、蒸気の音や、ゴトゴトと線路から伝わる振動、警笛の響き、頬をかすめる風、何もかもが楽しい。

 汽車はバラを這わせたトンネルや、小川を渡る橋や、踏み切りを越えて進む。知らない人達が笑顔で手を振ってくれる。こちらも手を振り返す。
 子どもと一緒にいると、大人同士では絶対やらないことが、何故か出来てしまう。そもそも子どもが居なければ、こんな公園に来ることもないし、ミニ機関車に乗ることもない。

 やがて駅舎が見えて来た。あっという間に汽車の旅が終わった。

「あー、楽しかったー」

「また、来ようね」

 なんせ、ここは近いので、しょっちゅう来れる。そして公園の帰りには蕎麦を食べに行き、その後に最近出来たホームセンターに寄った。

 日曜日のホームセンターは、入り口で風船を配っている。子どもたちは、それぞれ好きな色の風船をもらい、奥のペットコーナーへと進んだ。

 ペットコーナーには、いろんな種類のウサギやモルモットやハムスターがいて、餌をやったり、運動させたりしている様子を見ることができる。

 長女も次女もウサギを見るのが大好きで、ケージの前にしゃがみ込んで動こうとしない。普通の白いウサギから毛の長いウサギ、黒や茶色やグレーのウサギもいた。
 形も動きも何もかもが可愛らしい。その姿に、彼女たちは釘づけになる。

「ウサちゃーん、キャベツだよ」

「パベツよー」

 次女は長女のする事なす事、真似をしている。
 娘たちの声が聞こえているのか聞こえていないのかは分からないが、ウサギたちは餌をひたすら食べ続ける。
 無心に食べ続けるウサギの様子を、じっと見続ける娘たち。
 家で動物を飼うのは大変なので、娘たちには飽きるまでウサギの様子を見せておいた。

 他にも熱帯魚や、色んな種類の生き物がいた。翔太はネオンテトラの水槽に、おでこをくっつけて眺めていた。怪しく光る魚たちの群れが、幻想的だ。

 その後、我々は店内をじっくり眺めて周った。キャンプ用品のコーナーは、見ているだけで想像力がかきたてられる。実際にキャンプをするのは大変だろうが、便利そうなグッズを見ていると、それを使って料理などしてみたくなる。

 あれこれ見たが結局その日は何も買わず、風船だけもらって帰ってきた。店側からしたら、さぞかし迷惑な客であろう。

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