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新型コロナウイルス感染症ワクチンの接種意向についての調査

 新型コロナウイルス感染症ワクチンの接種意向についての調査を2021年1月に実施しました。その結果を、「ワクチン接種意向の状況依存性:新型コロナウイルス感染症ワクチンに対する支払意思額の特徴とその政策的含意」(佐々木 周作 (東北学院大学)・齋藤 智也 (国立感染症研究所)・大竹 文雄 (大阪大学))という論文にまとめて、RIETIのディスカッション・ペーパーとして発表しました。

研究内容

 私たちは、「ワクチンが現実の接種計画のように無料で提供された場合に接種するかどうか」と「ワクチンを接種する場合は有料になった場合にいくらまでなら支払うか、接種しない場合は補助金を貰えるとしたらいくら貰えば接種するか(支払い意思額)」を調べました。また、新規感染状況が減少傾向にあるのか増加傾向にあるのか、同じ年代の人の接種率が高いか低いかという状況別にも接種意向を質問しました。対象は、高齢層と若年層です。

 調査結果によれば、接種意向の強さは状況に応じて変化するものの、どの状況でも接種する意向自体は持っている高齢回答者が多数派でした。また、高齢回答者(65-74歳)は、若年回答者(25-34歳)よりも高い接種意向をもっていました。新規感染者数が増加しているときに、同世代の接種者が多いときは、接種意向が強まります。逆の場合には、弱まります。

 無料提供時にワクチンを接種すると回答する高齢者の割合は、どの状況でも0.71~0.81という高い値を取っていました。これは、どの状況でも10人中7人~8人の高齢回答者は、ワクチンが無料提供される場合に接種する意向を持っていることを意味します。この傾向は、ワクチンの副反応の影響を考慮した場合も同じでした。ワクチンの副反応の発現確率を主観的に高く評価している高齢回答者に限定した場合も、その10人中7人が無料で提供されるワクチンを接種すると回答していました。つまり、支払意思額で表される接種意向の強さは状況に応じて変化しますが、接種をするか否かにはあまり影響しないということです。

政策的含意 

 日本の一般向け接種は、新規感染者数が一定程度落ち着いた時期に開始されます。また、開始直後は、当然ですが大多数の人がまだ接種していません。本研究の結果から、そのような状況でも約7割の高齢者は接種する意向を持っていることが分かりましたが、一方で、接種への積極性は、新規感染者数が多い時期に比べて低下している可能性があります。
 したがって、既に接種しようと思っている人々の意向を阻害せず、円滑に接種まで導くための施策が重要だと考えられます。私たちの研究結果と行動経済学の先行研究に基づきながら、政策的含意をまとめてみます。

接種意向を持つ人の比率・接種件数とその増加傾向の見える化

 同年代の接種率が高まると接種意向も強まるという本研究の結果を踏まえると、接種件数や増加傾向の効果的なPRが人々の接種を後押しする可能性があります。海外の行動経済学者も、著名人などが接種済みであることを積極的に公表しながら、接種のムーブメントを丁寧に作っていくことが重要であると提言しています(Volpp et al., 2021)。
 また、海外の研究結果(Moehring et al., 2021)をもとにすれば、ワクチンを接種する意向を持つ人の比率が高いという調査結果を広報することも効果的だと考えられます。その際、接種意向を持たない人の比率ではなく、接種意向を持つ人の比率に焦点を当てて広報すべきです。同じ情報でも損失を強調して表現されると、人々はその影響を強く受ける傾向にあることが行動経済学研究で知られているからです。接種意向を持たない人の比率が小さくても、その情報に強く影響を受ける可能性があるのです。
 さらに、日本の災害避難のコンテクストでは、自分自身の避難行動が他者の避難行動を促す可能性があることを知らせるメッセージに人々の避難意向を強める効果があったと報告されています(大竹他2020)。したがって、「あなたのワクチン接種が他の人のワクチン接種を後押しする」ことを伝えるメッセージの活用も検討できます。

高い接種意向をもつ人への働きかけと配慮

 論文では、男性で普段から感染予防を心掛けているが、他者や社会との接触機会は多い、などの特徴を持つ高齢者が、平均的に接種意向が低下する状況でも、接種意向を強く持つことが示されています。接種が始まった段階では彼らに働きかけることが効果的だと考えられます。一方で、他者や社会との接触機会が多いという接種に熱心な人の特徴は、彼らの外出ニーズが高いことを意味します。接種の呼びかけに合わせて、接種後も引き続き、感染予防の徹底を呼びかけることが重要だと考えられます。

接種の先延ばしを防止するコミットメント手段の活用

接種意向を持つ人が、実際に接種まで至らない原因の一つとして、実行の先延ばしが考えられます。行動経済学は、この先延ばしを防止して本人の希望する選択の実行を後押しするための工夫として、コミットメント手段の活用を提案しています。
 単純に接種の予定日時を本人に書いてもらうだけでも、一定数の人の接種意向を強固にして、実行まで導くのに効果的な可能性があります。Milkmanら(2011)は、インフルエンザ・ワクチンの接種勧奨のチラシにおいて、単純に接種可能な日時を伝達するだけでなく、接種を希望する日時を書き込むためのフォームを設定したことで、接種率が4%程度上昇したと報告しています。


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