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「日本を前に進める」河野太郎著書評 〜サタプロ講演と合わせて〜 1

内閣府特命担当大臣 河野太郎氏の最新の著作「日本を前に進める」が発売されました。今年6月に河野大臣と講演を共にした経験と合わせて、今最も注目される政治家がどのような政策・考えを持っているのかまとめてみました。

*内容は基本的に「日本を前に進める」に沿って進み所々引用をいたします事ご了承下さい。これを機に沢山の方がこの本を読んでくださる事を願っています。

https://www.amazon.co.jp/日本を前に進める-PHP新書-河野-太郎-ebook/dp/B09DCF1ZWY/ref=mp_s_a_1_1?crid=LV3JLL42ZRV&dchild=1&keywords=日本を前に進める&qid=1630324147&sprefix=日本を&sr=8-1

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第1章 政治家河野太郎の原点

この章では河野大臣が衆議院議員に新米議員として活躍するまでのエピソードが多くあります。いくつか印象に残った部分を紹介します。

父 洋平の反対を受けながらもアメリカに留学

高校を卒業後、アメリカ留学をしたいと考えていた河野大臣は父と参加したアメリカ大使館のパーティーでアメリカの外交官達にその思いを打ち明けますが、皆「日本の大学を卒業してから、アメリカの大学院に行った方が良い。」と反対されます。最初は太郎の留学に反対だった父 河野洋平氏も「あれだけ皆んなが皆反対するんだったら、返って面白いかもな。お前行ってみるか。」と留学が決まります。アメリカの大学に留学をすると決めたなら、嫌になって帰ってくる事の無いように退路を断つように慶應義塾大学を中退します。

アメリカに留学してからはまずサマースクールに入学した後アメリカの高校を経て、ワシントンD.C.にあるジョージタウン大学に留学しました。(サタプロではこれをニューヨークと間違えて指摘されましたね。)アメリカ留学中は言語の壁はもちろん日本とアメリカの関係について考えさせられる場面が多かったと述べています。また、留学中にしたシェルビー上院議員の選挙事務所でインターンを経験します。この時に選挙の情勢や政策をサポートする重要な役目を負い、この時の経験がのちの衆議院議員選挙に役にたったのかもしれません。

河野太郎氏のブログ「ごまめの歯ぎしり」には留学時代の思い出からワクチンについてまで長年の幅広い分野の話が載っているのでぜひご覧下さい。

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写真に写っている貴婦人はジョージタウン大学のゼミで教壇に立ち、のちの女性初のアメリカ合衆国国務長官となったオルブライト氏です。河野氏は卒業後も親交を深めています。

サタプロを担当してくださった先生(英語ディベート)は河野氏がオルブライト氏のゼミを受けていたことに感動し、大臣と面会した際もゼミでの思い出を積極的に伺い、話に花が咲いていたことも印象に残っています。

帰国後は富士ゼロックスに入社し、海外向けの製品業務を担当し、シンガポールに赴任し、東南アジアの市場進出をサポートしました。また、日本ではじめての「テレワーク」を始めたのも河野太郎氏です。当時は大変高価だったコンピュータの機材を家に持ち込み、会社と自宅を繋ぎました。この経験から埼玉県志木市のサテライトオフィスをサポート。初めは上司にサテライトオフィス勤務をお願いしても「そんな事できるわけない。」と片付けられましたが、何とか説得してコマ送りのテレビでのテレビ会議なども用いて成功しました。テレワークを巡っては消費者庁の徳島移転をめぐっても「そんなことはできるわけない。」との意見から退けられましたが、1980年代の初頭にできたのだから、「要するに技術ではなく人間の問題だ。」とも語っていらっしゃいました。

河野太郎氏の合理性や最新の技術を取り入れていく姿勢はこの時期に養われていったのかもしれません。

小さな丘の頂上に旗を立てろ!

「小さな丘の頂上に旗を立てろ。」

小選挙区制導入により、父の選挙区が分割されたことで衆議院議員選挙に立候補した河野太郎氏はこの時の1996年に初当選しました。河野氏は当選一回生から外務委員会に配属され、消費者特別委員会にも配属されました。この時にある先輩から言われたアドバイスが「(初めから皆んなが目指す外交や社会保障といった大きな山ではなく、)小さな丘の頂上に旗を立てろ。」という言葉です。このアドバイスに感銘を受けた河野氏は当時問題となっていた遺伝子組み換え食品の表示に取り組みます。消費者問題特別委員会を設置して消費者保護基本法から消費者基本法への改正に取り組み、遺伝子組み換え食品の表示義務化などを盛り込み、消費者基本法が成立しました。

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その後も外務省の国名表記を改めさせるなど、新人議員とは思えない活躍をしました。


スポーツクジ法案の議決に棄権したりと「党の異端児」と呼ばれた河野太郎氏は小泉純一郎内閣で初入閣。その後、自民党が下野した後第二次安倍政権下でさらに力を増していくのです。

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ここまでのエピソードは「河野太郎の国会攻略本」という著書に詳しく書かれています。

https://www.amazon.co.jp/gp/aw/d/4901234374/ref=dbs_a_w_dp_4901234374

Amazonに在庫があると思いますのでぜひ一度お試し下さい。「日本を前に進める」には書かれていない国会の前例踏襲主義や自民党の固定化されすぎた権力について書いてあります。

ここまでのまとめ

この国会攻略本、サタプロ講演の時に表紙裏にサインをいただきました。2年ほど前から始めた河野太郎オタク?の活動が報われたような心地がしたのを今でも覚えています。

ここまで第一章 政治家河野太郎の原点を紹介してきました。河野氏は祖父 河野一郎氏や父 河野洋平氏を家族に持つ神奈川県平塚市の出身。アメリカ留学や一般企業勤務での非凡な行動力を国会でも駆使して、政治家としての活動を精力的に取り組んできました。

行動力を駆使し、精力的に社会のために尽くすこと、これこそ政治家に求められる資質なのではないでしょうか。旧弊を打破し、日々国を進歩させることが今の日本に必要な事だと思うのです。

次回は河野氏の生体肝移植と政策について読んでいきたいと思います。


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