見出し画像

独りぼっちの長い道...

隙間がないほどの星屑、満天の星空だった。

気温マイナス15度。
標高5,500メートル地の果てチベットの氷河の上に独り。

寒さはほとんど感じなかった。
歩けなくなったら明日の朝までー座っていられそうな気がした。
息が苦しく身体が鉛のように重く
もし、躓いて転んだら二度と起き上がれそうもない。


今にも燃え尽きそうな自分の命の端っこがすぐそこに見えた。

でもなんだか...
好き好んでこんな所までやって来た自分のアホさ加減が楽しくなってきた。そして、「誰もできない経験なんだから楽しもう」と

もしここで倒れても「布団の上じゃなく泥水の中でも前のめりに倒れて死にたい」と願った希望通りの一生を終えられる
そう思ったら気が楽になってちょっとだけ力が湧いた。

○ 8000mからの生還

仕事に夢中で30年間離れていた登山を55歳で再開したときに
...60歳までにエベレストに登る...と決めた。

シェルパ頼りの登山としてはレベルの低いものであったとしても、やっぱりエベレストは「地球のてっぺん」...
バカと煙は高いところが好きなのです。

アルプスのモンブラン、マッターホルン、エルブルース...
アンデスのチンボラソ、アフリカのキリマンジャロ...
ヒマラヤのアマダブラム、マナスル...
そして、ヒムルンヒマール(7126m)の日本人第三登等と海外遠征を重ねているうちにいつの間にか還暦になっていた。

その時には「高所は一年でも若いうちに」と言われた意味がハッキリとは分かっていなかった。
身体の中は知らぬ間に錆びついてもろくなっているものだとは...

2018年61歳の春、中国領チベット側からエベレストにでかけた。

6500メートルのアドバンスベースキャンプ、7500メートルの第二キャンプで何度か強い胸の痛みで動けなくなりながら...
8000メートルまで登って体調不良のためにリタイアすることになった。

その帰途の5500メートルのベースキャンプまでの独りぼっちの長い道は人生で最も記憶に残る「道」になった。

○ 壊死した心臓

高所で感じた強い痛みは、空気が薄い中で深呼吸を続けたり重荷を背負って登り続けたことによる筋肉痛だとくらいに思っていた
心筋梗塞はドラマの中のように苦しくて倒れるような痛みではなく、なんとか我慢できる痛みだとは知らなかったので。

帰国後一ヶ月して、たまたまあった健康診断の翌朝、「心臓半分動いていません直ぐに医者に」と電話があり
その日のうちに総合病院で受診し「心臓の血管三本のうち二本が詰まっています、梗塞から一ヶ月経過しているので既に半分壊死している可能性が高いと思われます」との診断を受けて即日入院手術を受けた。

どうりでずっと息が苦しいはずだとやっとすべてが分かり納得したが
家内には「鈍感にもほどがあるね」とこっぴどく叱らた。

○ 還暦のリセット

手術から半年後の2019年正月明け
ステント二本が入り三割壊死した心臓を抱えてリハビリを開始。

生活習慣を見直し糖質管理、心拍数管理をしながら登山を再々開。
まさに「還暦のリセット」です。

丹沢日帰りからスタートして徐々にレベルを上げ富士山朝活往復、八ヶ岳全山縦走、奥秩父全山縦走、北アルプス表裏銀座縦貫縦走、熊野古道百キロ踏破、そして2021年冬からは雪山にも復帰。

70歳までにもう一度すべてを出し切り高峰の氷壁に挑む
子供の頃からの夢を胸に...
冒険のない人生なんてクソくらえ...(笑)



この記事が参加している募集

アウトドアをたのしむ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?