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新しいことを始める時に恐れるもの

自分が、初めてフルマラソン挑戦を決意したときに親に言われた

「普段運動していないのにできるわけがない!!」

当時は絶対にやってやるんだと思うことの方が勝っていたが、もしかしたらこの言葉真に受けていたら諦めてしまったかもしれない。

今日も記事を見つけていただき、有難うございます。

日本の世の中は、どうしても新しいことを始めると、反対意見を受けやすくなる。

最近voicyのチャンネルで聞くようになったイケハヤさんも今日の放送で恐ろしく語っていてこちらも共感してしまいました。

今回は、新しいことを始めること止めている恐怖について話そうと思います。

新しいことをするには、批判がつきもの

恐怖の正体は

バッシングと批判(反対)です。

イケハヤさんの放送回でも、新しいことを始めると批判する人間が出てくるのはどの世界でも共通しているとおっしゃっていました。

たとえ話になりますが、メジャーリーグで投手と野手の二刀流をやってのけている、大谷翔平選手。

今ではベーブルースとは比べものにならないくらいのスーパープレイヤーになっています。

しかし、日本ハムファイターズに入団し、二刀流をやると言われた時、
野球関係者からのバッシングや批判が起きていました。

あの大谷翔平でもバッシング・二刀流に否定的な意見が起きるんです。
バッシングや反対の意見はどんな人間でも絶対に避けては通れない。

バッシングする人は、ただ攻撃したいだけ

当時は、どちらかに専念する方がよく両方やってしまったら中途半端な選手になると言われていましたが、結果は皆さんのご存じの通り。

こういう人たちは

人間の可能性を限定してしまうことに気が付いていません。
むしろ自分たちの考えが正しいと思っているだけです。

実際に、何らかしらの挑戦が失敗に終わったとすると必ずこういうはずです。

「ざまあみろ」
「言った通りになっただろ」
「最初からやらなければよいのに」

でも、実際に成功すると何事もなかったかのように雲隠れします。

ニュースサイトを見るとこういうのが非常に多いのもあって、yahooニュースなどのコメントを読むことを辞めました。

さすがにこんな言葉に振り回されるほどこちらも時間があるわけではありません。

自分の決めたことは他の誰かが止める権利はない。

でも、失敗をしたところで変化があるのは実は失敗をした側でバッシングをしている人は一切変わっていません。

成功も失敗もしないで何もしない状態。ただ批判するだけ。

なのでもしそんな声があったら、無視して結構。

決めたことを誰にも止める権利はありません。こちらが選択したこと。

堂々と失敗して、肥やしにすればいいだけです。
結果が失敗だったとしても、失敗から得られた経験を得ることはできています。

フルマラソン挑戦も、下手をしたら完走できなかったと思いますが、それでも一切運動していない人間でもきちんと練習すれば完走はできるという経験を得ることはできた。

失敗に終わったとしても、もう少しトレーニングやれば次はいけると確信を得る経験にはなったのではと勝手に思っています。

まとめ

新しいことを始めると、最初は周りの声とかにすごく敏感になります。

できるかどうかはわからないし、失敗するかもしれない。
失敗して何か変なことを言われるかもしれない。

自分が昔、えんとつまちのプペルを映画館で見たときに強烈に刺さったセリフがあります。(ハロウィン限定上映行くの忘れた・・・)

「だれか見たのかよ!あの煙の向こう側を、だれか見たのかよ。だれも見てないだろ。だったらまだ、わからないじゃないか!!」

このセリフは映画館で鳥肌が立つくらい、素敵なエネルギーを持つ言葉。

新しいことをすることに批判的な人間がいたら、自分はこのセリフに似た言葉で反論します。

最後まで読んでいただき、有難うございました。

ふぉあぐら

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