蚊取り線香


蚊取り線香の煙が舞う夜、私はあなたにキスをした。ご自由にどうぞ。で拾った椅子はガタがきていてキィと高音が弾ける。



「夏の匂いだね。」
「痒くなっちゃうから、まだ6月なのにね」
「夏好きだったけ?匂いで夏を催促してるみたい。」 
「夏は嫌いだよ。暑さで記憶飛ばない?」
「今年は残しててよ。匂いと一緒にさ。」


あなたの肌は少し汗を含んでいて、Tシャツが骨格をそっと模っていた。


少し前、足元ばかりを見過ぎていて、突然出没する電柱と喧嘩してばかりだった。そんな時に矢印を作ってくれたのがあなただった。何も言わずに、チョークでそっと、矢印を書いてくれたのだ。


夏は嫌いだ。
私は不器用だから、暑さに任せて色々な感情を落としてしまう。



「今年は記憶のある夏にしたいよ、私も」
「そうね、きっとなるよ、」
「海に連れてって」
「うん、」
「花火もしたいわ」
「うん、」
「おっきいスイカを半分こして食べたい」
「うん、」
「冷房なんてつけずに、あっつい中、何回もキスしたい」
「うん、うん、全部やろう、」


喉が熱くなるほど、やりたいことを話した。
全部に肯定してくれて、その度にあなたの握る手が強くなる。どこが好きなんて聞かないで欲しい。言葉にしてしまうと消えてしまいそうだ。季節ごと丸っと愛したい。

今年もきっと夏は来るはずだから。

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